第17話 やっぱりこの二人、相性最悪だ……

 会議室に入った途端、ピリッとした空気に飲み込まれる。

「遅い……」

 低い声が響いた。


「す、すみません!」

 田島と二人、慌てて空いている席に滑り込む。


 時計を見ると十五時一分前。まだ開始時刻にはなっていないけれど……ギリギリになってしまったことは否めなかった。


 声の主に視線を向ける。そこにいるのは第1開発課の神谷 迅かみや じん

 わたしと同期だが、今や精鋭部隊の第1開発課・課長に昇進し、順調にエリート街道を歩んでいる。

 その俺様的な言動は研修時代から変わらず、どうにもそりが合わない。

 わたしとは犬猿の仲、といったところだ。


「まだ時間前だから問題ないよ」

 柔らかい声で、高峰部長がわたしと田島に向けて言う。

 その穏やかな一言で、張りつめていた空気がすっと緩む。


 続けて部長は全員に視線を向ける。

「急な招集にも関わらず、時間どおりに集まってくれて感謝します」

 低く落ち着いた声音が会議室に響き渡り、場の空気が一層引き締まる。


 会議室にはすでに十名近くのメンバーが集まっていた。

 部署も役職もばらばら――けれど、誰もが社内で名を知られる実力者ばかり。

 社内報にインタビューが載ったり、社内コンペで優秀賞を取ったり。

 (ひえっ……なんで私がこんな錚々たる顔ぶれの中に……)

 胃のあたりがまたキリキリと痛んだ。


 部長は全員を見渡し、軽く頷いた。

 「本日、皆さんに集まっていただいたのは――桜文具三十周年記念のプロジェクト。そのメンバーに選ばれたからです」


「ええっ!!」

 田島が思わず声を上げる。


「うるさい。黙れ」

 即座に神谷の冷たい視線が突き刺さり、田島は肩をすくめて口をつぐんだ。


(……やっぱりこの二人、相性最悪だ……)

 私は内心でため息をついた。


「うん。まずは落ち着こうか。――特に神谷君」

 高峰部長の低く落ち着いた声音が、ピリついた空気に小さな釘を刺す。

 一瞬、神谷の眉がわずかに動くのが見えた。


 続けて部長は全員を見渡し、威厳を帯びた口調に切り替える。

「ここからは顔合わせを兼ねて、自己紹介から始めたいと思います」


「改めて、私は高峰駿です。2週間前に企画・開発事業部の部長に着任しました。

 ナポリ支社での勤務が長かったため、日本での仕事は久しぶりになりますが――このプロジェクトでは皆さんと力を合わせ、

 必ず成功させたいと思っています」


 わずかに間を置き、視線を正面に向ける。

「では、神谷君から順番に」


「企画開発事業部、第1開発課課長の神谷です。持ち場の責任を果たし、プロジェクト成功に貢献できるよう尽力します」

 すっと立ち上がった神谷は、背筋を正し、綺麗にお辞儀をしてから落ち着いた動作で腰を下ろした。


「じゃあ次は三枝さえぐささん」

 部長に促され、私は椅子から立ち上がる。


「企画開発事業部、第2開発課の三枝杏です。……精一杯頑張ります」

 緊張のせいか声が少し上ずったが、どうにか言い切り、慌てて深くお辞儀してから座り直した。


「次は田島君」


「た、田島です! 同じく第2開発課です! えっと……その、よろしくお願いします!」

 勢いよくガタッと立ち上がった田島に場が一瞬ざわつき、小さな笑いが広がる。

 張り詰めていた空気がわずかに和み、場の雰囲気が少し柔らかくなった。


 その後も、

 デザインチームの女性二人、間宮さんと柏木さん。

 営業部の中川さん。

 マーケティング部の神崎さん。

 生産管理の森岡さんと岸本さん。


 それぞれの簡潔な自己紹介が続いていった。

 こうして十名の顔合わせが一通り終わったところで、部長が軽く頷いた。


「以上が、今回のプロジェクトメンバーとなります。

 長期スパンになりますが……」

 

 静かながらも確かな熱を帯びた声で、全員を見渡す。

 「一人ひとりの力を合わせて、必ず成功へ導いていきましょう」


 「よろしくお願いします」

 部長が深く一礼し、全員もそれに倣って頭を下げる。

 その中で、ひときわ元気な声が響いた。


「よろしくおねがいしまぁぁぁすっ!!」


 田島 郁人たじま いくと、全力の挨拶。……どこか『サマー〇ォーズ』のあの名シーンを彷彿とさせるテンションだ。

 彼らしい、場の空気を一瞬で変えてしまう破壊力である。


 神谷がすかさず鋭い視線を投げるが――先ほど釘を刺された手前、言葉には出さない。

 無言の圧だけで「静かにしろ」と伝えていた。


 そんな二人のやりとりに、部長がわずかに口元を緩める。


「では――本題に入りましょう」


 威厳を帯びた低い声が、会議室の空気を再び引き締めた。

 


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

────────────────────

登場人物紹介(桜文具株式会社編)

────────────────────

桜文具株式会社

創業29年の文具メーカー。

若手からベテランまで幅広い人材が活躍しており、

今年は創立三十周年を記念した大型プロジェクトが始動した。

 

──────────────────────────

◆ 企画・開発事業部

──────────────────────────

部長 高峰 駿たかみね しゅん(39)

 ナポリ支社から帰任した新任部長。完璧な仕事ぶりと包容力で部内の人気No.1。


──────────────────────────

◇ 第1開発課(大型案件を多く手掛ける精鋭部隊)

──────────────────────────


課長 神谷 迅かみや じん(35)

 杏の同期でエリートコースを歩む俺様タイプ。口が悪いが実力は確か。


──────────────────────────

◇ 第2開発課(小規模案件・既存商品のリニューアルなどを担当するアイデア勝負の課)

──────────────────────────


主任 三枝 杏さえぐさ あん(35)

 本作の主人公。温厚で面倒見がよく、仕事熱心なオトナ女子。

 つい人の世話を焼きすぎてしまうところがある。


田島 郁斗たじま いくと(26)

 入社5年目の杏の後輩。ドジっ子でお調子者だが、アイデアセンスはピカイチ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る