永遠への挑戦(ギルガメッシュ神話異聞)

神坂俊一郎

第1話スメルの英雄王ギルガメッシュ不老不死の女神アスタルテを知る

アスタルテは、レムリア国王ミドことミトラス・カンヘル・アーリアンと、王妃のトゥーラことトゥリトゥーラ・ククルカン・シャンバラの長女、レムリアの第一王女として生まれました。

しかし、彼女の夫となったのは、父ミドと天使アムルタートの間に生まれた異母兄と言うべき天使のイスラフェルだったのです。

二人は、18歳までの間レムリアの人間の社会で育ちましたが、18歳になった時に天使の街マガダに移って結婚し、永遠の時間を共に過ごすことになりました。

マガダは一種の異次元空間であり、そこに居続ける限りは人間であっても不老不死を保つことができましたから、元々不老不死の天使イスラフェルと人間であるアスタルテが、永遠に一緒に暮らすおとぎばなしのようなことが可能だったのです。

しかし、人間の世界で18年間育った彼等には、その後の年月は余りにも長いものでした。


二人の父ミドは、彼等が人間の年齢で32歳の時に51歳で亡くなりました。

その時二人は、マガダを出て、レムリアの都パレンケで行われた父の葬儀に出席しました。

ミドは、自分の死後一切天使との関係を絶つように厳命し、天使の長アールマティーもそれに応ずることを約束していましたから、二人には最後となるべきレムリア訪問だったのです。

アスタルテは、天使と人間を結ぶ存在でしたから、父も、母も、兄弟たちもやがては死んで行く中自分だけが生き続けることに一抹の寂しさと疑問を感じていました。

ミドは、娘である彼女には、人間は限られた人生を転生によって繰り返して学びながら更に上の存在である意識体に昇華していくのが宿命であると説明していたのです。

その宿命には反しますが、彼女には、天使たちとともに、人間の歴史と転生を見守って行くように頼んだのです。


レムリアの都パレンケでの父の葬儀に出席したアスタルテとイスラフェルは、人間が全て老いて行くことを実感しました。

母のトゥーラ王妃、父の後を継いで女帝となったサクヤ王妃、その姉でやはり王妃のツィンツン、弟マルドゥーク、タケル、ニヌルタ、ラーフ、妹のウズメ、それから帰りに立ち寄ったヒンダスで会った、ヒンダス皇太子妃となっていた妹のニンリル、皆14年間分の歳を取ってそれなりに老いていたのです。

ところが、アスタルテ自身は全く変わっていませんでした。

すると、自分は本当に父ミドの娘なのか、本当に人間なのかと言う疑問が湧きました。

いくら異次元マガダに住んでいるとは言え、天使の長アールマティーは、18年前に当時は普通の人間の女だったチーチェンをマガダに迎える時、ここに居る間は不老不死だが一歩でも外に出ればそれまでの年月を一瞬にして背負うことになると説明したと言うのです。

しかし、自分はこの14年の間、ちょこちょこ外出していましたし、マガダの外に出ても全く変わったようには思えませんでした。

つまり、全く老化していないのです。


マガダに帰った彼女は、義母の天使アムルタートに詰め寄りました。

「私は、本当は誰の子なの。天使のイスラフェルやサハーラと同じで、マガダを出ても全く歳をとらないじゃないの。人間じゃないのでしょう。」

アムルタートは、顔色一つ変えずに答えました。

「あなたはミドとトゥーラの娘よ。あなたの母親トゥーラが浮気するはずがないでしょう。」

確かに、母トゥーラは、父を命を懸けて愛していたように思えますし、浮気は考えられませんでした。

「じゃあ、何故私は歳をとらないの。こんな人間がいるわけないじゃないの。」

実は彼女、父ミドが、今の夫であるイスラフェルの前身である天使クシャスラと、人間の命運を賭けて戦った時、クシャスラがミドに変身してトゥーラを犯して生ませた娘だったのです。

ただ、クシャスラは遺伝子段階から変身していましたから、ミドの子と言っても間違いではありません。

ただ一つだけ違いがあったのは、天使の遺伝子には寿命を限定する部分が欠損しており、根本的に不老不死だったことで、変身してもその根本までは変わらなかったため、アスタルテには、人間のような寿命がなかったのです。

そのため、アスタルテは、ミドの形質を受け継ぎながらも不老不死となったのです。


しかし、他の天使と違って、彼女は人間の女であるトゥーラから生まれていましたし、トゥーラ自身、彼女がクシャスラの子であることは知らず、アスタルテも母がクシャスラに犯されたことは知りませんでしたから、そのことに気付くはずはなかったのです。

しかし、父のミドだけは気付いており、死の前にアールマティーに頼んでいました。

「アスタルテは、本当は私に変身したクシャスラさんの子供なのでしょう。でも、本人にもトゥーラにも黙っておいてくださいね。」

アールマティーも、アスタルテはミドの子供と言っても間違いはありませんでしたから、秘密はばらさないことを約束しました。

永遠の少女天使アムルタートも、ミドとアールマティーとの約束を守って、アスタルテにはとぼけとおしました。

「あなたの父ミドは、天使の私達が惚れたぐらいの超人だったのよ。だから、たまたまあなたには、その能力が不老不死の形で受け継がれたのよ。」

そんな都合のよいことがあるものかと素直には信じられませんでしたが、アムルタートに「じゃあ父親は誰なのよ。あなたの容姿は、明らかにミドにも似ているし、母のトゥーラが浮気をするはずないでしょう。」と言われると反論しようがありませんでした。

確かに自分は他の兄妹たち同様、父ミド、母トゥーラに似た容姿でしたし、母は、本当に父一筋だったのですから。

そして、人間の中にもヴァルナやオオモノヌシのような、永遠の老人、永遠の若者もいると言われると、余計に反論できませんでした。

そして、アスタルテの永遠への挑戦が始まりました。


アスタルテは、マガダで暮らしている存在の中では、第一世代とでも言うべき、アールマティー、アムルタート、ヤシャ(アシャ)、サハーラ(ハルワタート)、アシューラ(ウォフ・マナフ)、夫イスラフェル(クシャスラ)、それからイュンの四神のゲンブ、ビャッコ、真の女神と言うべきセイシの肉体を得たスザク、そしてスザクの元の肉体を得て不老不死となったヤシャの妻で元は人間のチーチェン、四神の部下の十二神将を除くと、他の天使達は皆年下と言ってよい存在だったのです。

そのため、彼女は年下の第二世代以下の天使たちのボスのような存在となって、異質な存在である寂しさを放埓な行動で紛らわしていました。


天使たちと、人間であるアスタルテの一番大きな違いは、生理的なものから来ると思われる気分の振幅の大きさでした。

異次元空間であるマガダにいる間は、人間の女性につきものの生理的周期も現れないのですが、マガダから出て生理を迎え、そのまま戻ってくると、ずっとそれが続いてしまうのです。

この時の荒れ方は凄まじく、他の天使たちに当たり散らすだけでは飽き足らず、弟アシューラの試作した気象制御兵器を勝手に動かして世界中に大洪水を起こし、多くの人間の命を奪ったり、他の天使に迫ってみたり、とんでもないことを繰り返したので、皆呆れていました。


不思議なもので、この放埓な行動は、夫イスラフェルとともにマガダから出て2年間暮らした時に、双子の男女の天使、シャムシェルとレリエルを授かると嘘のようにおさまりました。

しかし、やはり人間であることが寂しかったのか、母トゥーラ、サクヤ、ツィンツン、そして兄弟姉妹たちも皆死んでしまった後は、時々こっそりレムリアやヒンダス、スメルなどに出かけて一人でぼーっと過ごしていることも多くなりました。


彼女は、不老不死でしたが、他の天使のようなテレポート能力は持っていませんでしたから、ヒンダス出身で母トゥーラと同じくレムリア王妃であったツィンツンが、天空の女神アーディティーの血により受け継いだ、大いなる神々の遺産である空飛ぶ戦艦ヴィマーナ・ウシャスのレプリカを弟のアシューラに作ってもらって、母の名前をとってヴィマーナ・トゥーラと名付け、愛用していました。

そして彼女は、時々訪れる人間世界では、空を飛んでくることとその不変の美貌から「天の貴婦人」と呼ばれていたのです。


夫イスラフェルを始めとした天使たちは、一人で出歩く彼女を心配し、護衛のためにシユウ、フワワ、ニドヘグ、ヴリトラの4体の怪物を作って付き従わせていました。

時として荒野で一人で眠る彼女に、その美しさゆえ襲いかかって思いを遂げようとする男達もいましたが、4体の怪物たちは容赦なく鉄槌を振るい、アスタルテを襲おうとした男たちを、誰一人生きて帰すことはありませんでした。

そのために彼女は、「天の貴婦人」とともに、「残忍で淫蕩な女神」とも呼ばれることになってしまいました。


彼女の行動自体は、義母ツィンツンが、父ミドの死後、ヴィマーナ・ウシャスで世界を巡ったのと似ていました。

夫ミドが死ぬ時、彼女にだけは、気に入った相手が居れば再婚すればよいと勧めていたのですが、結局ミド以外の人間と再婚する気は愚か抱かれる気にもなりませんでしたから、彼女は世界中の英雄たちの良き友人、良き理解者として余生を送り、最後は故郷インドラに戻って、ヒンダス王妃となった娘ニンリルに看取られてひっそりとこの世を去ったのです。

主人を失ったヴィマーナ・ウシャスは、自らの意志でヒンダス北部の山村クジャラートにあったシェルターに戻り、再び主人となる人間が現れるまでの長い眠りについたままでしたが、天使アシューラは、太古の天空の女神アーディティーの遺産と言われるそのシェルターとウシャスを研究し、姉である彼女のためにレプリカを作ったのです。

しかし、天使の持つ超越的な科学力を持ってしても、宇宙から来たと言われる神ミケーラが、妻ウシャスの心をコピーしたと言われるヴィマーナ・ウシャスの複雑怪奇な感情思考回路を、純粋に機械で再現することだけはできませんでした。

その代わりにアシューラは、脳細胞に似た働きをする細胞を創造して機械の代用とし、生きた機械を作りあげたのです。

彼女の護衛役の4体の怪物たちにも同種の細胞が使われていましたが、大きさの制約とアシューラの妻ビャッコの機能デザインにより、個性的な反面知能的にはかなり劣るものになっていました。

その点、アスタルテが母の名を付けたヴィマーナ・トゥーラの思考回路は、本当に超越的なものであり、最初は幼児程度からスタートしたものの、学習能力を発揮して製作者のアシューラに匹敵する思考能力にまで進化していました。

これには製作に当たったアシューラ夫妻も驚いたのですが、もっと驚くべきは使用者となったアスタルテの教育で、母の面影を求め、彼女の言動や感情の表現方法の模倣まで要求したため、モデルとなったヴィマーナ・ウシャスのように、大変人間的な、奇妙な自律思考機械ができあがりました。

何しろその日の気分まで思考に反映させるのですから、アスタルテ自身の激しい性格と衝突して、親子喧嘩を再現しているようなこともありました。

夫イスラフェルやアシューラ夫妻は、そんな彼女とヴィマーナ・トゥーラのやりとりを、呆れながらも微笑ましく見守っていました。


アスタルテの父ミドが死んでから何千年かが過ぎ去った頃、スメルの都市国家ウルクの国王となったギルガメッシュは、時々領内を訪れては何をするでもなく時を過ごして行く、女神と言われるアスタルテに興味を覚えました。

単身狩の途中彼女を見かけたギルガメッシュは、その美しさに感動するとともに、何故か懐かしさを感じたのです。

思わず彼女に駈け寄ろうとすると、トンボのような顔をした怪物が立ちはだかりました。

「そこをどけ。」

彼が叫ぶと、アスタルテが気付いて、自ら彼の方に近づいてきました。

「あなたはギズ・ジダの子孫のようね、彼と違って巨人だけど、面影があるわ。」

思いがけず声をかけられたギルガメッシュは、ギズ・ジダは自分の先祖であり、大昔にスメルを復興させた神だと言われていると話すと、アスタルテは笑いました。

「ジダは人間だったわよ。私はジダの義姉でもあるから、彼のことはよく覚えてるわ。もう何千年も前の話だけど。あなたも、人間にしては凄い能力を持っているわね。あら、あなたタケルでしょう。」

アスタルテは、ギルガメッシュがヤシマの王となった弟タケルの転生であることを見抜きました。

タケルと言われたギルガメッシュは、その名前にもなぜか親しみを感じました。

「タケル、ですか。聞いたことがあるような気がしますね。」

「ところで、私に何の用なの。」

問われたギルガメッシュは、正直に答えました。

「あなたの美しさにひかれたのです。そして、何故かとても懐かしい気分がしました。それで、あなたと寝てみたいと思ったのです。」

アスタルテは、彼の正直な答えに大声で笑いました。

「まあまあ、正直な坊やですね。何千年も生き続けている私に、身も心も捧げると言うのなら考えてもいいわよ。」

そう言われると、ギルガメッシュのプライドが許しませんでした。

彼は王であり、人並みはずれた体力、知力の持ち主でもあったのです。

そして、妃はアスタルテに勝るとも劣らない美女、ニン・ウルクでした。

その上アスタルテには、寝た男を殺してしまうという良くない噂がありましたから、彼はあっさりと拒絶しました。

「いや、それならやめておきます。あなたは、淫楽に耽った後、相手の男を殺すと言われていますから。」

これはアスタルテには身に覚えのないことで、自分を襲おうとした男達が、ボディーガード役の4体の怪物に殺されただけなのです。

「はて、私は、夫の天使イスラフェル以外と寝たことはないけど、どう言うこと。」

「あなたに懸想した男たちは、誰一人帰って来ません。だから皆食い殺されたと言われているのです。」

アスタルテは、その誤解に怒りました。

「私を無理やり我が物にしようとした男達が、そのフワワたちに殺されただけよ。人間たちはそんな噂を立てているの。愚かな。」

ギルガメッシュは、間近にアスタルテを見ましたが、どうしても人間にしか見えなかったのです。

「あなたは、本当に女神なのですか。長老達に聞くと、彼等が生まれるずっと前からあなたはスメルを訪れていると言います。しかも、その容姿が全く変わっていないと。ですから、「天の貴婦人」と呼ばれていると聞きました。でも、こうして間近で見ると、あなたは普通の美しい人間の女にしか見えません。本当はどうなのですか。」

アスタルテは、正直に答えました。

「私は人間よ。」

「では、何故歳をとらないのですか。」

「それは、神の気紛れね。確かに、私は不老不死だわ。」

「それで、人間と言えるのでしょうか。」

彼には、そんな人間がいるとは思えませんでした。

「それでも私は人間よ。でも、人間の世界に暮らしてはいない。私は、天使の街マガダで暮らしている。夫は天使イスラフェル。彼は、空を飛ぶこともできるし、あなたがいくら強くても所詮は人間。天使には敵わない。妻の私は、不老不死だけど人間よ。」

「嘘だ。不老不死の人間なぞいるわけはない。」

ギルガメッシュには、どうしてもアスタルテが不老不死とは信じられなかったのです。

「嘘じゃないわ。あなたでも、天使の街マガダに居続ける限りは不老不死が得られるのよ。でも、一歩でも外に出たら、それまでの年月が一挙に襲いかかるの。」

アスタルテは、平気で外に出ているので、矛盾します。

「では、あなたは何故平気なのですか。」

「さっきも言ったけど、これは神の気紛れなの。私には、いや私と極一部の人間だけには老いがないの。私は、はるか昔にあった王国レムリアの王女だった。ギズ・ジダは当時のスメル王よ。そして彼の妃は、私の義妹ウズメだったわ。でも、偉大な父ミトラス王も母トゥーラ王妃も、兄弟姉妹たちも皆死んでしまった。そして、理想の王国といわれたレムリアも滅び去った。私一人だけが生き続けているのよ。」

ギルガメッシュは、自分もマガダに行けば不老不死になれるかもしれないと思った。

「私も、天使の街に行けば不老不死になれるのか。」

アスタルテが大きな声で笑ったので、馬鹿にされたようでギルガメッシュは腹が立ちました。

「なれるわよ。でも、そんなことして何になるの。」

「不老不死は人間の夢、理想ではないのか。」

スメルの英雄ギルガメッシュには、残された夢は、不老不死ぐらいしかなかったのです。

「違うわ。人間は死すべきものよ。そして魂は転生を繰り返す。新しい肉体で何度もやり直せるのよ。これは素晴らしいことよ。」

ギルガメッシュには、彼女の言葉が理解できませんでした。

「一つの肉体で生き続ける方がよいのではないですか。」

「ううん、違うわ。人間肉体にも魂にも限界がある。たとえ何千年生き続けても、できないことはできないの。全てを忘れ、新しい肉体でやり直した方が、むしろ楽なのよ。」

それは、彼女が不老不死だからこそ言えることではないのかとギルガメッシュは食い下がりました。

「あなたには、老いと死に対する恐怖がない。だからこそ言えることではないのですか。」

アスタルテは、また大きな声で笑いました。

ギルガメッシュは、同年輩いやむしろ自分よりも若く見える彼女に再び笑われて怒りが込み上げて来たので、彼女に飛びかかって押し倒しました。

フワワは彼を殺そうとしましたが、アスタルテは制止しました。

「怒ったの。何故怒ったの。私をどうしたいの。」

「わからない。」

これは、ギルガメッシュの正直な感覚でした。

「私を抱いてみたくなったの。」

「あなたを見れば、誰だってそう思うだろう。」

そう答えたものの、彼には欲望はありませんでした。

「私が、何千歳のおばあさんでも。」

「そうは見えない。」

「見かけなんてどうにでもなるわ。」

「あなたが、こんなところで一人でいるからだ。誘っているのではないのか。」

言うことが見つからなかったのでそう答えると、アスタルテは、悲しそうな顔をしました。

「人間の男って皆そんな風に考えるのね。やっぱり私の夫は天使のイスラフェルしかいないのね。」

悲しそうに微笑んだアスタルテに、彼は完全に欲望が失せたので彼女の上から飛びのいた。

「わからなくなった。人間は、不老不死を願うものではないのか。あなたのような美女を見れば、思いを遂げたくなるものではないのか。」

アスタルテは、起き上がるとギルガメッシュを優しい目で見詰めました。

「不老不死を願う生き物には、セックスは必要ないわ。そして、全ての執着を捨てねば、心の方が不老不死には耐えられないのよ。」

「本当にそうなのか。」

ギルガメッシュは、アスタルテの言葉を信じる気になっていました。

「人間で私のような運命を持った者が他にもいるわ。興味があるなら会ってみたらどうかしら。」

半信半疑で、彼は聞き返しました。

「本当か。本当にいるなら、どこにいるのか教えてくれ。もしかしたら、私も不老不死を手に入れることができるのかもしれぬ。」

まだこだわっているので、アスタルテは笑いました。

「何のための不老不死なの。」

「私は、王の栄光を、永遠にこの手にしていたいのだ。」

「あなたの周囲の人が、全て老いて、死んで行くのよ。あなたは一人だけ残される。それでも栄光なの。人々は、新しい肉体を得、また新しい人生を送るのよ。それをあなたは永遠に見守っていけるの。確かにあなたの妃ニン・ウルクは美しいわ。今は私よりも美しいかも知れないわ。でも、どんなに美しくてもそれは一時のもの。一時のために人間は美しく輝く。それが素晴らしいの。永遠に輝くことは絶対に不可能なのよ。人間ならば、誰にも老いは訪れるのよ。考えるなら、美しく老いることね。」

それでも、アスタルテはどう見ても20代後半の美しさを保っていた。

「あなたは、十分に美しいではないか。」

「私の美しさは、ともに永遠を生きる夫イスラフェルのためのもの。私自身には空しいものよ。だからこんな風に世界を巡っているの。」

ギルガメッシュは、彼女の夫が何故彼女を自由にしておくのか疑問だった。自分は妃を絶対人に渡したくはないし、彼女を守るために王宮から外に出すことすら滅多になかった。

「あなたの夫は、何故あなたを野放しにしておくのだ。私なら手元から放しはしないものを。」

アスタルテは、また大きな高い声で笑った。

「あなたは、自分の妃を囲っているだけよ。ライオンがハーレムを作って雌を確保しているのと変わりはないわ。」

「人間とは、男とはそんなものではないか。」

その言葉には、彼女もうなずきました。

「そうね。私の父、偉大なる王ミトラスは、天使の一人と私の母トゥーラをかけて戦った。そして、自分も結局は動物と同じだと悟ったと教えてくれたわ。」

「それが当然だろう。」

ギルガメッシュも、もし同じ立場なら、相手が天使だろうが悪魔だろうが、戦うに違いないと考えました。

「でもね、永遠に近い時を過ごすと考えたらどう。お互いを束縛しあっていたら息が詰まるわ。」

「では、あなたは夫を愛してはいないのか。」

ギルガメッシュは、もし彼女が愛していないと答えたら、彼女を犯すつもりでした。

「愛しているわ。私が愛することができるのは、夫の天使イスラフェルだけよ。」

逆はどうなのだ。彼女の夫は彼女を愛しているのか。疑問に思ってギルガメッシュは聞いた。

「その夫は、あなたを愛しているのか。」

「ええ。天使は裏切らないわ。彼は、永遠に私だけを愛し続ける。」

「それが愛と言えるのか。一緒に居て、セックスして、結ばれているのが愛なのではないのか。」

ギルガメッシュには、彼女の言う愛が理解できませんでした。

「お互いを縛り合うのは永遠の愛じゃない。一時だけの愛。一時しかないからお互いを縛るのよ。永遠の愛は、お互いを尊敬し、守りながらも縛らないものよ。そう、心の、魂の愛よ。」

ギルガメッシュは、彼女がセックスをしないのか確かめました。

「では、あなたは夫に抱かれないのか。」

アスタルテは、嬉しそうに微笑むとゆっくり首を振った。

「いいえ、抱かれるわ。私が抱かれるのは彼だけ。こんな風に世界を巡ってマガダに帰ったら抱かれるの。彼に抱かれると私は宇宙と一つになれる。その時時間はないわ。全てが一つになるのよ。」

セックスの最高の快感だろうなと思うと、彼は彼女が羨ましくなった。

「あなたには子供はいないのか。」

彼女はどう見ても母親のような感じは受けなかったので聞くと、彼女はフワワの方を向いてうなずいた。

すると、フワワの触角が伸び、光った。

「何をしたのです。」

「息子と娘を呼んだのよ。」

「どうやって呼んだのです。そして、何に乗って来るのです。」

「呼んだのはフワワのテレパシー。そして天使には乗り物はいらない。瞬間的に世界中に移動できるのよ。」

信じられないで居ると、彼の前に忽然と二人の男女が現れた。

「お呼びですか、母上。」

白い衣を着た彼女に似た若者が聞いたので、アスタルテはギルガメッシュを指差した。

「この男はギルガメッシュ、スメルのウルクの王ですね。」

何も言わないのにその若者が答えたので、ギルガメッシュは驚いた。

「何故そこまで知っているのだ。」

ギルガメッシュもアスタルテも一言も発していないので、その若者が何故知っているのか不思議でした。

「この子がシャムシェル、私の息子。そして、こっちがレリエル、娘よ。」

二人はほとんど同じ背格好でしたが、レリエルは黒い衣をまとっていました。

「私達は、世界中の知識を持っています。あなたのことも知っていますよ。」

彼に告げたレリエルは、アスタルテに似た大変な美女だったので、彼は心が動きました。

すると、シャムシェルが彼に注意しました。

「妹に対し、邪な心を抱くことは許さぬ。」

心を読まれたギルガメッシュは怒り、シャムシェルに飛びかかったのですが、彼の腕は空しく空を切りました。

振り返ると彼はアスタルテの隣に立っており、母に話しかけていた。

「人間は乱暴ですね。少しこらしめてやりましょうか。」

無視されて怒りに震えるギルガメッシュを尻目に、アスタルテはさらっと答えた。

「あなたが手を出すまでもないわ。フワワ、少し遊んであげなさい。」

触角をしまったフワワは、無雑作にギルガメッシュに近づくと、彼の左胸を蛙のような形の手の指先でちょんと触れた。

「何を…。」

叫ぼうとしたギルガメッシュは、その場に硬直し動くこともしゃべることもできなくなったのです。

「まあ、長くとも半日もすれば動けるようになるでしょう。人間は小さな存在よ。あなたはその中では強いでしょうけど、本当のことを言えば、フワワだけでなく人間の私にも勝てはしないわ。まして天使には勝てないわ。今まで天使と戦うことができる力を持った人間は、私の父ミトラス、祖父スサノオ、弟であなたの前世のタケル、それから父の部下で世界最高の暗殺者と言われたクマノ・ヤタの4人だけよ。タケルはあなたの前世だけど、思い上がらないことね。」

アスタルテたちは側に着陸していたヴィマーナ・トゥーラの方に歩いていこうとしたが、ふと思い出して振り返りました。

「人間は死すべきものよ。そのことをもっと知りたければ、ずっと東のヒンダスのガヤに居るヴァルナと言う名の老人をたずねてごらんなさい。彼は、私よりもずっと年上の人間だから。」

トゥーラが飛び去って1時間ぐらいたった頃、ようやく動けるようになったのでギルガメッシュは、這々の体でウルクに戻りました。


ウルクに戻ったギルガメッシュが、長老たちに大昔のレムリア王国のことを尋ねると、最長老のエリドゥ・シンは、ギルガメッシュの遠い祖先の神とも言われるギズ・ジダ王は、大異変で一度滅びたスメルを復興させましたが、その妃ウズメはレムリアの王女であり、彼女の父が神の王といわれたミトラスだと答えました。

アスタルテの話と符合するなと思った彼は、彼女の言ったようにミトラス王の娘にアスタルテと言う名の王女がいたか、聞いてみました。

すると、確かにミトラス王と、巫女でもあったトゥーラ王妃の娘がアスタルテ王女であったが、彼女は天使の世界に消えてしまったと伝説にあるとのことでした。

アスタルテの言ったことは、本当に真実だったのか。

ギルガメッシュは、愕然としました。

するとシンは、スメルの東の高原にも、天使あるいは神とあがめられているエキドーナとバールの姉弟が出没すると言われていることを教えました。

ヒンダスのガヤについて聞くと、とても遠く、オナガーの馬車でも一月ぐらいはかかるのではないか、とのことでした。


そこでギルガメッシュは、アスタルテが話してくれた不老不死の先輩というヴァルナに会いに、東の高原を通ってガヤまで行ってみようと決心しました。

しかし、如何にギルガメッシュが剛勇無双とは言え、彼は国王であり、異国に出かけることは大変なことだったのです。

一人で行けば危険ですし、かと言って軍勢を率いて行けば侵略になってしまいます。

猛反対を受けたのは当然でしたが、天使たちに導かれたのだと説得し、妃ニン・ウルクを国王代行に立て、息子のラガシュを皇太子に指名することで何とか臣下たちの承認を取り付け、彼は単身ヒンダスに向かうこととなりました。


姉のような存在のアスタルテからギルガメッシュのことを聞いていたエキドーナ姉弟は、彼をからかってやろうとスメルの東のヒンダスとの国境に近い高原で、野宿をしていた彼の前に姿を現しました。

ギルガメッシュは、彼女らの来訪を予見していましたし、エキドーナは、女性的なアスタルテとは違った中性的な魅力を持った美女だったので、喜んで迎えました。

そのエキドーナは、ギルガメッシュに対し、アスタルテと同じく、何故不老不死を求めるのかという質問をしましたが、彼はやはり不老不死は人間の最高の望みだと答えました。

浅黒い肌の精悍な若者の容姿を持つバールは、ギルガメッシュに対し、人間は、肉体的に150年が限界であり、魂の入れ物としてそれ以上はもたないと教えました。

ギルガメッシュは、それでは何故アスタルテは不老不死なのかと尋ねると、彼は、アスタルテの肉体にだけは、定まった寿命が無いのだと答えました。

それでは、自分は不老不死にはなれないのかと単刀直入に聞くと、肉体から作り直さねば無理だとの答えだったのです。

それでは絶対に無理なのかと諦めかけましたが、アスタルテは、天使の街マガダに居れば不老不死だと言ったことを思い出して確かめましたら、エキドーナに、「確かにそのとおりだけど、一歩でも外に出たら中に居た期間の時が一瞬に過ぎるのよ。マガダという籠の中で永遠に飼われたいの。」と笑われました。

それでも諦め切れなかったギルガメッシュは、アスタルテが言った不老不死の人間ヴァルナは実在するか、彼女らに確かめました。

すると、エキドーナもバールも、ヴァルナは確かに不老不死であり、自分たちよりもずっと昔から生き続けていることは真実だと認めました。

実は、不老不死の人間は他にも何人かいて、彼等もアスタルテと同じで定まった寿命がない上に、ギルガメッシュとは大きく違うことがあると言って笑いました。

それが何かを問い質したところ、二人は顔を見合わせて笑いました。

「今ここで答えを言っても、あなたには理解できないでしょう。それを知るためには、少なくともヴァルナには会ってみることね。」

そう言うと、二人は姿を消しました。


混乱しながらもヒンダスを目指したギルガメッシュは、行く先々で武勇を誇って名を売りながらヒンダスに入りました。

ヒンダスは、王朝は全く変わっていましたが、王族は、スメルと同じくジダ王と同時代の王クリシュナ・ナーガの子孫を名乗っていました。

そして、各地の豪族たちは、ギルガメッシュをライオンをも倒す勇者として手厚くもてなしてくれたのです。

しかし、肝心のヴァルナのこととなると誰も知らず、本当に実在するのか、彼は不安になってきました。


何とか約1ヶ月かけてガヤまでたどり着いたギルガメッシュでしたが、街の者はヴァルナの名を知りませんでした。

半ば途方に暮れていると、街外れの門の前に立っていたイュン、ヤシマ系の顔立ちの美少年が、彼にスメル語で尋ねました。

「あなたは、一日の内、朝と夕、どちらが貴重だと思うか。」

突然スメル語で話しかけられて驚いたギルガメッシュでしたが、大して考えずに答えました。

「朝だ。」

少年は続けました。

「では、昼と夜では、どちらが大切か。」

「昼だ。」

少年は、首を傾げました。

「スメルでは、夕方が一日の始まりとされているのではないですか。その夕と夜は何故大切ではないのですか。」

確かにその通りだったのですが、ギルガメッシュは、事実上朝が始まりだと考えていましたから、自分が思っている通りを答えたのでした。

「夕は一日の終わりだ。夜は眠るだけだ。だから、朝と昼の方が大切だ。」

相手は少年だし、半ばばかにして答えたギルガメッシュだったのですが、その時一人のヒンダス系の老人が現れてその少年から彼の答えを聞くと、彼に言いました。

「スメルの王ギルガメッシュとも思えぬ言葉ですな。あなたは、真理を、そして人生をも理解していないようだ。スメルに帰られるがよい。」

自分の名を知っていたことから、もしかしたらこの老人がヴァルナかも知れないと思ったギルガメッシュでしたが、拒絶されて怒りが込み上げて来ました。

背を向けて立ち去ろうとした二人に、ギルガメッシュは呼びかけたが無視されたので、落ちていた小石を拾ってぶつけようとしました。

ところが、何と小石と思ったのは岩が突き出たもので、急いで拾い上げようとした彼の爪がはがれたのです。

悲鳴を上げると、二人は振り向いて笑いました。

怒りに我を忘れたギルガメッシュは、剣を抜いて脅そうとしました。

すると、今度は剣が束から抜け、彼の足の甲に突き刺さったのです。

もう怒りどころではなくなったギルガメッシュに、老人は戻ってきて声をかけました。

「私は夜。ヴァルナと呼ぶ者もいる。そして、この少年は昼。ミスラと呼ぶ者もいる。彼は、ヤシマではオオモノヌシと名乗っておったが、お前さんがスメルから来ると知って見物に来たのだ。我々二人は、自分でも一体何年生きているのかわからぬ。そして、永遠にこのままなのか、それとも普通の人間のように死ぬことができるのか、それもわからぬ。まあ、お前さんもここまで来たのも何かの縁だ。手当てぐらいはしてやるから付いて来るがよい。」

ギルガメッシュは、気力も失せたし足を引きずりながら二人に付いて行きました。

街の中の簡素な家に入ると、年のころは20歳前後のイュン系の美女が迎えてくれました。

彼女は、微笑みながらてきぱきとギルガメッシュの傷の手当てをしてくれましたから、ギルガメッシュは心が動きました。

「彼女を気に入られたようですね。」

ミスラに声をかけられた彼は、慌てて否定しました。

「私には、スメル一の美女の妃ニン・ウルクがいます。それに、あなたがたが何歳かわからないなら、彼女もとんでもない年寄りだったら、興醒めです。」

すると、彼女が自己紹介しました。

「私は、カセンコ。イュンの出身ですが、ヤシマでは繁栄を表すサクヤ、ここヒンダスでは、曙を表すウシャスと呼ばれています。お二人に比べればまだまだ若いのですが、それでも何千年かは生きています。そして、私はミスラの妻ですので、普通の人間の殿方には興味はありません。悪しからず。」

ギルガメッシュは、3人に聞いた。

「あなたがた3人は、本当に人間なのか。」

3人は、顔を見合わせて笑った。

「生き物の一種として考えれば、人間でしょうな。ただし、このとおり老いることも死ぬこともないから、普通の人間の目から見れば神にも見えるのでしょう。あなたをここへと導いたアスタルテの両親が生きていた頃は、私は、この容姿と特技の予知のために、夜の神、予知の神ヴァルナと呼ばれていました。まあ、神でいるのも嫌気が差しましたから、ヤシマに200年ばかり出かけてきましたら、都合よく全ては伝説になっていましたから、それからは定期的に居なくなっては、忘れ去られた頃に帰って来て、ひっそりと暮らしています。」

ギルガメッシュは、彼のことを聞いても誰も知らなかった理由がわかりました。

「では、そちらのミスラさんは。」

彼は、永遠の老人よりも、永遠の少年の方に興味を覚えました。

「実は、私とヴァルナ、見かけは全然違いますが、双子の兄弟なのです。」

これは、衝撃的な事実でした。

「では、何時からそんな容姿なのですか。」

ミスラが答えてくれました。

「私は15歳の時から時は止まり、兄は逆に15歳の時には既に老人の容姿になっていました。最初は、二人で若さと老いを分け合ったのかと思っていたのですが、兄も死にそうで死にませんし、二人とも15歳の時に肉体の年齢は止まってしまったのです。こんな二人ですから、幾度と無く時の権力者から狙われました。丁度あなたのように、人間自分に無いものを欲しがるのです。特に地位も名誉も手に入れると、最後は永遠の命を欲しがります。ただ、変わらぬ老いには興味がないらしく、兄は比較的安全でしたが、私は何度殺されかかったかわかりません。逃げ回っているのも大変なので、兄はヒンダス系の容姿なのに、私はイュン系の容姿なことを利用して、海を渡ってヤシマで神として隠れ住むことにしました。すると変なもので、神になってしまえば、不老不死の者は崇拝の対象として皆ありがたがってくれたのです。お陰で、ヤシマでは家と山を一つもらって大変快適に過ごせています。そして私は、神となってから、世界の神のことを学びました。その結果、人間は、より高度な神とも言うべき存在が、自分たちに似せて作り上げたものであると確信するに至りました。そこで私は、ヤシマの伝説で世界全てを作り上げた神であるオオモノヌシを名乗ることにしたのです。自ら神になっておりますと、人間達はいろいろなことを願い、かつ教えてくれるようになります。カセンコと出会ったのは、イュンにも不老不死の女性がいると聞いて興味を持って出かけて行ったからなのです。彼女に会って私は初めて人を愛することを知りました。彼女もこのとおりの美女で、しかも老いませんから、誰も愛することができなかったと言います。ただ、残念というべきなのか、当然というべきなのか、二人には子どもはできませんでした。その辺はうまくできているとも言えます。」

「何故です。できたら素晴らしいではないですか。」

ギルガメッシュが聞くと、二人は笑いました。

「二人の間に子どもができ、皆不老不死だったらどうなります。」

「素晴らしいではないですか。」

ギルガメッシュは、そうすれば、人々は老いと死の恐怖から逃れられると単純に思ってしまった。

「その子孫の人間どんどん増えてしまい、世界中に溢れたらどうなると思いますか。どうにもならなくなってしまうのではないですか。」

言われてみるとそのとおりと、ギルガメッシュもうなずきました。

「なるほど、そんなことも考えられますね。でも、天使は不老不死ですが、子どもができるようですよ。」

アスタルテと天使の夫との間の子ども二人を見たことを思いだし、彼は確かめてみました。

「彼等は、自分で数を制限していますよ。自然界とは、そうやってバランスを取るものなのでしょう。あなたは、不老不死を願っていますが、普通の人間には子どもを残すことと、転生することと言う、素晴らしい幸せがあることを認識すべきではないですか。所詮、この世の生は幻のようなものです。我々も、神の手の上で踊っているに過ぎません。同じ体で永遠に踊り続けなくてはならない我々は、哀れな存在でもあるのですよ。」

「本当にそうなのか。」

ギルガメッシュはまだ迷っていたので、ミスラは、ヴァルナに振りました。

「兄さん、彼の運命を全て教えてあげたらどうかな。」

「本当にわかるのか。」

ヴァルナは不気味にうなずきましたが、良く見ると彼の顔は、老人のようでもしわは全くありませんでした。

「私は、お前の過去から未来に渡っての運命を見ることはできる。所詮お前はどんなに努力しても本当の不老不死にはなれない。そして、本当の幸せはとは何かは、死を受け入れた時にようやく悟るであろう。それ以上は、聞かぬ方がお前のためだ。人間、先がわからぬからこそ、無駄かもしれない努力をすることができるものだ。前世のお前の父ミトラス王は、全てを見通しながらもそれに向かって努力することができた稀有な人間だったが。」

確かにそうかもしれないな、と思った彼でしたが、それでも、無駄な努力と言われようと、自分で運命に立ち向かって不老不死を求めてみたいと思いました。

「私は、たとえ得られないものであっても、最初から諦めるのはもっと嫌だ。できる限りのことに挑戦してみたいのだ。」

答えると、カセンコが、真剣な顔で彼に聞きました。

「時の流れは、全てを流し去ります。その中に佇んでいることは、ある面では大変な悲劇でもあるのです。幸い私達は3人ですが、この3人以外は全てのものが成長し、そして朽ち果てて行くのです。それを私達は見続けるのです。そのことに耐え続けることができる自信はありますか。」

彼はよくわからなかったが、エキドーナ姉弟が、3人と自分には大きく違う点があると言ったことを思い出したので聞いてみました。

「わからないが、ここに来る途中エキドーナとバールと名乗る天使の姉弟に会い、彼らやあなた方と私には大きく違うことが一つあると言われました。それが何かを尋ねても、笑って教えてくれませんでした。そして、ヴァルナさま、あなたに会えとだけ教えてくれました。それもあって私はここまで来たのです。」

するとカセンコは、にっこり笑いました。

「その答えは、私の問いの答えと同じではありませんか。」

時の流れを見続けて行くためにはどうすればよいか、その答えであるとすると、ひたすら強くあればよいのではないかとギルガメッシュは考えました。

「とにかく、強い精神を持てばよいのではないですか。」

答えると、カセンコが首を傾げました。

「あなたは、私を見ても妃のニン・ウルクがいるからと心を動かさなかった。そして、アスタルテの誘いにも乗らなかった。精神の強さだけなら、決して我々に劣らないと思いますよ。」

では何なのか。強さではないのか。ひたすら強くありつづけ、全てを見続ければよいのではないのか。

考えていると、3人は顔を見合わせて笑いました。

「あなたの考える強さ、全てを見続けようとする強さ、それだけで本当に時を乗り切って行けますか。」

カセンコの問いに、ギルガメッシュは同じ答えを返した。

「私には、それしかないと思っている。」

「では、全てを見続けることは、ある面ではその時の流れに逆らうことにつながることはわかりますか。」

「はい。」

「それが本当の強さだと思いますか。」

「私は、そう思っている。」

時の流れに負けない強さ。それ以上の強さがあるのだろうか。

戸惑っていると、カセンコは、優しい顔で今度は自分のことを話し始めた。

「私たち3人は、最初は人間の母親の体から生まれ、少なくとも最初は普通の人間だったのです。二人は15歳と言いましたが、私は18歳から変わっていません。当然恋もしました。一度は普通の人間の男と結婚もしました。でも、子供ができません。そうこうする内に、夫も両親もどんどん老いていきます。私は見てのとおり全く変わりませんから、時のイュンの皇帝は、私を捕らえて若さの秘密を明かすように迫りました。私には、秘密はありませんから何とも答えようがありません。すると、私を殺してその肉を食べれば良いのではないかと言い出す人まで現れました。殺されそうになった時に、ミスラが助け出してくれたのです。彼は、私が囚われていた牢に火を放ち、焼け死んだように見せてヤシマに連れ帰ってくれました。私がヤシマに逃れたことを知ったイュン皇帝は、永遠の若さを求めて何千人もの若者を差し向けましたが、誰も私を探し出すことはできませんでした。ヤシマでは、私は繁栄の女神、コノハナ・サクヤと呼ばれるようになりました。そして、オオモノヌシことミスラの妻となったのですが、彼は滅多に人前に姿を現しませんから、ミスラに会いに来たヴァルナ兄さんと私が一緒にいるところを見た人々は、サクヤの私が象徴する美と繁栄は、ヴァルナ兄さんの老いと長寿に対極するものと思ったようです。私もヴァルナ兄さんを見習って人々の前から姿を消しましたから、余計に美と繁栄ははかないものと思われたようです。人間にとっては、それが真理なのですが。そして、私はヒンダスでは、その若さから曙の女神ウシャスと呼ばれるようになりました。ヴァルナは夜、ミスラは昼、そしてウシャス、私は夜明けです。これも面白いものです。」

ギルガメッシュは、ガヤの門前でミスラが問いかけてきた言葉を思い出した。

自分は、朝と昼の方が夕や夜よりも大切だと答えてしまった。しかし、考えてみると全ては同じように存在するものであり、大切さに差はないと思い直した。

「私の答えは誤りでした。朝、昼、夕、夜、それぞれが大切であり、同様に存在しているのです。優劣はつけられません。」

カセンコは、ギルガメッシュの答えに微笑みました。

「あなたは、一つ賢明になりました。それでは、果たして時に逆らうことが本当の強さであるかどうかの答えもわかるでしょう。」

朝、昼、夕、夜、それぞれの存在意義を認めることは、時の流れを認め、受け入れることになるだろう。つまりは、時の流れそのものをあるべくしてあるものと受け入れること、その方が強さであり賢明なのだろう。

そうなると、人間は死すべきものと認め、それを受け入れることにつながるのではないか。

ギルガメッシュはその理論の正しさを認めながらも、自分の挑戦を諦める気にはなれませんでした。

ヴァルナは、笑顔で説きました。

「理解できても、そのとおりにしないのが人間の面白さであり、人生の楽しさでもある。あなたは、思ったとおりに生きるが良かろう。」

ギルガメッシュは、たとえ徒労に終わろうとも不老不死に挑戦しようと決心し、彼らの元を辞そうとしましたが、ヴァルナは一晩引き止め、彼に古今東西の王の一生を話して聞かせました。

その中でも、アスタルテの父であるレムリア国王ミトラスの一生は心に残りましたが、そんな彼も死んでしまえばアスタルテも言ったように、偉大な王国レムリアも滅び去り、何も残らないように思われました。

すると、ヴァルナはとんでもない謎をかけました。

「時間とは、永遠のようで一瞬、つながっているようでそうではない。ミトラス国王も、トゥーラ王妃も、スサノオも、天使たちも、今でも生きているのだ。たまたま普通の人間は転生して姿が変わっていて、天使たちや我々、そしてアスタルテはそのままの体であるだけで。」

「でも、時は続いているのではないのですか。」

すると、ヴァルナは更に謎のような答えを続けました。

「本当の神から見れば、この世界自体が自分が書いた物語の幻に過ぎないのだ。我々がつながっていると思っている時間も、神にとっては、自由に切ったりつなげたりできるものなのだ。ミトラスは、そこまで理解していた。」

ギルガメッシュは、怖いことを聞いてみました。

「では、この世に終わりはあるのか。」

3人は当然そうにうなずいたので、ギルガメッシュは慄然としました。

「何れは終わるのだ。人間が終わりの無い物語を書くことができないように、神も終わりのない世界は作れなかったのだ。世界は、存在するもの全ては、何時かは消滅するのが宿命なのだ。」

「では、終わればどうなるのだ。」

ギルガメッシュは、恐る恐る聞いてみました。

「神があきるか、もうこれで良いと認めればお終い。全ては無に帰る。」

「認めなければ。」

「神が作り直すか、面倒なら過去につなげる。」

「そんなばかな。」

疑う彼に、ヴァルナは面白いたとえをしました。

「私の話とお前さんの言葉の間は、ほんの少しの間しかなかった。しかし、神ならばその間に一つの時代を押し込むことさえできるのだ。」

それでは、時は、不連続なのでしょうか。

「それではつながらないのではないか。あなたがた3人は、ずっと生き続けてきたのだろう。」

代わって、カセンコが答えました。

「確かに私達は生き続けてきました。でも、時は繰り返しているようにも感じています。以前にも全く同じことが起きたと思うこともしばしばです。そんな時は、神が手抜きをして継ぎ合わせたんじゃないかと疑いたくなります。何度でも、同じものを見ろと、言われているような気もします。」

ヴァルナが付け加えました。

「私が知っている限りの王の中の王ミトラスは、過去から未来に至る自らの転生全てを見通したが、ミトラスとしての人生が最高であると結論づけた。これはおかしいと思わないか。」

転生によって学んで行くのなら、確かにおかしいと言わざるを得ません。

「時間を経るに従って進歩しなくては変ではないか。」

「そう考えれば、時間の連続性を無視して、ミトラスが最後だとしても良いであろう。」

その考え方にも一理あることをギルガメッシュは理解しましたが、時間の流れを無視することなぞ可能なのか、想像も付きませんでした。

黙っていると、ミスラも意地の悪いことを言いました。

「あなたも、ミトラスの息子でヤシマの王となったタケルの時の方が立派だった気がしますよ。タケルなら天使と戦っても勝てたかも知れません。それよりも、本当の強さを知っていましたから、そんなことをしても無意味だと言うことを理解して戦わなかったでしょう。」

「本当の強さとは、一体何なのだ。」

ギルガメッシュにとっては、強さも不老不死と同じく大きな課題だったのです。

「お前さんは強い。確かに今お前さんに肉体的な強さで勝つことができる人間はいないだろう。しかし、お前さんの力は肉体のそれであって、それでしかないのだ。」

では、精神力で強くなれるば何が変わるのか。彼にはその差が理解できなかったのです。

「心の強さが、何になるのです。力で負ければ、お終いではないですか。」

ミスラは答えました。

「力だけでは、本当の強さは得られません。ヤシマの王タケルの本当の強さは、人並み外れた力以上に、その心の広さだったのです。彼の本当の強さは、一人で十数人と戦うことができた以上に、自分よりも弱い相手とでも戦わないで済ませることができたことだったのです。」

ギルガメッシュは、混乱しました。何故弱い相手と戦わないことが強さなのか。

「強さを誇ることだけが強さではないのです。無用な戦いを避け、敵を増やさないことも強さなのです。こう言えばわかりますか。」

そう言われると、ギルガメッシュにも理解できました。

自分は強さを頼りに支配してきたのですが、長老エリドゥ・シンは、むしろ懐柔策を繰り返して支配する方が得策であると、常々進言してきたのです。

そして、二人が折り合って、スメルはうまくやってきたのです。

「なるほど、その考えもよくわかる。確かに戦うばかりが強さではない。」

「あなたの国スメルが、ギズ・ジダ以来、奇跡的に生き残って来た秘訣はそこにもあります。ジダは、ミトラスからそのことを学び、その位置を利用して周囲の国とのバランスを保つことで乗り切ってきたのです。時にはヒンダスと、時にはアガルトと協調しつつ、スメルの国を維持してきたのです。」

「他の国は、皆滅びてしまったのか。」

ギルガメッシュは、そのことにも興味を覚えました。

彼らの答えは、ヤシマ以外は、全て最低でも一度は滅びたとのことでした。

では、ヤシマは何故続いて来たかを聞いてみますと、四方を海によって他の国と隔てられていたため、外国からの影響を受けにくく、国内紛争だけで済んだことが大きいとミスラは説明しましたが、国内紛争で滅びなかったのは、自分が神オオモノヌシとして導いたお陰もあったかなと笑いました。

何だか彼等に丸め込まれてしまいそうに思えたギルガメッシュでしたが、自分は挑戦してみたいと告げると、3人は、『失敗するだろう。』とした上で、挑戦する、それも運命だと認めてくれました。


一晩泊まった後ウルクに戻るギルガメッシュに、何とミスラ夫妻が同行しました。

二人は、ギルガメッシュに安全な道を示しながらも、不老不死についてはもう触れませんでした。


ウルクに帰り付いたギルガメッシュとミスラ夫妻を、国民は熱狂して迎えましたが、二人はニン・ウルクを見て驚きの声を上げたのです。

彼女は、ヴェルダンディー、ヒミコの転生だったのです。

当の二人は何もわからないでいるので、ミスラはアガルタのフェンリル、ヴェルダンディー夫妻と、ヤシマのタケル、ヒミコ夫妻のことを話しました。

ギルガメッシュ夫妻は驚きながらも、お互い宿命的に魅かれたことも事実でしたから、素晴らしい縁なのだと喜びました。


ミスラ夫妻は、ヤシマとヒンダスの神のような存在なので、ウルクに留まって欲しいとギルガメッシュは頼みましたが、それでは二人の影響で未来が変わって混乱を招くから、と固辞しました。

そして、何とそのまま西に進んでアガルトから海を渡ってレムリアに行き、また海を渡ってヤシマに戻ると言って、3日でウルクを後にしました。


出発する時、ミスラはギルガメッシュに確かめました。

「あなたは、またアスタルテに会うつもりですね。」

彼は、素直に認め、そこに居れば不老不死を保てるというマガダに行くだけでも行ってみたいと答えました。

カセンコは、二つ注意しました。

「あなたは、まず妃のニン・ウルクを大切にしなさい。それから、アスタルテを決して怒らせてはなりません。そもそも人間自身、この大地から見れば邪悪なものでしかないのです。彼女は、自身が人間ながら、父のミトラスと違って必ずしも人間が大切とは考えていません。むしろ、口実があれば減らしてやろうとさえ考えていますから、その口実を与えないことです。彼女の乗り物ヴィマーナ・トゥーラは、ウルクを一瞬にして焼き尽くす力を持っています。その昔、ヒンダスにあったヴィマーナ・インドラが、ヒンダス北方の都市国家群を焼き尽くしたように。」

そう言われてみますと、ガヤに行く途中、彼はその伝説の都市チャダルヒュークの廃墟を通り、一木一草生えていない焼け焦げたような場所を不思議に思ったものでした。

ギルガメッシュは、二人に礼を言い、一族で丁重に見送り、国境近くまで警護隊をつけて送り届けました。


アスタルテは、一月に一度はディルムンとシッパルの中間の川岸に現れるので、ギルガメッシュは待ち伏せしてマガダまで乗せて行ってもらおうと考えました。


アスタルテは、ギルガメッシュが待ち伏せしていることを予想していたので、スメルに赴く前にフワワに命じました。

「ギルガメッシュと戦って、わざと負けてあげなさい。」

フワワは、奇妙なことを命じる主人に確かめました。

「アスタルテさまは、あの男をマガダに連れて行く積もりなのですね。」

彼女自身、よくわかりませんでした。

「そうしてみたくなったのだ。ただ連れて行くのも芸が無いから、お前に勝ったらと言うことで。」

「わざと負けては、フェアではありませんが。」

「あの男素直じゃないからな。」

フワワは、素直じゃないのはアスタルテの方だと思いましたが、了承しました。

「わざと負けるのはいいですが、壊れたら修理してくださるようにアシューラさまに頼んでおいてくださいよ。」

フワワにしても、ギルガメッシュは人間としては異例の強さを持っていることは感じましたから、下手に負けると壊されると予想していました。

「もう頼んでおいたわ。」

がっくりきたフワワは、ぼやきました。

「もう。私だけがいつも危ない目にあっているじゃないですか。ニドヘグは一度も危ない目にあっていないと言うし、シユウも姿見ただけで人間は怖がって近寄らないし、ヴリトラだって怖そうだし、私だけがとぼけた姿してますからね。」

ニドヘグとヴリトラは蛇と龍がモデルでしたし、シユウは金属の塊みたいだったのに対し、フワワはトンボの頭に蛙の体を持ったような姿だったので威圧感に乏しかったのです。

そのために、アスタルテ目当ての賊だけでなく、盗賊や腕試しの武術家に狙われたこともありました。

当然、一度も負けたことはなかったのですが。

「そう言わないの。あんたが一番お気に入りなんだから。」

確かに、アスタルテ自身定期的に出かけているのはスメルだけであり、その時は何時もフワワを伴っていましたから、他の3人からは羨ましがられていたことも事実だったのです。

「わかりましたよ。負ければいいんでしょう。でも、間違って勝っても知りませんよ。」

「勝ってもいいけど、殺さないでね。」

「はいはい。じゃあ、行きますか。」


二人がヴィマーナ・トゥーラに乗ってスメルに出かけた頃、ニン・ウルクは夫が何を考えているのか、戸惑っていました。

二人は、ミスラとカセンコに言われたように離れ難い夫婦でしたし、ギルガメッシュは彼女以外の女性には見向きもしなかったのです。

この点ではフェンリル、タケルの時と同じだったのだが、それでいて不死の夢を追っているのですから、夫は自分を残して行ってしまうのか、それとも彼だけが生き続けるのか。いずれにしても、寂しい気がしたのです。

彼女は、アスタルテに会って天使の街に行こうとしている夫に、思い留まるように説得しましたが、彼の意思が固いので彼を守ろうと近衛隊に警護を言い付けたのです。


近衛隊は、ギルガメッシュからは付いてくるなと命令されており、国王と王妃の相反する命令に困ったので、とりあえずは12名の精鋭だけを派遣し、遠くから見張らせることにしました。

ギルガメッシュが草むらに潜んでいると、トゥーラが着陸しました。

そして、フワワが先に降りると、アスタルテに報告しました。

「ライオンが1頭と猫が12匹います。」

アスタルテは、12人はニン・ウルクが遣わしたものであろうことを察しましたが、少し心配になりました。

12人に加勢されては、フワワはわざと負けてはいられなくなるし、何人か殺さざるを得なくなってしまうかもしれないので。

「猫も、できるだけ殺すな。」

命じたものの、フワワが複数を相手にすると自動的な攻撃を行うことも知っていたので、危ないかもしれないと思いました。

そして一番の危険は、フワワがわざと負けた後で12名が加勢に出てくることだったのです。

そうなると、ヴィマーナ・トゥーラが攻撃することになり、彼女にとっては娘のような者であるアスタルテの敵とみなした者全員を、一瞬にして消し去ってしまうはずですから。

フワワは、まっすぐギルガメッシュの方に歩いて行くと、彼に告げました。

「アスタルテさまに会いたければ、私を倒すことだ。お前一人でな。」

フワワの言葉に護衛の存在を悟ったギルガメッシュは、大声で叫んだ。

「ニン・ウルクに命じられたのだろうが、国王の命令だ。私の戦いに、一切手出しはするな。」

そして彼はフワワに挑みかかったのですが、前回の教訓を生かし、彼に自分に触れさせないようにしました。

そして、天性の格闘技のセンスから、フワワと互角に戦いを展開したのです。

フワワは感心しました。人間で、自分と互角に戦える者がいるとは思っていませんでしたから。


ところが護衛の者たちは、主君がアスタルテに会いたがっていることを知っていたものですから、気を利かせて、ギルガメッシュが思ってもいなかった行動に出たのです。

つまり、手っ取り早くアスタルテを誘拐していこうとしたのです。


アスタルテは自信過剰で、まさか人間が自分を直接襲うとは思ってもいなかったので、気付いた時は手遅れでした。

相手は複数で、しかも精鋭中の精鋭なのですから、あっと言う間もなく口を塞がれ、手足を縛られてしまいました。

アスタルテは、トゥーラが攻撃するから彼等に止めるように叫びましたが、声にならなかったのです。

そしてトゥーラは、娘と考えているアスタルテの危機に、冷酷な一撃を繰り出しました。

卵型の機体の一部が開き、触手のようなものを出したかと思うと、一瞬にして12名の兵士を光線が貫いたのです。

アスタルテが塞がれていた手を振りほどいて「止めて。」と絶叫した時は既に遅く、12名の兵士は、その姿勢のまま絶命していました。

彼女は、彼等を殺す積もりは無かったので、大声で泣きました。


フワワは、何が起こったが悟ったので、わざと攻撃の手を止め、ギルガメッシュはその機に乗じて彼の頭をもぎ取りました。

アスタルテのところに駈け付けたギルガメッシュは、凍りついたような兵士たちを見て尋ねました。

「何が起きたのだ。」

「私を襲ったから、全員殺されたのよ。こんな積もりは無かったのに。」

彼は、アスタルテを縛った縄をほどいてから12名の兵士を確認しましたが、確かに息をしておらず、死んでいました。

「誰がこんなことを。あなたがやったのか。」

アスタルテに対する問いかけに、何とトゥーラが答えました。

「私がやった。アスタルテに危害を加える者は許さない。」

ギルガメッシュは、どこにも傷が無いので、生き帰らせることはできないかと思って聞き返しました。

「生き帰らせることはできないのか。」

アスタルテは、涙を流しながら首を振った。

「トゥーラは、人間の体を構成している細胞の結びつきから破壊した。元に戻すことは誰にもできない。」

「元通りではないか。意識はないし、息もしていないが。」

動かないだけで死んでいるようにも思えないので聞き返すと、アスタルテは答えました。

「嘘じゃないわ。疑うなら触って見るといいわ。」

ギルガメッシュが兵士の一人に触れると、彼の手はほとんど抵抗なく体の中に飲み込まれたのです。

悲鳴をあげながら手を引っ込めると、彼が触れた兵士は粉々に崩れて形がなくなり、12名の兵士全員が次々と崩れて行きました。

ギルガメッシュは己の無力を思い知らされると同時に、彼の行為が12名の兵士の命を奪ってしまったことを悔やみました。


トゥーラは、機体の別の部分を開くと、フワワの頭と体を回収しました。


呆然と立ち尽くすギルガメッシュを、アスタルテはトゥーラの機内に誘いました。

「フワワを倒したし、あなたもこのまま帰るに帰れないでしょう。せめてもの償いにマガダに連れて行ってあげるわ。」

彼も、その誘いに応じることしか思い付きませんでした。


ギルガメッシュを乗せたトゥーラは、わざとウルクの上空を通過し、彼に上空からの光景を投影して見せました。

それから超音速飛行に入り、30分もかからずマガダに到着したのです。


マガダに到着したギルガメッシュは、アールマティー、アムルタート、チーチェン他の天使たちに迎えられました。

アールマティーは、驚いてアスタルテに聞きました。

「おや、人間を連れてきたの。イュンのハン皇帝以来かしら。それにこの子、タケルなのね。」

アムルタートも、驚きながら歓迎しました。

「そうね。タケルだわ。転生しても大した男ね。人間では敵はいないでしょう。」

ギルガメッシュは、3人の美しさに驚きながら確かめました。

「あなた方は、人間ではないのか。」

3人は自己紹介し、周囲に居た天使たちの名前も教えました。

アールマティーは、ギルガメッシュに単刀直入に切り出しました。

「人間の身で不死を願うことの報い、十分に受けたか。」

彼は、納得できませんでした。

「確かに、何物にも代え難い部下12名を失った。しかし、不死を願うことが本当に悪いことなのか。そこのチーチェンさんも、元は人間だったと言うではないか。」

すると、チーチェンは夫の天使ヤシャを呼び、並んで彼の前に立ちました。

「人間は、宿命によって結ばれた相手がいるのよ。私は、その相手が天使のヤシャだったけど、普通の人間には当然人間の相手がいるの。もしあなたが不老不死の肉体を得たとしたら、あなたの宿命の相手、ソウルメイトであるニン・ウルクはどう思うでしょう。自分だけが老い、死んで行くのですよ。転生によって巡り合うことがあるにしても、あなたは永遠にそのまま。彼女は、年月にさらされる。出会い、結ばれる機会は失われて行くでしょう。このことは、あなたと彼女の魂にとってはとても寂しいことです。満たされることがなくなっていくのですから。そして、私やアスタルテは、天使ヤシャとイスラフェルに慰められはしますが、転生できませんから、永遠に救われません。」

「救われるとはどう言うことなのか。」

ギルガメッシュは、転生についてまだ良くわかりませんでした。

「人間の魂は、転生を繰り返して学び、この世界を離れるのです。」

「それが救われると言うことなのか。」

「そうです。肉体を持たない高次の意識としての生命に生まれ変わるのです。」

「それで、何かよいことはあるのか。」

ギルガメッシュには、救われるとは何か、何故永遠に生きる彼等は救われないのか、わかりませんでした。

「この世界は、何時かは滅びる。永遠を生きる我々であってもその時は一緒に滅びてしまうが、この世界を離れた魂は滅びないで済む。そう言うことなのだ。」

ヤシャの説明に、彼は少し理解できました。

「なるほど、それならわかる。しかし、何時滅びるのか。」

何を聞いてよいかわからなかったので、彼は取り敢えず聞いてみました。

「お前が生きている間ではない。しかし、お前の魂がこの世にいる間でないとは言えない。」

そうか、何時までも転生を繰り返していれば、何時かは滅びの時に出会ってしまうのか。

ギルガメッシュは、理解しました。

ふと気付くと、アスタルテがいなくなっていたので、彼はチーチェンに聞きました。

「アスタルテさんがいませんが、どうしたのでしょう。」

流石の彼も、周囲が天使ばかりだと心細かったのです。

「あの子は、トゥーラの中で泣いているでしょう。」

「何故です。」

「自分と同じ人間を殺してしまったからです。」

「アスタルテさんが悪いわけではない。悪いのは私だ。」

言い張るギルガメッシュに、チーチェンは微笑みました。

「いいえ、あの子が軽率だったのです。フワワは12名の戦士に気付いていましたし、アスタルテは、フワワにわざと負けるように命じていたのです。」

ギルガメッシュも、先日の圧倒的な強さを考えれば、自分も頭を使ったとは言え、確かに手加減されていたことには気付いていました。

「そうだったのか。では、最初から彼女は私をここに連れて来てくれる積もりだったのか。」

「恐らくそうだろう。」

「では、尚更私が悪い。そして、手出しをするなと命じたにもかかわらず手を出した彼等にも責任がある。」

チーチェンは、微笑んで彼を慰めた。

「いいえ。あなたのフワワ相手の戦いも、人間としては十分なものでしたし、それ以上にあなたに責任を負わせるべきではないでしょう。アスタルテは、全てを見抜くべきだったのです。あの子は、自分が襲われることを全く考えていませんでした。トゥーラとは、あの子の実の母の名なのです。ヴィマーナ・トゥーラは、機械ではありますが、人間と同じ意思を持っています。しかも、あの子の母の意思を。ですから、我子に危機が迫れば当然攻撃することを、あの子自身が気付くべきだったのです。それに、あの子は十分強いんです。あなたとフワワの戦いに気を取られていなければ、人間の戦士12名ごときを相手に負けるはずはなかったのです。」

ギルガメッシュは、チーチェンの言葉を理解しましたが、アスタルテが強いとは思えませんでした。

「彼女が浅慮だったことはわかったが、どうしても強いようには思えぬ。しかも、あの12名は、我スメルでも精鋭中の精鋭だ。」

チーチェンはまたにっこり微笑むと、ヤシャと周囲の天使たちに目配せして下がらせた。

「では、少し試して見ましょう。私の今の体は、神と言ってもよいスザクさんのものですから、その火の力を使えば、人間を一瞬にして焼き尽くします。ですから、その力は使わず、アスタルテと全く同じ力だけで、あなたのお相手をしてみましょう。」

チーチェンは、アスタルテよりも華奢な感じの体でしたから、ギルガメッシュが本気になって戦う相手のようには到底思えませんでした。

「何をすればよいのだ。」

チーチェンは、彼を挑発しました。

「私の体に指一本でもいいから触れてごらんなさい。もしできたら、あなたの願いをかなえ、不死にしてあげましょう。」

「本当か。」

そんな簡単なことで望みをかなえてくれるとは、彼は到底信じられませんでした。

「ええ。私も今は天使の一員です。嘘はつかないわ。」

「では行くぞ。」

ギルガメッシュはそのために来たのだから、アスタルテや戦士たちのことを忘れてチーチェンに挑みかかりました。

ところが彼女、彼がつかみかかるたびに紙一重で身をかわし、本当に指一本触れられなかったのです。

ギルガメッシュは、ようやく本気になりました。

そして、フェイントをかけてタックルに行ったところ、何物かにタックルされたように倒されました。

「ずるいぞ、加勢するとは。」

てっきり誰かが加勢したと思った彼が振り向くとそこには誰も居ず、単に自分でつまずいてこけたような状態だったのです。

「何だこれは。本当に誰もいなかったのか。」

気味悪がる彼に、チーチェンは確かめました。

「もう降参する。」

「いいやまだまだ。」

しかし、何度やっても同じで、1時間も続くと流石のギルガメッシュも息が上がってきました。

それなのにチーチェンは息一つ乱れていなかったので、彼は、自分が考えたことを話してみました。

「あなたは、私の動きを予測すると同時に、私が使おうとしている力をそのまま返しているのではありませんか。」

チーチェンはうなずいた。

「そのとおり、よくわかったわね。そして、アスタルテはこんなこともできるのよ。」

チーチェンがギルガメッシュに向かって右手を突き出すと、彼はそのまま数メートル後ろに飛ばされたのです。

「念力なのか。」

「そんなものね。だから、あなたは自分で考えて行動している限り、私には指一本触れられないのよ。」

それではと、ギルガメッシュは頭をからっぽにしてホール中を走りまわり、誰彼かまわずつかみかかる暴挙に出ました。

しばらく暴れて取り押さえられた彼は、チーチェンの笑い声で我に帰った。

「やはりだめだったのか。」

チーチェンは笑いながらうなずきましたが、彼の後ろを指差しました。

「私には指一本触れられなかったけど、信じられないことが起きたわ。見てごらんなさい。」

彼が振り向くと、男が二人倒れており、美女に介抱されていた。

倒れていたのはアシューラとゲンブで、介抱していたのは、彼らの妻のビャッコとプロセルビナでした。

二人は、人間が来たと言うので見物にホールに入ってきた途端に突進してきたギルガメッシュに押し倒され、何が何だかわからないでいたのです。

事情を説明されると、二人は、チーチェンを非難しました。

「チーチェンさん、あなたも人が悪い。」

「そうですよ。まさかこんなことをしてるなんて知らないから、二人で人間が来るなんて久しぶりだなと話しながら入ってきたんですよ。」

しかし、二人ともギルガメッシュの怪力には感心していました。


チーチェンは、その時戻ってきたアスタルテに聞きました。

「どう、気が晴れた。」

「うん。トゥーラに慰めてもらった。」

チーチェンから騒動の顛末を聞いて、アスタルテは目を丸くしました。

「えっ、アシューラ兄さんはともかく、あんたゲンブさんを倒したの。」

アシューラもゲンブも、苦笑していました。

「そう。怖いことに人間は自分で考えていないことをするんですな。何も考えないで突っ込んでくるのですから、備え様がありませんでしたな。昔のアガルトの狂人兵みたいでした。」

「ふーん、それにしても、あんた凄いのね。ところで、どうしてそんなことをしたの。」

余りの言い様に、彼がチーチェンに言われたからやったことを説明すると、アスタルテは彼に向かって手を突き出したのでギルガメッシュは思わず身構えました。

何も起こらないので少しほっとしていると、彼女は両手を上に上げた。

すると、彼の体が宙に浮いたのです。

なるほど、確かにチーチェンの言うように彼女も念力が使えるのか。これじゃかなうわけもないか、と宙に浮いたまま考えていると、アスタルテは彼を降ろしました。

「わかったかしら。でも、駄目ね。悲しみの感情があると、普段の力が出ないわ。」

「どうして悲しむのだ。」

チーチェンに聞いていたことでしたが、彼は、本人に確かめてみました。

アスタルテは、チーチェンの顔を見ましたが、彼女がうなずいたので答えました。

「チーチェンさんが説明したらしいけど、私からも答えましょう。」

ギルガメッシュは、何も話していないのに二人は意思が通じたようなので、不気味に感じました。

「私は人間です。しかも、不完全ながら父ミドのように心に感応します。父は、部下にも誰にも、人を殺すならその人の悲しみを全て背負う覚悟を持て、と言いました。私は最初その意味がわかりませんでした。だから、平気で人々を苦しめ、殺したりもしました。夫イスラフェルは天使ですが、私とともに18年間人間の社会で暮らしましたから、父の言葉の意味を理解していました。そして私に、人々の心に感応することとともに、人間の持つ深い悲しみを教えてくれました。同じ人間の命を奪うことは、たとえようのない悲しみなのです。まだ相手が悪人なら自分なりに割り切ることもできますが、12人の戦士には、あなたへの忠誠心とともに家族への愛情もありました。私を襲ったのは悪の心によるものではなかったのです。」

ギルガメッシュは、機械でありながら心を持つトゥーラが、何故アスタルテが悲しむようなことをしたのか不思議でした。

すると、それを察してアスタルテは答えました。

「トゥーラは、私の尊敬する母であり、レムリア一の巫女でありながら、最愛の夫であり国王の父に平気で手を上げた、世界で唯一人の人間でした。そして、父にとっては、最愛の妃でもあったのです。ヴィマーナ・トゥーラは、人間トゥーラの心を持っています。母は激情に任せてとんでもないことをよくしました。父に手を上げたのはその一つですが、今回もそのようなものです。私を愛する余り、私に危害を加える存在に対しては、過酷なまでの報復を行ってしまったのです。」

「では、人格を持った機械というわけですか。」

「そうです。」

「彼女は、今は落ち着いていますか。」

ギルガメッシュは元はと言えば自分の責任だと思っていたので聞きました。

「ええ。トゥーラも悲しみ、悔やんでいます。もう、二度とはしないでしょう。」

「では、私からも謝りたい。私が悪いのだ。きっとアールマティーさんの言うとおりなのだろう。人間の身で不死を願った報い、私にはとても重いものだった。永遠の愛など、望むべくもない。」

深く頭を下げたギルガメッシュに、チーチェンが悪戯っぽく笑いかけました。

「じゃあ、永遠の命、味わってみたいとはもう思わないかしら。」

ギルガメッシュは、考え込みました。

「いいや、味わえるものなら味わってみたい。」

すると、チーチェンは思っても居なかったことを申し出ました。

「じゃあ、味あわせてあげましょう。」

「本当ですか。」

思わぬ言葉にギルガメッシュが聞き返すと、チーチェンは厳かに答えました。

「その代償として、あなたは人の心の悲しみを知るでしょう。そして、その悲しみも人間の愛であることを。」

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