四十五話目 魔法少女は挑みたい

 ◇ ◇ ◇


「ここに現れるって本当?」

「少なくとも、チリリはそう言ってますわ」

「ピルル」

『クリムセリア、間違いないピル』


 ピルルも同意見なら、間違いなさそうだね。

 妖精たちは魔人の感知能力が高い。間違いなく、ここに現れるんだと思う。

 町の人には事前に避難してもらってる。

 これは、妖精たちが強大な魔人が現れるって言ってることを、国の人に伝えたら避難誘導してもらえた。


 私ことクリムセリア、プリズシスタを筆頭に、七名の魔法少女が集まってる。

 今日、ここに出てくる魔神を倒すために、特訓してきたメンバーだ。


「それじゃあ、魔神が現れたら一番槍は私がやるよ! 全体の指示はプリズシスタがお願いね!」

「任されました! 皆さん、よろしいですか!」


 形だけは私がリーダーで、プリズシスタに指揮を任せる形にする。

 これは事前に三人で話し合っておいた。この方が、他の四人の不満が少ないだろうって。

 話題性は高いとはいえ、プリズシスタは最近まで最弱の名前を欲しいがままにしてた魔法少女だからね。従うってなると、反感を持つ子がいるかもしれない。


 じゃあ私ならいいの? ってなるけれども。

 まあ、一応名目上ナンバーワンだからね。気に食わないと思われてても、率先して戦うってなればついてきてくれるでしょ。

 みんな、魔法少女なんだから。


 ピリリと空気がひりつく。

 来る。戦場を目の当たりにするときの緊張感が、この場を包み込む。


「まずは初撃をクリムセリアが叩き込んで様子を見ます! 攻撃の通り具合によって、サポートとアタッカーに分かれて行動を!」


 この空気だけで分かる。

 これまで向き合ってきたどんな魔人よりも、強大な存在が現れる。

 不安がよぎる。本当に、ルミコーリア無しで勝てるの?

 ――いいや、勝たないといけない。私たちが、私たちが思い描く未来のために。


 この状況でもルミコーリアが現れないってことは、予想通り何かが起きてるんだと思う。

 彩花さんは魔人の恐怖を人たちに思い出させるって言っていた。

 それなら、ルミコーリアは絶対に動かさない。動かせない。彼女が来てくれれば、きっと一瞬で倒してしまうから。それじゃあ、恐怖は人たちに残らない。


 あの人が思い描いている未来図は、私たちが無惨に負けて、魔神が破壊の限りを尽くすこと。

 なら、私たちが魔神を倒してしまえば、全てが覆る。

 私としては、少し不服な面はあるけれど。

 でも、美羽さんの事を考えるなら、これが最善だから。


 美羽さんが抱えている問題は、きっと孤独感だ。

 お父さんもお母さんもいなくなっちゃって、施設でも仲間に馴染めなくて、魔法少女としても、誰一人としてあの人に並べない。

 誰一人、本当の美羽さんを分かってあげられない。

 八年間付き添っていたらしい彩花さんですら、並び立つのを諦めるほどに、その差は絶対的なんだと思う。


 私たちは、今日、あの人に並ぶ。少なくとも、魔神を倒すことで、一緒に戦えるんだって認めてもらう。

 プリズシスタたちは引退してもらうまでを考えているけれど、魔法少女を続けるにしても、並び立てる存在がいることはきっと大きな意味を持つ。

 そして、私たちが存在感を示せば示すほど、私たちを育てた美羽さんは世間にとって認められる存在になる。

 私たちが、私が、輝きを示して、あの人の未来を作るんだ。


「準備はいいね?」

「ええ。クリムセリアは?」

「もちろん」


 ジジジと火花が散るような音が鳴る。

 空間が歪んでる。魔人がどうやって現れるのか知らなかったけれど、こうやって現れるんだ。

 異空間より現れる怪物。こうやって出現場所が事前に判別できるぐらい、圧倒的な力を持つ存在が――来る。

 空中が、ひび割れた。


「クリムセリア!」


 炎よ集え。私の元へ。

 先手必勝。この一手で終わらせるつもりで挑め。

 手元に作り出した炎の弓矢は、なんであれ貫く自信がある。

 集中できてる。今の私は、間違いなく過去最高だ。


「クリム・フレア!」


 構え、燃やし、放つ。何気なく、何度も繰り返してきた動作を、今回も行う。

 ひび割れた空間へ向かって、一直線に業火が突き進む。周辺の空気も焼き焦がしながら。

 手ごたえはある、間違いなく有効打になる。

 ひび割れから覗いた青色の肌に炎の矢は突き刺さり、爆炎が広がる。

 どう……?


 炎を突き破って、青色の腕が伸びてきた。ひび割れの縁に、がしりと手をかけた。

 ひび割れを無理やり広げるように、私たちの背丈もありそうなほどの太さの腕が空間を砕きながら広げていく。

 空間の隙間を跨いで現れたのは、これまでの魔人と比較にならないぐらい巨大な怪物。

 通常の魔人は、せいぜい大きな大人の人ぐらいの大きさだった。

 でも、この魔神は違った。二階建ての家と同じぐらいの大きさで、足はタコみたいに何本もの触手が蠢いている。両腕は私たちを握りつぶせるぐらい強大で、これまでの魔人とは到底同じ括りにできない。

 頭っぽい部位は、のっぺらとして表情も何も伺えない。


 当然、私の攻撃が痕を残した様子はない。


「……全然、効いてない」

「総員戦闘準備! クリムセリアとトリムシスタのツートップで、他の方は二人の援護を!」


 誰かの呟きをかき消すように、プリズシスタが叫ぶ。

 少しでも悲観的な空気を出さないように。負けると思ったら、絶対に勝てない。

 勝つんだ。勝たなきゃいけないんだ。


 陣形は、想定された通り。攻撃力は高い私とトリムシスタで攻める。

 他の人たちは、プリズシスタの幻影を軸に、私たちが攻撃できるように敵の意識を散らす役割を担ってもらう。

 反感は出ない。ちらりと見渡すと、委縮してる子たちがいる。

 私たち三人と違って、強敵と戦った経験が少ないんだ。初めて見る強敵に、すくんでしまっている。

 まずい、かも。


「みんな! 安心して!」


 私たちを青白い光が包み込む。

 不安に襲われていた気持ちが、すぐさま落ち着いていく。


「大丈夫! きっと勝てるから!」

「セレネシア!?」


 そっか、セレネシアの魔法は鎮静。怯えすくんでいる私たちの心を、落ち着かせてくれたんだ。


「私はまともに戦えないけど、ここで逃げちゃいけないことぐらいわかる! だから! 勇気を出すよ! 私にだって、守りたいものはあるんだから!」

「そう、だよね」

「うん。私だって……」


 セレネシアが戦えない魔法少女だって、みんな知ってる。

 そんな彼女が勇気を出している。よく見ると、手が震えてる、足も震えてる。唇なんて真っ青だ。

 表情だけは、真っすぐ前を向いている。


 ……そうだ。その通りだ。

 みんな、守りたいものがあってここにいる。

 一人よがりな願いから発生した戦いだけれど、背負っているものは本物だ。

 決して、あの人の思い通りになんてさせない。


 気おくれしてた子たちも、顔つきが変わった。

 負けたらどうなるか、想像したうえで乗り越える覚悟が決まったんだ。

 これなら戦える。


 魔神は既に全身を現わしている。

 触手が誰かの家の屋根を這い、ぐしゃりと容易く押しつぶした。

 防御力はあの時戦ったネームド以上。攻撃力も頭おかしいぐらい。まともに触手か腕の一撃を貰ったら、多分まともに動けないかな?


 はは、セレネシアがいてくれて良かった。

 もしも鎮静化されてなかったら――今すぐ、頭が沸騰して突撃しちゃいそうなぐらいだから。

 戦意は上々、後は、存分に暴れるだけ。


 私は魔法少女だ。誰かの理想を背負い、誰かのために戦う存在。

 さあ、失うものよりも、救えるものを数えていこう。

 私の心は、今、過去のどんな瞬間よりも燃え上っているんだから。

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