第5話 揺れる未来 ― 君と生きる意味 ―(前半)

 ― 秋の気配 ―


 八月が過ぎ、夏の熱気が少しずつ和らいでいく。

 花火大会のあと、美咲と僕は恋人同士になった。


 大学の帰りに一緒にカフェに寄り、授業の合間に学食でランチを食べ、休日は公園を散歩した。


 幸せな時間だった。

 でもその一方で、僕の心には少しずつ影が差していった。


 彼女が時折見せる、あの痛みに耐えるような表情。

 検査の日に見せる、強がった笑顔。


 そのすべてが、僕の胸を締めつけた。


 ― 検査の結果 ―


 九月の初め、美咲はまた病院に行った。

 今回は医師から少し詳しい説明があった。


「心臓の機能が以前より低下しています。今後は手術の可能性も考える必要があります」


 淡々とした医師の言葉に、僕の背筋は冷たくなった。


 隣で美咲は静かに頷いていた。


「分かりました。……ありがとうございます」


 病院を出ると、美咲は深呼吸をして空を見上げた。


「空、きれいですね」


 彼女の声は落ち着いていた。

 でもその手は少し震えていた。


 ― 彼女の告白 ―


 カフェの窓際の席。

 コーヒーの香りが漂う中、美咲がぽつりと言った。


「怖いんです。手術とか、将来とか……全部」


「怖いですよね」


「でもね、一番怖いのは……私と一緒にいる人が、不幸になること」


 僕は美咲の手を握った。


「美咲さん。僕はもう決めてますから」


「決めてる?」


「あなたのそばにいるって。どんな未来でも」


 美咲は少しだけ涙をこぼして、それでも笑った。


 ― 秋風の公園 ―


 ある休日、僕たちは公園のベンチに座っていた。

 木々は少しずつ色づき始め、風が涼しくなっていた。


「子どものころ、この公園でよく遊んだんです」


 美咲が懐かしそうに言った。


「将来の夢とかありました?」


「ありましたよ。お嫁さんになること」


 その言葉に胸が少し痛んだ。


「叶えましょうよ、その夢」


 僕が言うと、美咲は驚いたように僕を見て、それから微笑んだ。


 ― 手紙のこと ―


 その日、美咲はカバンから小さなノートを取り出した。


「これ、私のノートなんです。毎日少しずつ書いてます」


 ページをめくると、そこには日記のような文章が並んでいた。


「将来もし私がいなくなっても、これが残るでしょ。だから……」


「そんなこと言わないでください」


 僕の声は少し震えていた。


 美咲は静かに首を振った。


「大丈夫。これはね、私の生きた証だから」

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