第4話 夏夜に咲く花 ― 君への告白 ―(前半)

 ― 夏祭りの誘い ―


 6月の終わり、梅雨が明けたばかりのキャンパスは強い日差しに包まれていた。

 その日の昼休み、美咲がカフェで僕に声をかけた。


「ねえ、悠斗さん。来週の夏祭り、覚えてます?」


「もちろん。花火があるやつですよね」


「そう。それ、一緒に行きませんか?」


 美咲の瞳が期待に輝いていた。


「行きましょう。僕も見たいですし」


「じゃあ決まり。……浴衣、着ていこうかな」


 そう言って美咲は少し恥ずかしそうに笑った。


 その笑顔に、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。


 ― 準備の日々 ―


 祭りの日までの一週間、美咲は珍しく浮かれていた。


「帯ってどうやって結ぶんでしょう。動画見ながら練習しなきゃ」


 カフェでスマホを見ながらそんなことを言う美咲に、僕はただ笑って頷いた。


「じゃあ、僕は浴衣の似合う男になれるように頑張ります」


「浴衣の似合う男……それは楽しみですね」


 そんな他愛のない会話が、なぜか胸に刻まれていった。


 ― 夏祭りの夜 ―


 祭り当日。


 駅前で待っていた僕の前に、美咲が現れた瞬間、言葉を失った。


 白地に青い朝顔の模様が入った浴衣。

 少しだけ結い上げた髪に、涼しげな簪が光っていた。


「……似合いすぎです」


 思わず口にすると、美咲は少し赤くなって笑った。


「ありがとうございます。悠斗さんも浴衣、いいですね」


「ありがとうございます」


 互いにぎこちなく笑い合いながら、人混みの中へと歩き出した。


 ― 屋台の灯りの下で ―


 祭りの通りは提灯の明かりに照らされ、屋台の呼び込みが賑やかに響いていた。


「たこ焼き食べます?」


「いいですね。じゃあ半分こしましょう」


 焼き立てのたこ焼きを受け取り、二人で熱いと言いながら口に運ぶ。


「はふっ……熱いです」


 美咲が笑いながら水を飲む姿に、僕もつられて笑った。


 金魚すくい、射的、わたあめ――どれも子どものころの思い出みたいに新鮮だった。


 ― 人混みの中で ―


 ただ、屋台の間を抜けているとき、美咲が少し息を荒げているのに気づいた。


「大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫。ちょっと暑いだけです」


 美咲はそう言って笑ったが、その笑顔の奥にほんの少しの無理を感じた。


 僕は彼女の手に冷たいお茶を渡し、少し人の少ない道へと誘った。


「ありがとう。……ごめんなさい、私のせいで」


「謝らないでください。ゆっくり行きましょう」


 美咲は頷き、再び笑顔を取り戻した。


 ― 夕暮れの河川敷 ―


 やがて人の流れに従いながら、僕たちは河川敷に着いた。

 空はすでに群青色に染まり、遠くで花火の準備の音が聞こえる。


 美咲はシートを広げて座り、うちわでゆっくり風を送った。


「風が気持ちいいですね」


「ええ。……花火、楽しみですね」


「うん。私、花火好きなんです。散ってしまうのに、一瞬ですごくきれいで」


「……桜と同じですね」


 僕が言うと、美咲は少し驚いたように僕を見て、それから笑った。


「そうかもしれませんね」


 ― 花火が上がる前に ―


 空に最初の花火が上がるまで、しばらく時間があった。

 美咲は浴衣の袖を握りながら、少しだけ真剣な顔になった。


「悠斗さん、私ね……来年のことなんて正直考えられないんです」


 突然の言葉に、胸が強く締めつけられた。


「でも、こうして今、悠斗さんと一緒にいられることがすごく嬉しい」


 僕は何も言えなかった。

 ただ、美咲の手の震えに気づいて、そっと自分の手で包んだ。


 美咲は驚いたように僕を見て、やがて小さく頷いた。

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