BULLET OF 〝U〟

深川我無

UNIT1 てめえ何やってんだよ⁉(治療だよ?)


 

 黄土色の空はゲロみたいで大嫌いだ。

 

 硝煙の匂いを心地良く感じるのは、脳味噌が火薬の常習性にやられた証拠で、血反吐をはきながら見てる内臓は俺が間抜けだった動かぬ証拠だ。

 

「はあ……最後にラーメン食いたかったな……」

 

 漆黒の長い髪を火薬の匂いがする風に靡かせてヤマトが黄土色の空を見上げながら独り言ちると、気管に詰まった血痰がゴボゴボと不快な音を立てた。

 

 ヤマトはそれを聞いて苦笑する。

 

 瓦礫に背中を預けて視線を下げれば、仲間たちの死体が赤い血だまりに沈んでいた。

 

 故郷から遠く離れた場所で赤い染みになって消えた彼らは皆、10代そこそこの少年や少女に見える。

 

 それはヤマトにしても同じで、この場所に人道的な措置や思想が存在しないことは明白だった。

 

 ヤマトはもう一度視線を横に向けた。

 

 先ほどから痛みに悲鳴を上げながら喚き散らしている上官クズの顔を見るためだった。

 

 鉄骨が数本男の身体を貫いている。

 

 その状態で宙吊りになるのは地獄の苦しみだろう。

 

「は……いいザマだ! てめえの無謀な策のせいで全員死んだんだよ。このボケ……」

 

 ヤマトは思う。このボケを殺してでも止めなかった俺が一番のマヌケ―――

 

 意識が途切れそうになって、ヤマトはもう一度空を見ようと視線を上げた。

 

 最後に見る光景がクズの悶絶顔だなどというのはあまりにもよろしくない。

 

 汚らしくても、ヤマトは空が見たかった。

 

 空に浮かぶ真っ白な雲を。贅沢が許されるならば、故郷でたった一度だけ見た雪が見たい。そう思った。

 

 そんなヤマトの目に白銀の雪が飛び込んできて、少年は自嘲するように微笑んだ。

 

「はは……幻覚でもなんでもいいや……」

 

「喋らないで」

 

 突如聞こえた声でヤマトの死に体にどくんと血が巡る。

 

 敵兵……⁉ まずい……さっさと自決を……

 

 そう思ったが身体はピクリとも動かなかった。

 

 捕まって延命されれば取り返しのつかない地獄が待っている。

 

 脳味噌だけにされてガラス瓶の中に浮かぶのはまっぴらだった。

 

 けれどやはり身体は動かなかった。

 

 先に死んだ仲間たちに羨望の眼差しを向けたヤマトだったが、どうも様子がおかしい。

 

 身体を温かい何かが包んでいる。

 

 改めて敵の姿に目を向けると、そこには自分と大して歳の違わない銀髪の少年が、一糸まとわぬ姿で自分に抱き着いているのが見えた。

 

「てめえ何やってんだよ⁉」

 

「治療だよ? 傷口が開くから静かに!」

 

「そんなんで傷が治る訳が……だいたい直さなくていいんだよ! 殺せ! 拷問なんてまっぴらごめんだ!」

 

 思わず叫んだヤマトだったが身体の違和感に気付いて咄嗟に立ち上がった。

 

 こぼれ出していたはずの内臓が元に戻っている。

 

 それどころか、身体が自由に動かせるほどに回復していた。

 

「これは……医療用ナノマシンか……⁉」

 

「よかった……なんとか間に合ったみたいだね」

 

 ヤマトが声の方に視線を向けると、目じりに一粒涙を浮かべて笑う少年が白銀のショートボブをささやかに風になびかせながら立っている。

 

 その髪は故郷の山に舞う雪のように煌めいていて、いまにも戦火に溶けて消えてしまいそうなほど儚い輝きをしていた。

 

「行こう……ここにいたら見つかっちゃう」

 

 そう言って銀髪の少年はヤマトの手を握って駆け出した。

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