葬儀屋ミトリ

木端みの

プロローグ 命のゆくえ

まゆは洗い物を終えるとエプロンを脱ぎ、食卓の椅子の背にかけた。

そして、自分がまだ高校の制服のままだったと気づく。

学校からそのままバイトに行き、帰ってすぐ夕食を作り始めたので、着替えるタイミングを逃していたのだった。

最近はいつもこうだ。玄関に置かれたままの鞄にも、やるべき受験勉強が手付かずのまま残っていた。


まゆは意を決して父のアキトに向き合った。

「お父さん、お願いがあるの」

「まゆ、どうしたの?改まって」

アキトが優しい声音で答えるが、その目は疲れのせいか澱んでいた。

「今月うちに入れるお金、少なくてもいい?バイト代で買いたいものがあって……」

アキトはしばらく考え込んでいたが、やがて申し訳なさそうに答えた。

「来月じゃダメか?今月ゆゆ子が熱出したりして、仕事を何日か休んじゃったからさ。

まる太はもうすぐ小学校だし……」

「そう……」

「でもさ」と言いかけた時、アキトのスマホが震えた。

会社からの連絡のようだ。


「わあああん」

幼児用ベッドで眠る妹のゆゆ子を、お気に入りのおもちゃを見せようとしたまる太が起こしてしまった。まゆは慌ててベッドに駆け寄り、ゆゆ子を抱えあげてあやしてあげる。

まる太はそれを不思議そうに見上げていた。

弟のまる太は、もうすぐ5歳だがほとんど喋らない。


電話を終えたアキトが、まゆたちのそばに駆け寄った。

「ごめん、まゆ。その話はまた今度でもいい?」

「うん」

優しい父の困ったような笑顔を見ると、まゆはそう返事するしかなかった。

ちゃんと聞き分けがいいお姉ちゃんに見えるように、笑った。


翌日の夕方、まゆの足はどうしても家に向かなかった。

バイトもサボり、行く宛のない彼女は街をさまよった。

同じ年頃の女の子たちが大声で話しながらすれ違う。

顔は綺麗に化粧をしていて、髪も服も整えられていて、みんなオシャレに見えた。


ショーウインドウに映る自分の姿を見てため息が出た。ダサい。

バサバサの髪の毛に、そばかすだらけの顔、よれよれのリュック。

嫌なことがあっても我慢してバイトを続けているのに、どうして私は綺麗になれないんだろう。


「っ」

車のライトに照らされて、いつのまにか陽が落ちていたのにまゆは気づいた。

信号は赤で、たくさんのクラクションが鳴っていた。

思わず座り込んでしまったまゆの目に、ツヤツヤと光る黒い靴が目に入った。

黒服にひとつの汚れもないシャツ。きちんと締められたネクタイまで真っ白だった。

「ボクはミトリ。あなたの葬儀をさせてください」


その声は、騒音の中でもよく通った。

高く澄んだ声は、男がまだあどけない少年であることをまゆに確信させた。


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