(11)蒼沫vsゴリラ

 蒼沫たち四人は駆け足で自然エリアへ向かっていた。

 二時間以内……なんて指定の時間なんてとっくに過ぎていて、ボンバー団を一人も捕まえられていない。

 このまま本拠地に戻れば罰は免れない。

「罰ってどんなことされるんだ?」

 蒼沫は聞いた。

「今、我々はジャスティス団に忠誠を誓っているな」

 モヤイは聞き返す。

 蒼沫は形だけ頷いた。

「罰を受ける駒はそれより一段深く、絶対服従させられる。それは自分の意思をもって動くことは許されず、人形のようにただ蛭馬さんの言うままに動くのだ。駒を殺すことも、自爆特攻なんかもさせられる」

 駒を殺すことは最初にやらされそうになった。

 蒼沫はあまり気にしなかったけれど三人とも確かに嫌そうだった。

「今とあんまり変わらなくないか? 自爆でも殺しでも蛭馬さんにやれって言われたら逆らえないだろ」

「全然違う! 俺たちは公園を守るために忠誠を誓った! 服従はその思いなんて関係なく従わせられるんだぞ!」

「違いがよくわからん」

「ええ……キミ本当に人間?」

 人間じゃない駒に人間か疑われるのは心外だったが、それはそれとして自爆させられるのは嫌だ。

 ちょっと気が重くなる。

 公園の平和なんて知ったことじゃない。

 自分の宝物を取り返せればそれでいい。

(お前もそうだろう?)

 蒼沫は赤月の姿を思い浮かべた。

 自然エリアへ直近で向かうためには暗闇エリアの近くを通ることになる。

 空が紫色に変わったが、これ以上奥へ行かなければ暗くなることはない。

 ボーラインの服に巻かれた電飾がきらめいた。

 別に明かりを必要とするほど暗くはなかったが、ボーラインは不安を振り払うように周囲を照らした。

 光に引き寄せられるように見覚えのある一団が近付いてくる。

 ボンバー団の中で、山賊班と呼ばれていたパーティだ。

 そのパーティはこちらの進路を妨害するように立ちはだかった。

 四人は山賊班と対面し立ち止まった。

「盗賊と遭遇だ。集合に遅れても仕方ないよな?」

 蒼沫はナイフ付きグローブを装着した。

「それは、蛭馬さんの気分次第」

 答えたのはマーリン。

 こんな状況でも身の安全は薄い望みに委ねられる。

「ま、遅れたとしても盗賊を捕らえて連れていけば、印象は違うだろ」

 臨戦態勢を取り、蒼沫は集団の先頭に立つサージャンに狙いを澄ます。

「やるんだろ? さっさと済ませようぜ」

 蒼沫の呼び掛けに答えサージャンは頷いた。

 相変わらず服の中に武器を詰め込んでいてパンパンに膨らんでいる。

 初めて会ったときよりも太って見える。

「もちろんやるが……わかっているだろう? 敗者は全てを失うのだ」

 サージャンは憎しみのこもった目を向けて言った。

 ボンバー団を裏切ったのだから恨まれても仕方ないが、元々はレイスマを奪ったボンバー団が悪い、と蒼沫は思っている。

「そうだな、俺たちもちょうどお前らの身柄が欲しかったところだ」

 と蒼沫は答えた。

 どんな因縁があろうと、盤上でのいざこざは遊技闘でケリをつける。

 互いのパーティを囲んで遊技闘のフィールドが浮かび上がった。

 見たところサージャン以外は名も知らぬ駒ばかり。

 さっきよりは楽な勝負になるはずだ。

「お前たちの相手は私であって私ではない」

 よくわからないことを言いながらサージャンが衣服のボタンを外す。

 懐から丸太のような毛むくじゃらの腕が飛び出した。

 二つ三つとボタンを外す度に四肢が飛び出し、ついにはサージャンの腹を突き破って駒の数倍はある巨体のゴリラが現れた。

 ペダルで動かすゴリラ型の移動遊具だ。盗賊団の四人は揃ってゴリラに乗り込んだ。

 見た目以上に大きなものでも収納できる事実は、ボンバー団のアジトで一度見たから驚かない。

 しかし、してやられたという思いはある。

 初めからゴリラが相手だとわかっていたら、勝負を断り逃げていたと思う。

「覚悟を決めよ。遊具とはいえ人の世のゴリラと同様に怪力であり、タフネスだ」

 ゴリラの頭上から、今やスマート二頭身になったサージャンが声をあげた。

「それから、バナナを好むという点も共通している」

 サージャンは懐から駒の背丈程もある巨大なバナナを取り出し、半分ほど皮を剥いてゴリラに持たせた。

 ゴリラはバナナの先端をこちらに向けて構えた。

「宝剣バナナブレードでお相手する」

「そんなゴリラいねえよ!」

 流石に突っ込んだ。

「あんなの認められるのか?」

 蒼沫の問いにマーリンは頷いて答える。

「四人で一体の駒として扱われる。体力値も四人分まとめられて、幾つかの有利なルールもある」

 遊技闘のルールでは、自軍のフィールド上に立つ駒が一人の場合、後衛エリアまで下がった際のペナルティダメージを免れる。

 四回までなら連続してボールに触れてもよい。

 それに、幾つかの役職の能力も受けない。

 そんな措置により、パーティによっては味方がいるより一人で戦った方が強い駒もいるくらいだ。

 勝負開始。

 宙からボールが落ちてくる。

 先にボールに触れた駒には体力値が一〇足される。

 先制攻撃を取ろうとモヤイが矢を射かけるが、三発射って全部はずした。

 ゴリラが接近し、その迫力を前に蒼沫もマーリンも踏み出せなかった。

「宝剣バナナブレード!」

 ゴリラの攻撃。バナナで打たれたボールがマーリンに迫る。

 かと思った次の瞬間、ボールは急に曲がって蒼沫の顔面にヒットした。

 ゴリラの力で打たれた攻撃は予想以上に速く重い。

 蒼沫は後衛エリアまで吹っ飛んだ。

 合計七〇ダメージ。体力値は残り三〇。

 曲がる攻撃はセーラも打てるが、それとは違い遥かに強く、でかく、バナナ臭い。

 いきなりのピンチにジャスティス団の戦意は一気に削がれた。

 こちらの攻撃はゴリラの強靭な肉体には通じない。

 蒼沫の渾身の力を込めた一撃さえもバナナ片手に止められる。

 フィールド奥のゴールマットを狙おうとも、巨体と素早さを生かして防がれた。

 反して、相手の強力な変化球攻撃は着実にこちらの体力値を削ってくる。

 唯一、ボーラインの魔法攻撃でのみダメージを与えることができた。

 しかし魔法攻撃は己の体力値を削って放つ技。

 ボーライン一人の体力値では、四人分もの体力値を持つゴリラを倒すには至らない。

 ボーラインは四回魔法攻撃を打って合計八〇のダメージを与えたが、代償に自身の体力値は四〇まで削られていた。

 残り体力値は蒼沫が三〇、マーリンが一〇〇、モヤイが六〇、ボーラインが四〇。そしてゴリラは三三〇だ。

「この程度のダメージ、ゴリラの前には無意味」

 サージャンはそう言うなりゴリラにバナナを食べさせた。

「【ゴリラ】の能力は食べ物を武器として扱い、それを食すことで体力値を五〇回復する。食したあとは素手を武器として戦う」

 ゴリラの体力値は残り三八〇。

 今までに与えたダメージがほとんど回復された。

「お前ら、最初っからそのゴリラモードでジャスティス団と戦っていたら勝てたんじゃないか?」

 勝負の合間を縫って蒼沫は語りかけた。

「生憎と挑戦済みだ」

 サージャンは無感情に答える。

「なんだ負けたのか」

「連中は卑怯な改造武器を使う……我らから奪った武器を用いてな!」

 ゴリラの攻撃。丸太並みの腕を振るってボールを打つ。

 曲がったりはしないが、バナナで打つより強力な攻撃は盾で防いだはずのマーリンを後衛エリアまで吹っ飛ばすほどの威力があった。

 マーリンに二〇ダメージ。残り八〇。

「改造武器ってそんなに強いの?」

「ジャスティス団加入時に、我々の武器は改造された」

 ボーラインは蒼沫の問いに答え、杖の根本をダイヤルのように回した。

 黒い稲光が勢いを増す。

 改造された強さを発揮する仕組みだという。

「今見せてやろうと言いたいが、見ない方がいい。これは失敗作だ。目を閉じていろ」

 ボーラインが説明している間にモヤイがバウンドするボールをトスし、すぐに顔を背けて目を閉じた。

「目潰しフラッシュ!」

 ボーラインの攻撃。

 強烈過ぎる光が放たれる。

 光に目が眩んだゴリラは避けることも防ぐこともできず、腹に攻撃を受けた。五〇ダメージ。

 魔法攻撃を放ったボーラインも体力値を消費し残り二〇。

 目を閉じろと言われて素直に従えなかった蒼沫は、マーリンが咄嗟に盾で隠してくれなければ目が眩むところだった。

「やるじゃん。この調子で続けようぜ……って言ってもあと一回しか打てないか」

 蒼沫は声をかけたが、ボーラインは目を眩ませてふらつき、その場に倒れた。

「ボールを打つ本人だけは目を閉じる訳にいかない。だから自分の目が眩む」

「本当に失敗作じゃねえか!」

 マーリンの説明に蒼沫がツッコミを入れる。

 ボーラインはゴリラよりも早く調子を取り戻した。

 目が眩むことに多少慣れていたという。

 攻撃権はゴリラにあったが、目が眩んでいたため攻撃できないまま時間が過ぎた。

 攻撃権がこちらに移る。

 この攻撃チャンスに、モヤイも改造武器の力を解放した。

 黒い稲光が走ると同時に弓矢がぐんと伸びて、フィールドの端から端まで届くほど長くなる。

「でかければ強力という単純な発想から生み出された。が、重くて俺一人じゃあ扱えない」

「お前らなんで失敗作持ち歩いてるの?」

 と蒼沫はたずねたが、三人の気持ちもわからなくはない。

 自分の武器というのは手放したくはないものだ。

 マーリンとボーラインが横に構えた弓の端を持ち、蒼沫が馬鹿でかい矢を持って弦を引く。

 相当力がいる役目だ。

 モヤイが矢の先端を支えてゴリラに狙いを定める。

 宙から落ちてくるボールが矢の先端に触れた瞬間、モヤイの合図で蒼沫は矢を放った。

「丸太の矢!」

 ジャスティス団の攻撃。

 ボールは丸太並みに巨大な矢となり、いまだ目を眩ませているゴリラに直撃した。

 ゴリラの巨体がフィールド奥に突き飛ばされ、サージャン以下四人の駒が操縦席から弾き落とされた。

 四人はフィールドに突っ伏したまま動かない。

 操縦者を失ったゴリラも立ったまま沈黙していた。

「連中の体力値は残っているが……これはどうなるんだ?」

 蒼沫がたずねる。

 それに答えるように、フィールドの輝きは消えてゲームは終了した。

 決着。

「我々の勝利」

 マーリンが短く答えた。

 本来、駒が気絶状態になったからといって勝負は決しない。

 だけど、全員が気絶したとなれば話しは別ということだ。

 残りのボンバー団は無言でこちらを睨み付けていた。

 逃げようとも挑んでこようともしないのは不気味だ。

 逃げるつもりなら追わないし、戦うつもりなら応えるまで、と考えて、蒼沫はサージャンら四人の拘束に動いた。

 縛り上げる道具なんて持っていないから、担いで連行するしかない。

 蒼沫が近付くとサージャンは目を覚ました。

 説明するまでもなく、状況を理解したようだ。

「起きたか。俺たちが勝った。悪いが連れていくぞ」

 しかしサージャンは蒼沫の腕を振り払った。

「盗賊が簡単に敗北を受け入れると思うか?」

「受け入れろよ」

 蒼沫は呆れたように答える。

 火薬のにおいがしたかと思うと、サージャンの体から煙が涌き出てきた。

「マガトさんは恐ろしいお方だ。勝利のためなら自分にも子分にも非情になれる」

 サージャンだけじゃなく、倒れていた三人のボンバー団も目を覚ますと同時に煙を沸きだし、周囲にいた連中も煙をあげながら距離を詰めてきた。

 蒼沫は気付いた。

「やばい、爆発する」

「伏せて」

 マーリンが蒼沫に盾を被せ、その上でモヤイ、ボーラインと共に蒼沫に覆い被さった。

 光と熱と轟音と、身を揺さぶる衝撃が数秒間続いた。

 目を開ける。

 周囲は煙に包まれて何も見えない。

 見えるのはすぐ近くの黒焦げになったボーラインだけ。

 モヤイとマーリンはの姿はない。

「ゲームオーバーだ……」

 モヤイの声だけが聞こえた。

「えっと、どこにいるんだ?」

 蒼沫は慌てず聞いた。

 周囲を見回したが煙に包まれて何も見えない。

「俺とマーリンは集中して爆風を受け、死んで亡霊となった」

 かける言葉が見付からない。

「少し安心している。罰を受けるよりは、いい終わり方……」

 マーリンの声も聞こえた。

「それはそうかもしれないけれど、こうなるくらいならジャスティス団に入らなければよかったのに」

「私たちはこの公園が好きだった……守りたかった……」

「だが……もう……」

 話せる時間は短かった。

 モヤイの言葉は聞き取れず、二人の声も気配も消え去った。

 煙が晴れたその場にボンバー団は一人もおらず、爆発で黒焦げになった地面とボーラインだけが残されていた。

 ボーラインはまだ意識は戻らないが、命は残っていた。

「悲しむことはない」

 背後から不意に話しかけられ、蒼沫は声をあげた。

 振り向くと知らない駒がそばにいた。

 紺色のゆったりした服装。

 人のよい目をしており、図鑑のように大きな本を持っている。

 知らない駒ではあるが、どこかで会った気がして蒼沫はたずねた。

「誰だっけ?」

「一度会ってる。言葉は交わしていないが」

「そうだったか。やっぱり思い出せない」

「俺は【神話作家】の礼司。主に人間の物語を書いている」

 礼司が手にしている本には「盗賊と格闘家の章」というタイトルが付けられていた。

「俺の話しを勝手に書いてたの?」

 駒は悪びれる様子なく頷いた。

「だけどやめたよ。キミたちの物語にはハッピーエンドが見えてこない。この本は捨てる」

「別にどうでもいいけど。何か用?」

 礼司と名乗る駒が敵とは思わなかったが、蒼沫は警戒した。

「二つ忠告をしに来たんだ。ひとつは駒の死を悲しむことはないということ」

「悲しんでねえけど」

「それでいい。将棋やチェスでも駒を失って悲しむ棋士はいないだろう」

「あ、でも戦利品がないのは悲しいかな。ゴリラまで吹っ飛んじまったし……」

「駒を駒としか思わぬ人間性。素晴らしいね」

 褒められてると思うことにする。

「それで、もうひとつの忠告は?」

 礼司はひと呼吸置いてから言った。

「……さっきも言ったように、キミたちの物語にハッピーエンドはない。未練を捨ててゲームから降りることをお勧めする」

「ハッピーエンドかどうかなんてどうしてわかる?」

「占いでそう出ている」

「俺は占いなんて信じない」

「人の世ではそれでいいのだろうが……ま、キミがそう言うのならそれでいい。余計な忠告だったね」

 そう言い残して礼司は立ち去った。

 焦げた地面を見て、蒼沫は失った二人に思いを馳せる。

 そんな慣れないことに自嘲して、まだ目を覚まさないボーラインを背負い、ジャスティス団の本拠地に戻ることにした。

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