好き過ぎる妻

 私は夫が大好きだ。


 大好きって言葉じゃ足りないの。


 愛してるでも足りないし、どんな言葉を尽くしても私の愛情は計り知れないの。


「今日はあなたの大好きなビーフカレーにしたわよ♡」


 だから毎日の食卓にはあなたの好物が並ぶし、外食の時だってあなたが食べたい物を食べる。服装だってあなた好みのゆるふわかわいい系にしているし、髪型もあなたが好きなゆるいウェーブのロングにしている。メイクは控えめで、それでいて甘い感じ♡


心愛しあは何か食べたい物ないの?」

「あなたが食べたいものが私の食べたい物よ♡」


 私の回答はいつも決まってるのに、優しいあなたはいつも私の希望も聞いてくれるの。本当に私の夫ってスパダリで最っっっ高‼


 でも、好き過ぎて不安になる事もある。


 こんなに素敵なあなたなんだもの。他の女が狙って来るとも限らないわよね。


「ねぇ……あなた……お願いがあるんだけど……」


 私は思い切ってあなたのスマホにGPSアプリを入れてくれるように頼んだ。そうしたら、優しいあなたの口からまさかの返答が来た。


「心愛……限界だ。俺たち、別れよう」


 脳をとんかちで激しく打たれた感覚がした。何て? 今何て言ったの?


「君の愛は、重く、苦しい。いつも俺は君の愛にがんじがらめにされている」


 私の愛の何が悪かったって言うの!?


「君は自分の意見を持たない。全て俺基準だ。俺の好物の食卓。俺の好みの外食。そして俺の好みの洋服を着て、俺が好きな髪形をする。心愛の意見って、どこにあるんだ?」


 え……? だって、あなたが好きだって言うから私はそうして来たのよ……?


「俺はもっと自立した女性と生活を共にしたい、そう思って来た。でも我慢して来た。だって心愛の事を愛していたから。でも、俺は君に心の底からは信頼されていなかったんだね。がっかりだよ……」


 その晩……あなたと隣り合わせのベッドで、私は眠れずに涙を流していた。あなたはすぅすぅと寝息を立てている。


 どうしたらあなたの心を引き留められるの?

 どうしたら私達離婚せずに済むの?


 こうなったらあれよね……あなたを殺して私も……ってやつ。


 私はそっとキッチンに行って包丁を手に寝室に戻って来た。


 これで一思いにあなたを……。


「……っっっ‼」


 出来ない……私には出来ないわ。愛するあなたの命を奪うだなんて出来ない。


 でも、このままじゃあなたと一緒にいられなくなる。どうしたら……どうしたら……。


**

***


 夫が眠る寝室で妻が自殺した。包丁で首を切っての失血死だった。


 部屋は血にまみれ、目が覚めた夫はその惨状に意識を失ったという。


 意識を取り戻した夫は、ずっと「心愛……ずっと一緒だよ、心愛……」と、それしか口にしなくなったという。


 夫はその後長い年月を病院で暮らす事になるのだが、一日中亡き妻の写真を見てぶつぶつと彼女の名を呟いているのだそうだ。

 

 なお、事件の現場になったマンションの一室は、その後リフォームされ新たな入居者に貸し出されたが、カップルが入居すると確実にその仲が破綻するという曰く付きの物件になったそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る