使えない嫁

「おい、飯は出来てねぇのか? 先に風呂に入るが、その間に飯を作っておけよ。ったく、夫が疲れて帰って来るっていうのに、本当にお前は使えねぇ嫁だよな!」


 私の夫は、いわゆるモラハラ夫だ。


 私の事を馬鹿にし、下に見て、まるで奴隷か何かのように扱う。


「おい、今日はぞ! ……何だって? 生理ぃ!? 甘えた事抜かしやがって。このタイミングで生理とか、俺の気持ちを考えた事あるか? 少しはコントロールしろよな!」


 私は、私の『初めて』を全て夫に捧げて来た。


 夫は高校の先輩だった。その頃の夫は、凛々しくて、リーダーシップがあって、私には手の届かないようなキラキラとした存在だった。


 私は地味で、目立たなくて、本が友達みたいな暗い生徒だった。そんな私に何故彼が声をかけてきたのかは未だに分からないが、きっと自分に従う従順な存在を身近に置きたかったのだろう、と思う。


 夫は私を支配下に置きたかったのか、私の大学進学を許さず、すぐに結婚を迫った。自分は大学に行ったのに。


 彼は学生結婚という立場になったが、就職するまでの生活費は両親に出してもらっていたようだった。義父母は彼を溺愛していて、私に対する扱いは夫のそれと同じだった。


 夫は暴力こそふるわなかったが、毎日の罵詈雑言は立派な精神的暴力だった。


 だから、私は満を持して彼に離婚を切り出した事がある。


「離婚だぁ!? お前みたいな根暗なデブスがどうやって一人で生きて行くんだよ! 職歴もねぇ、何のスキルもねぇ。お前なんて社会のゴミみてぇに何も出来ねぇ。俺から離れたら生きて行けねぇんだよ!」


 高校卒業と共に結婚した私は、確かに何のスキルも無かった。でも、子供を産み育てれば立派な『母親』という職業に就けると思っていた。


 でも、子供は出来なかった。


 彼を説得して共に不妊治療専門のクリニックに行ったが、原因は夫にあった。でも彼はそれを受け入れなかった。


 数年前に奇跡的に自然妊娠したが、彼が不注意で起こした衝突事故に巻き込まれてその子は流れてしまった。そして私は子供が産めない身体になった。その時も夫と……それに加えて義両親も私の事を『使えない嫁』だと罵った。


 口惜しかった。悲しかった。


 だから、私は今日この日まで、ひたひたとその計画を実行に移した。


 あなた知ってる? 私みたいなデブスでも、っていう仕事があるのよ?


 私は夫が会社に行っている間だけ、で働いた。たまに延長があったりすると、今日みたく夕ご飯の支度が遅れてしまう事がある。


 私は必死にお金を貯めた。遠くへ逃げるために。この男から逃れるために。


 そして、私は洗面所で彼の電気シェーバーを手に取った。


 これを彼が入る浴槽に沈めれば……彼は……。


 その時だった。私のスマホにLINUの通知が入った。


『準備は出来たか?』


 私はハッとした。


 そうよ、余計な事をしなくても良いのよ。私はもう逃げる事が出来る自由の身なんだから。


 私はクローゼットの奥にしまっておいたキャリーバッグを取り出すと、そっと玄関を出た。テーブルの上には結婚指輪と記入済みの離婚届、それと『あなたにはこれがお似合いよ』というメモと共に生ごみを山盛りにしておいた。


「店長! お待たせしました!」

「ははは。お前なりの復讐は出来たか?」

「はい! あいつには生ごみを食らわせてやりました!」

「なかなかいいぞ。それとな、もう俺は『店長』じゃない。名前で呼んでくれ」

「……はい、シゲルさん……」


 そうして、私は今夜この人と共に遠い場所に

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