第7話 だと画商は言っていた

「さて、ここが宿だよ」


 シャルムに連れられてやってきたのは、


「味のある宿だな」今にも潰れそうな小さな宿だった。「経験上、こういうところの料理はうまい」

「お、なかなかわかってるね。ここのカツ丼が美味しいんだ。安いし、旅人からの評判は高いんだよ」


 旅人は野宿を何度も経験しているのだ。雨風がしのげて料理が出てきて、眠る場所がある。それだけでとてもありがたいのだ。

 俺は旅人ではないけれど。


「んじゃね」シャルムは明るく手を振って、「この村に住むことになったら、よろしくね」

「ああ……」


 そのままシャルムは軽い足取りで去っていった。なんだか無理に明るく振る舞っているようで、少し心が痛んだ。


 まぁいい。二度と会うことはあるまい。人との出会いなんてそういうものだ。世界は広いのだから、同じ人間に何度も出会うほうが珍しい。


 彼女みたいな人は結構いる。新参者に優しい人間は、どこにもいるのだ。


 だが俺の性格が悪すぎて、すぐに嫌われてしまう。優しい人間を怒らせてしまうというのは、怒りっぽい人に怒鳴られるよりも心にダメージが大きい。


 俺と接していたらシャルムだって嫌な想いをする。だから二度と会わないくらいがいいのだ。


 そんなことを思いながら、俺は宿の扉を開けて中に入った。


「いらっしゃい」無愛想な老人が出迎えてくれた、「宿泊か?」

「そうですね。とりあえず1泊。カツ丼が美味しいと言われてやってきました」

「シャルムに言われたか」彼女はこの村じゃ有名人らしい。「あいつはいつも余計な気を回す」

「迷惑なんですか?」

「まさか。ありがたい。あいつがこうやって客を連れてきてくれるから、なんとか生活できている」

「ならその気持ちは伝えたほうがいいですよ」

「バカを言うな。そんな恥ずかしいことができるか」

 

 感謝を伝えるのが恥ずかしい……? よくわからない価値観だ。だが俺以外の人間は、割とその価値観をもっているようである。


「鍵だ」老人は鍵を俺に投げつけて、「2階の奥の部屋だ」

「どうも」言われて階段を上がりかけて、「……?」


 階段の壁に1枚の絵画が飾られているのに気がついた。


 なかなか精悍な男の肖像画だった。どこにでもいそうだけれど、修羅場をくぐっている匂いもする。そんな男の肖像画。


 言っちゃ悪いがこの宿には似合わないほど、美しい絵画だ。洋風な額縁がなんとも異彩を放っている。


「似合わんだろう?」老人が言う。「しばらく前に、おかしな画商が置いていった。料金はいらん、と言うから受け取ってやった」


 料金なし……? なぜそんなことをしたのだろう。移動に邪魔だったのだろうか?


 ……


「この肖像画の人、誰なんですか?」

「アルバート様、だと画商は言っていた」

「へぇ……アルバート様の姿を描いたものは、とても珍しいと聞きますよ」

 

 アルバートは長らく謎の人物だったのだ。性別が男性、ということくらいしか伝承が残されていない。


 魔王を倒して世界を救うほどの英雄。そんな英雄にも関わらず、彼を描いた肖像画はとても少ない。しかもほとんどがニセモノと聞く。


 ご多分に漏れず、これもニセモノだろう。だから画商もタダで置いていったのだろうな。わざわざ指摘することでもないので黙っているが。

 

 ……


 しかし、なんとも威圧感のある絵画だった。えも言われぬ迫力というか、こうして向かい合っているだけで少し寒気がする代物。


 俺が肖像画を眺めていると、


「少しアンタに似ているか」

「……?」

「その肖像画の男が十数年老いたら、アンタのようになりそうだ。案外、アンタがアルバート様だったりしてな」


 なにを言っているんだこの老人は。


「目が悪くなってきたなら病院に行ったほうがいいですよ」

「どうやらそのようだ。アンタみたいなのと伝説の魔法使いを見間違えるとはな」本当に節穴だ。「まぁ誰でもいいさ。食事は適当な時間に持っていく。ご自由にくつろいでいてくれ」

「ありがとうございます」


 俺は頭を下げてから、自室に向かった。

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