第6話 難しい会話は苦手

 伝説の魔法使いアルバートが魔王を倒して十数年。


 人々はつかの間の平和を満喫していた。魔物に怯えなくてもいい、魔王の侵略に怯えなくていい。


 子供は楽しく遊び、学ぶことができる。恋をして人を愛して、戦いなんて知らずに育っていく。そんな事が可能になると思っていた。


 だがその生活が脅かされようとしている。


 ……


 魔物が暴れ始めれば、戦う人間が必要になる。戦う人間は若い人間が多い。肉体的に全盛期だからだ。


 肉体的に全盛期のときに戦うには……若い頃からの鍛錬が必要になる。鍛錬をして強くなれば、孤立していく。


 ……

 

 宿に案内してもらう道中、俺はシャルムに聞いた。


「シャルム」

「なに?」

「なんでキミはガーディアンになったんだ? 十数年前に魔王は倒されたのだから、しばらくは平和だったハズだ」


 彼女の年齢は高くても20くらいだろう。かなりの時間、平和な状態で育っている。


 シャルムの歩くスピードが落ちた。聞いてはいけないことだったかと焦っていると、


「アタシの家は、代々ガーディアンの家系でね。お母さんもお父さんも……ずっと遡っていっても、みんなガーディアンだったの。だから……生まれたときからアタシはガーディアンだった。この村の人達を守るのが使命だって、そう思ってる」

「……」

「だから平和な時代も訓練してたの。また魔物が暴れ出さないとも限らないでしょ? その時に戦えるように」


 未来を見据えて自己鍛錬を行っていたわけだ。なんとも先見の明がある少女だな。


 シャルムは俺のほうを振り返って、


「なんでアナタはこの村に来たの? 旅人じゃないって話だけど……」

「簡単な話だ。コミュニケーション能力不足で村に馴染めず、点々としている」

「あはは。それでさっきみたいなトラブルになるわけだ」

 

 そういうことである。つい口を挟んでしまってトラブルになる。人間関係の構築、というのが俺は苦手なのだ。


 シャルムは続ける。なんとも楽観的で明るい口調だった。


「まぁトラブルなんてのは、よく起こることさ。ちょっと相性が悪かっただけ。離れて解決するなら、それでいいと思うよ」


 俺もそう思う。距離や時間が解決してくれるのなら、それに頼ればいい。お互いに熱くなった状態で話し合いなんてしても無意味だ。さっきの会話みたいにな。


 その後も彼女との会話が続く。どうやらお喋り好きな人間らしい。


「いろんな村を渡り歩いてるんでしょ? 他の街とか……世界ってどんな感じ?」

「なかなか面白い。村や街によってルールやコミュニティ、常識が異なってくる。それらを観測するのは、かなり楽しい」


 自分が常識だと思っていたことが、他の村では非常識だった。そんなことは多くある。世界の常識なんてこの世には存在しない、ということがよくわかった。


「へぇ……」シャルムが羨ましそうな表情をして、「……世界を見て回るって、楽しい?」

「ああ」それは即答できる。「……興味があるのか?」

「そうだねぇ。旅をしてみたいって思ってる。いろんな世界を見て、いろんな笑顔を見たいって思う」


 笑顔が見たい、というのが彼女の最大の行動理念なのだろう。


「ならば旅に出ればいいだろう」

「そうなんだよ。そろそろ旅に出ようと思ってたら、急に魔物が活発に動き始めてさ。一時的なことだろうと思ってたら……数年経過しちゃった」


 魔物の動きが収まるまでガーディアンとして戦う予定だったのだろう。だが思ったよりも長引いて、まだ旅に出られていない。


 シャルムは遠い目をして、


「平和って長引かないもんだね。戦いは長引くのに。不思議」

「争いというものは、始めるのは簡単だ。だが終わらせるには相当の労力が必要になる」

「そうだねぇ……ちょっとしたケンカでもそうだもんね。戦争まで行き着けば、そうは終わらないか……」


 ちょっとしたケンカでも意地になってしまう。自分が正しいのだと、相手が間違っているのだと主張したくなる。

 戦争だって構造は同じだ。最後は意地。そこに論理的な思考など存在しない。ガキ同士のケンカと同じなのだ。


 唯一違うのは……


 最後にはどちらかの大将の首がはねられて終結する、ということ。


 少し暗い雰囲気になった会話を明るくするように、シャルムが言う。


「難しい会話は苦手」

「そうか」


 ならば難しい話はしないでおこう。ここで俺達が話したところで解決などしないのだから。

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