第5話 キミである必要はない

 いつものことだ。


 納得できないことをがあったら首を突っ込む。でも説明が下手で、相手に伝わらない。だから怒らせてしまう。


 俺が悪いのだ。頭の悪い俺が悪いのだ。だから殴られるのも受け入れよう。


「不審者が偉そうに……!」母親は嫌悪の目を俺に向けて、「なにをペラペラ喋ってるのよ! 意味わかんない……! アンタみたいなのがいるから――」

「まぁまぁ落ち着いて」シャルムが苦笑いで割って入って、「そんな怒ることじゃないよ。落ち着いて」

「……!」母親は俺を睨みつけてから、「こっちはアンタと話してるほど暇じゃないの! ほら! 帰るわよ!」

 

 そう言って母親は息子の手を引っ張って帰路についた。そんなに強く引っ張ったのでは子供が怯えると思うが、まぁその辺は家庭の問題か。


 そうして、ようやく静かになった。あんな怒鳴り声が響く場所に近づいてくる人間は少ないようで、俺のいる場所はとても静かになっていた。


 そこでシャルムが言う。


「災難だったね」

「……?」

「さっきのお母さん。今は子育てで気が立ってるんだよ。悪い人じゃないんだけど……ちょっと今は余裕がないみたい」

「……そうか。じゃあ、悪いことを言ってしまった」

「そんなことないよ。実際に冤罪だったっぽいし。冤罪なら反論しとかないとね」それから彼女は顔をそらして、「それに……」


 少しの間が空いた。それから彼女は照れくさそうに、


「嬉しかったよ。ありがとう」

「……?」

「ガーディアンについての話」シャルムは歩きながら、「感謝されたくてやってるわけじゃないけど、やっぱり当たり前だって思われるとモヤモヤするから。アナタが思ってたことを言ってくれて……救われた気がした」


 ガーディアン。

 人々を守るために命をかけて戦う人々。


 その形態は様々だ。志望理由も多岐にわたる。


 村人と良好な関係を築いている者もいる。尊敬されている者もいる。だけれど逆に妬まれている者もいる。


 要するに他の職業と一緒だ。


 ……


「なんでキミはガーディアンをやっているんだ?」

「人の笑顔が見たいから」即答だった。「人々が安心して暮らせるようになれば、みんな笑顔になってくれるかなって思ったんだ。でも……」


 シャルムは頭をかいて、


「うまくいかないもんだね。さっきの人みたいに、イライラしてる人が多くてね……」シャルムは遠い目で、「アタシがもっと強ければいいんだろうけどね……」

「どうだろうな。魔物の動きが活発化しているのは世界的な動きだ。キミひとりの責任ではない」

「ん……そういえば、なんで今頃になって……魔物がまた暴れ始めたんだろうね。アルバート様が魔王を倒して、しばらくは平和な世の中になってたのに」


 アルバート。かつて魔王を倒した伝説の魔法使い。

 

 彼が魔王を倒して、世界は平和になった。魔物も沈静化して安定した生活ができるようになった。


 だが、また最近になって魔物が暴れ始めているのだ。


「今回の魔物の活性化は世界各地で起こっている」

「誰か指示を出す人間がいるってことか……」そうじゃないと一斉に暴れ始めたりしない。「……新しい魔王でも生まれたのかな……?」

「その可能性が高いだろうな」


 圧倒的なカリスマを持ったリーダーが誕生したのだ。そのリーダーが魔物をまとめ上げ、また何か企んでいるのだろう。


 シャルムが言う。


「アルバート様って、今はどこで何をしてるんだろうね? 魔王を倒して以降、消息不明らしいけど」

「さぁな。だが……また彼に頼るのは酷な話だろう」


 彼はもう充分に活躍してくれた。また魔王を倒せ、なんて誰にも言う権利はない。


「わかってるよ……でもさ……」シャルムは空を見上げて、「誰かがやらなきゃいけないわけだよ」

「キミである必要はない」

「んー……」シャルムは苦笑いを浮かべて、「なんかアナタと話してると調子狂うな……」

「よく言われる」

「そりゃ失礼」シャルムは肩をすくめてから、「お兄さん、旅人さん? 本日の宿は決まってる?」

「旅人ではない。宿も決まっていない」

「じゃあ安い宿を紹介してあげよう。ついてきて」


 そのままシャルムは元気そうな足取りで歩き始めた。


 ……


 なんだか元気な若者と出会ったものだ。

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