第3話
「ところで君はどこに行こうとしているんだい?」
女の子は固くなったおにぎりを、あまり美味しそうな表情を見せずに、それでもしっかりときれいに食べ終えた。
それからまた大きなバッグに手を突っ込んで、袋に入ったキャンディを取り出した。
フルーツキャンディと書かれた袋から三つほど取り出して、「どうぞ」と微笑みながら私に差し出してきた。
「いいのかい?」
「うん、まだたくさんあるからいいの」
キャンディを受け取り、ひとつを口に入れると甘酸っぱいレモンの香りが広がった。
ほかのふたつを見ると、メロン味とグレープ味だった。
「チョコ、食べるだろ。多分、まだ柔らかくなっていないはず」
三枚買っておいた板チョコの一枚を彼女に手渡した。
季節は初夏だが、ここ数日は気温も低く、箱の上から軽く押さえた感じではチョコレートは硬さを保っていた。
「チョコなんて久しぶり」と、女の子はさっきの微笑みからさらに唇を広げて笑顔で言った。
「さっきも訊いたけど、君はここからバスでどこまで行くの?」
女の子はおそらくまだ中学生になったばかりだろうか、小学生の女の子をひとりで用事には出さないだろうし、高校生とは全然違う。
私の問いかけに彼女はすぐには返答せずに、板チョコの箱を開けてパキッと音を立ててひと欠片を口に入れた。
音が鳴ったということは、板チョコ本来の硬さを保っており、このバス停で三日目だというのに、チョコが頑張っていることによって何だか不思議と元気が出てきたような気がした。
「美味しい~」
女の子はますます顔がほころび、「少しずついただくんだ」と自分に言い聞かせるように呟いて、板チョコの箱を閉じてそれをバッグに収め、それから小さな水筒を取り出し、カップに少し注いで飲んだ。
一連の仕草がまるで映画やテレビドラマの少女役のように見えるほど、彼女の言葉や動きが洗練されていた。
私はペットボトルの水で喉を潤した。
そういえば四日前に長門湯本を出てから顔も洗っていないことに気づいた。
何かを待つということが、有希子が亡くなってしまう前までは苦痛にも思えたが、彼女がいなくなってしまった虚脱感と大きな喪失感によって、今の自分は時の流れをあまり意識しなくなった。
分かっているのは、この「希望浜」というバス停にたどり着いて三日目ということだ。
「お母ちゃんのお墓参りに行くのよ」
竹藪の向こうにかすかに見える身動きひとつしない日本海を眺めていたら、女の子がいきなりポツンと言った。
「えっ?お母さん、亡くなったの?」
彼女はゆっくりと頷いた。
「それなら早く行かないと」
「違うの、もう二週間も前に死んじゃったのよ」
首を左右に振ったあと俯き、それからしばらく彼女は黙ったままで、私も何と言って良いのか言葉が見当たらず、「そうなんだ」と呟くのが精一杯だった。
バスは一向にやって来なかった。
つづく・・・
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