年下の男の子④
ぼくたちは手を繋いだままコンビニに入店する。
ありがたいことに、店内に他の客はいなかった。
入り口で小さめの買い物かごを取り、陳列されているなかで一番大きなプリンをふたつ入れる。
ひとまずノルマは回収。
しかしせっかく来たのだから、ほかの食料や日用品も購入していこうという流れになった。
食器用洗剤とフェイシャルペーパー、ハンドソープをカゴに。本当はタオルも買いたかったのだけれど、高級で高価なタオルしか置いていなかったのでやめた。
次いで菓子コーナーに。
「芋けんぴいる?」
優希に訊く。芋けんぴは優希の好物だ。
「ううん、大丈夫。マネージャーさんがたくさん買ってきてくれたから」
「へー、マネージャーさんが」
カゴに入れかけた芋けんぴを陳列棚にもどす。
「事務所近くのスーパーで安売りしてたらしくてね。いま、ウチの事務所、芋けんぴまみれなんだ」
「愉快な事務所だな」
「お兄ちゃんこそ、大好きな濃口のポテチ買わないの?」
「あぁ。実はこのあいだ買って、部屋にいくつかストックが残ってるんだ」
「そうなの? 優希、その情報初耳だけど」
「さすがに濃口ポテチ買った情報をわざわざ共有しないだろ。情報提供されたところで『あ、そう』ってなっちゃうだろ」
「なっちゃわないよ。全然なっちゃわない。優希がお兄ちゃん関連の情報貰ってスンッてなるはずないじゃん。常に前のめりで情報欲しがる優希だよ。些細なことでも逐一報告マストでオナシャス!」
「りょーかいです」
プリンと日用品をカゴにいれてレジに。
レジには外国人の男性店員がいた。掛けている奇妙なたすきを怪訝そうに見られながらも、無事に会計を済ませることができた。
プリンや日用品が入ったビニール袋を右手に提げて、帰り道を進む。
左手は、来たときと同じように、優希の右手とつながっている。
しばらく歩いていたら、なにやら頬に冷たい感覚。
上空を眺めてみる。
ぽつり。ぽつり。雨粒が。
最初はくすぐる程度の微々たる小雨だったけど、それはすぐに本降りに。
傘を持たないぼくたちは、宿る場所も見つけられずに雨粒を浴びてしまった。
「お兄ちゃん」
髪先から雨雫を落とす優希がアイコンタクトを送ってくる。
「あぁ」うなずいて応じる。
そして同時に駆け出した。
歩きから走りに切り替えて、目指すはもちろん憩いの我が家。
――と、思っていたのだけれど。
「こっち!」
「えっ!?」
急に左折を指示してきた優希に慌てて対応する。
優希が向かった先は公園だった。広場の砂地は雨でぬかるんでいる。踏みしめるたびに泥が跳ぶ。否応なしに靴や衣服に付着する。
やがて優希が広場の真ん中で足を止めた。ぼくも呼応する。
こちらを向く優希。
「お兄ちゃん!」
呼びながら、つないでいる手を頭の高さまで。
くるりと身を翻しながらぼくのほうに身体を寄せてくる。
優希の身体を反射的に抱き止める。
「踊りましょ」胸元で微笑む優希。
「突然だな」
「だからこそ一興じゃん?」
社交ダンスみたいな踊りがはじまる。
すでにふたりともびしょ濡れ。だから逆に、ここまで濡れちゃったらこれ以上どれだけ濡れたって一緒だろっていう意識になれて。
雨が降りしきるなか、ぼくたちはアドリブで社交ダンスの真似事を。
買ったプリンは容器のなかでぐちゃぐちゃになっちゃったけど、バラエティー番組の注釈よろしく、帰宅後にちゃんと美味しく頂いたことを主張しておきたい。
踊り続けてたら、だんだん息が切れてきた。
優希のほうはまだまだ余裕しゃくしゃくな様子だ。さすが。
踊り終わったころには、雨は嘘みたいにあがってた。
どうやらゲリラ豪雨だったらしい。
公園のベンチに座って、尽きたスタミナの回復に尽力。
たすきは水分を吸いまくって、絞ったら雨水がジャバーッと出た。
「はぁ、疲れた……」
「お兄ちゃん、ちょっと運動不足じゃない?」
「かもな」
「それにしても、すごい雨だったねぇ」
「あぁ、すごい雨だった」
「昔もこういうことあったよね。お兄ちゃんと、お兄ちゃんのお友達と、みんなで公園で遊んでたら、にわか雨に打たれてびしょ濡れになっちゃったこと」
「あったあった。なんか無性にテンション上がって、雨のなかで暴れまわって」
「ね。ドッヂボールの最中に大雨振ったけど誰も試合を中断しなくて、そのうちに中断したら負けみたいな空気になってきて、結局全員びしょ濡れになりながらずーっとプレイ続けてたっていうね」
「そんで母さんにこっぴどく叱られてな」
「今でもやっぱり叱られるのかな」
「叱られるんじゃないか。風邪ひいたらどうするのー、って」
「だよね。目に浮かぶ。でも仕方ないと思うんだよね」
「仕方ない?」
「だってお兄ちゃんとふたりで歩いてて、急に雨が降ってきて、雨宿りする場所が近くに無かったんだとしたら、それはもう雨のなかで踊るのがどう考えても最適解じゃん」
どう考えても最適解ではないだろうとツッコミを入れかけたけど、しかし優希とぼくの関係性においては、けっこう粋な選択かもしれない気がして。
ぼくたちは今までだって、ふたりでこうやって生きてきた。どしゃ降りのなかを踊りながら生きてきた。雨のなかで踊るという行為が、雨のなかで踊るという行為以上に意味を持っているような気がして、ぼくは内心でしっとりと感慨にふける。
「よし」ぼくはパンと手を叩く。「そろそろ行くか。帰ったら即行シャワーだな」
「一緒に浴びる?」
「浴びるわけないだろ」
ツッコミをいれて立ちあがる。
攪拌されてしまったプリンが入ったビニール袋を右手で握って、左手で優希の右手を取って、彼女をベンチから立たせる。
「うちに帰ろう」
「うんっ」
優希は笑顔でうなずいてくれた。
ふたり揃って汚れて濡れたぼくたちは、ふたたび家路を辿ることにした。
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