プロローグ②

 時刻が午後八時をまわる。

『Mサテ』の生放送が始まった。

 おなじみのオープニングの音楽とともに、男性司会者と女性アナウンサーが登場。

 次いで本日の出演者が、下り階段から続々と現れる。

 二番目に登場したのが、女性アイドルグループ『チェリーブロッサムクラブ』。

 チェリーブロッサムとは桜のことだ。

 グループ名を体現するような桜花色のかわいらしいワンピースに身を包んだ五人のメンバーが、愛嬌たっぷりの笑顔を振りまきながら階段を歩き降りてくる。


「うっひょーっ! みんなかーわーいーいーっ! とーりーこーっ! 酒すすむーっ!」


 隣で悶える量子さん。

 ぼくは柿の種をぽりぽり食べながらテレビを観る。

 一組挟んで四番目に登場したのが、女性アイドルグループ『サクラ・フロント』。

 こちらも『チェリーブロッサムクラブ』と同じく五人組の女性アイドルグループだ。

 しかし『チェリーブロッサムクラブ』とは違い、黒のパンツスタイルで統一していて、スタイリッシュな雰囲気を醸し出している。

 かわいさ満開の『チェリーブロッサムクラブ』と、クールでかっこいい『サクラ・フロント』。

 対照的な雰囲気の二組だ。

 SNSを覗いても、そのようなパブリックイメージが世間的に定着しているようだった。


「うっひょーっ! みんな素敵すぎーっ! とーりーこーっ! 酒すすむーっ!」


「アイドルのまぶしさにかこつけて酒飲みたいだけじゃないですか」


 テレビを観ながら、酔いどれの隣人にツッコミ。

 しかしながら。

 それにしても。

 同じ番組に、同年代の五人組女性アイドルグループが二組出演。

 しかも、どちらもグループ名に『桜』が組み込まれているという共通点。

 否応なく比較に晒されるような出方である。現にネットでは、事あるごとに両グループは比較されている。番組側も話題性を狙って、あえて同日にキャスティングしたんじゃないかと訝るが、あながち陰謀論でもないだろう。話題を作って視聴率を獲得しようとするキャスティングの裏事情は理解できる。

 まず最初に『チェリーブロッサムクラブ』のメンバーが、司会者やアナウンサーとのオープニングトークに対応する。明るくキラキラしたアイドルスマイル全開で、しっかりとした受け答えで応じている。

 ――普段、当たり前のように接していると、つい忘れてしまいそうになる。

 ぼくの妹『高岳優希』が、大人気アイドルだということを。

 アイドルグループ『チェリーブロッサムクラブ』の絶対的なセンターだということを。

 性別や年代や国境すらも飛び超えて、たくさんのひとたちから注目を浴び、憧れを抱かれ、元気や希望を与えている偉大な存在だということを――。


「優希嬢、かわいいよねぇ。たまんないよねぇ。理想の妹ランキング第一位は確定だよねぇ、でへへへへ」


「ご機嫌ですね。お酒の力も相まって」


「ご機嫌だよ。超ご機嫌。キミも一緒に一杯どう?」


「もちろん丁重にお断りします。なんせ高二なもんで」


「うわ出た屁理屈」


「屁の要素が皆無でしょ。ダメなもんはダメです」


「えー、いーじゃんいーじゃん、強情ですなぁ」


 ストパラのレモン味を、頬にぐりぐりと押し当てられる。

 冷たくて気持ちがいい。だからといってもちろん飲酒なんてしないけど。


「ほらほら、美味しいよストパラ。キンキンに冷えてやがるよ」


「冷えてやがるのは肌で実感できてます」


「だったら次は喉で実感してもらおう!」


「しません! まったくもう、人気ミュージシャンからアルハラかまされるなんてびっくりですよ! こういうの、キツネにつままれた気分、っていうんでしょうね!」


「いや誰がキツネやねーん! コンコン! コンコン!」


 指でキツネっぽいポーズを作る量子さん。


「人生楽しそうですね」


「楽しいよ。すごく楽しい。はい、じゃあストパラ飲んで」


「マジ飲みですか?」


「イエッサ!」


「いやいやいやいや! ホント無理ですって! 何度も主張しますけどぼくまだ高校二年生ですから! 飲酒可能年齢に達してないですから!」


「大丈夫だって!」


「大丈夫の根拠がどこにも無いでしょ!」


「治外法権!」


「我が家を勝手に治外にしないで!」


「あたしが初めてストパラに出逢ったのは――」


「急に語り始めた」


「――二十歳の時だった」


「自分だけルールの内側で飲酒している!?」


「迫りくる締め切り、襲いくるプレッシャー、それによるストレス、不眠、拒食にずっと悩まされていた」


「それはまあ、お気の毒に――」


「そんな折に出逢ったのが、皆さんご存知ストロングパラダイス!」


「通販番組かな?」


「今なら500ml缶が、お値段なんと185円!」


「適正価格が分からない――」


「しかも今回はもう一缶追加して、お値段据え置きそのまんま!」


「やっぱ通販番組じゃないですか」


「さらにさらに! 初回注文のお客様に限り、なんと驚きの八割引きぃ!」


「本当に人生楽しそうですね」


「お仕事にプライベートに粉骨砕身してらっしゃる皆々様! 大いなるストパラの陶酔に、身も心も預けてみては!?」


「預けません」


「からの?」


「預けません」


「と見せかけて?」


「絶対に断固預けません。コンプライアンス!」


「――と、まあ、冗談はこの辺にして」


「なっっっっっがい冗談でしたねぇ!」


 マジで一度偉い人からちゃんと怒られてください。


「ケツが青い未成年はお酒じゃなくて紅茶でも飲みな。ほら、前にキミが大好きだって話してたレモンティー」


「……ありがとうございます」


 アルハラからの、好物提供。

 アメとムチの使い分けがエグい。なんという人心掌握。さすがカリスマ。

 テレビ画面に目を戻す。

 優希が属する『チェリーブロッサムクラブ』が映っている。


「おーっと! こうしちゃいられない! 『チェリーブロッサムクラブ』の出番がトップバッターで早速来るみたいだよ! 注視すべし見逃すまじ高岳夏輝!」

「ひとのフルネームを標語みたいに組み込まないでください!」


 レモンティーのペットボトルのキャップを開封。

 口をつけると同時にテレビからイケボなナレーション付きの映像が流れはじめる。

 どうやら『チェリーブロッサムクラブ』がどのようなアイドルグループなのかを紹介するための映像のようだ。


『(イケボなナレーションの声)いま、最も注目を集めるアイドルグループ【チェリーブロッサムクラブ】。今回、時代を彩る彼女たちに楽曲を提供したのは、大人気ロックバンド【ミッドナイト・ストレイシープ】の【RYOKO】だ!』


「呼ばれてますよ量子さん」


「どうもーっ! RYOKOでーす! 絶賛泥酔中でーす!」


 自覚があることだけは評価しよう。

 紹介映像が終わり、映像がスタジオに切り替わる。

 司会者とアナウンサーの隣に、あらためて『チェリーブロッサムクラブ』のメンバーがずらりと並ぶ。


『(アナウンサーの声)本日【チェリーブロッサムクラブ】の皆様には、今週から配信開始となった話題の恋愛リアリティー番組主題歌【パラダイストリップ】をテレビ初披露していただきます。高岳優希さん。この曲は、どのような曲でしょうか?』


 アナウンサーが、優希にトークを振る。

『はい』マイクを持っている優希が、背中まで伸びた茶色の髪をわずかに揺らしてうなずく。『この曲は、大好きな相手と両想いになるために頑張っている全ての人を応援している楽曲です。本日は、テレビをご覧の皆様に喜んでいただけるように全力のパフォーマンスをお届けしたいと思います!』


 優希が、明朗な語り口で説明した。


『(アナウンサーの声)高岳さん、ありがとうございます。【チェリーブロッサムクラブ】の大注目のパフォーマンスは、このあとすぐです』


 アナウンサーの言葉とともに、番組のテーマソングが流れ、画面はCMに移行する。

 自動車保険のCMと携帯電話のCMに次いで流れてきたのは、『チェリーブロッサムクラブ』のCMだった。件の新曲のミュージックビデオ。五人はチアリーダーっぽい衣装を着ている。恋リア番組の主題歌ということで、応援の意味がこもっているのだろうか。


「ちなみにここだけの話、タイトルの『パラダイストリップ』は、ストパラ飲んでるときに付けたんだよね」


「パラダイストリップのパラダイスって、ストパラから取ったんですか!?」


「くれぐれも他言無用だよん」


「……墓場まで持って行きます」



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