第2話
梨乃の家族は、控えめに言っても普通の仲良し家族であった。
父親は寡黙だが心優しい。商社で順調に出世をし、都心から少し離れたベッドタウンにマイホームを持った。
母はいつも明るく笑顔を絶やさないが、穏やかで頼れる人柄だった。落ち着いた声色でジョークを飛ばし、子供の話を何でも聞いてくれた。叱るときは、静かに地の底から響くような声で子供を震え上がらせた。現在高校生の梨乃と小学生の紗千は、二人の元でのびのびと育った。
その日の朝も、母の穏やかな声に起こされた。
「はーい、朝ですよー」
そう言うと母は、子供部屋のカーテンを一気に開けて、ねぼすけの子供達を起こす。ダイニングにはすでにベーコンとスクランブルエッグ、野菜スープ、トーストが用意されている。
父親は既に支度を済ませ、食卓についている。テレビでニュースを流している。BGMと時計代わりだ。
梨乃と紗千が子供部屋のある二階から降りてくると、みんなで食卓についていただきますをした。
母がテレビのニュースにいちいち突っ込んで、父親の意見を尋ねる。父親は言葉少なにそれに応える。子供達は思い思いに茶々を入れる。ワイワイした賑やかな食卓だ。
朝食が終わり次第、みんな席を立つ。母は洗濯のため、洗濯物が残っていないかみんなの部屋を見て回りそれぞれに声をかける。
しばらくして、父から順番に「行ってきます」と声をかけて出ていく。
その度に母は笑顔で「行ってらっしゃい」と玄関で見送る。
母に、何も変わった様子はなかった。
梨乃は、母は外出先の駅で何者かに突き落とされたのではないか、と思った。
しかし、警察や父親は母が自殺したものと見ていた。それは、家の中の母の私物が処分され、貴重品や数日分の着替えを持って家を出ていることから、母の外出は死を覚悟した出奔だったのではないかと判断されているからだった。
どこか死に場所を見つける旅に出るつもりが、早々に死ねる場所に気づいてしまったのではないかと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます