大帝国の第一皇子に転生した俺が、世間知らずな婚約者を追放しまくった後の話

9bumi

一章 婚約者問題

第1話 転生

 大学生の時。

 彼女に浮気された。

 浮気相手は俺より容姿の整ったイケメンだった。


 浮気を知っても、怒ったりはしなかった。

 付き合う前からずっと、俺では釣り合わないと思っていた。

 別れたいと言われれば、拒むつもりはなかった。


 だからせめて、別れたいと一言、言って欲しかった。

 俺の心に深い傷ができた。


 浮気されたことを機に、俺の人生は変わった。


 まず、大学に行く目的が本当の意味で勉強するためになった。

 勉強は良い。すればするほど自分の糧になる。

 そして何より、勉強に集中している間は彼女との記憶を忘れさせてくれた。


 大学で好成績を収めた俺は、優秀とみなされ総合商社に入社した。俗にいうエリートコースだ。

 勉強とは違い、仕事はもっと良い。

 成果を上げれば、学生時代では考えられない額の金が手に入る。

 仕事に忙殺されることで、俺は本当の意味で彼女のことを忘れていった。


 そんな中、迎えた三十代。

 俺は課長に昇進した。

 エリートが集まる中でも、十年に一度のスピード出世らしい。

 昇進したことで、俺はさらに仕事に忙殺されることになる。


 しかし、同時に周囲である異変が起きた。

 よく分からないが、モテ期というやつらしい。

 仕事の休憩中や仕事が早く終わった時、毎回女性に声をかけられる。

 俺は別段、容姿が優れているわけではない。

 では何故、モテるのか。

 

 答えは単純。俺のステータスだ。

 三十代になれば、遊びの恋愛は自然となくなり、結婚を前提としたものになる。

 結婚するかは、容姿や性格だけでは決まらない。大抵の場合は収入も大きな決め手になる。

 収入というと卑しく聞こえるかもしれないが、共に生活していく以上は仕方ない。


 だが、それが俺は嫌だった。

 収入という表面上しか見ていないのは、対象が容姿から収入に変わっただけで、本質は元カノと変わらない。

 アプローチを受ける度に、元カノのことを思い出して嫌な気持ちになった。


 女性を避けるように、俺はさらに仕事に打ち込んだ。

 幸い立場上、望めばいくらでも仕事は入って来た。

 おかげで、俺を狙う女性たちから声がかかることはなくなった。

 代わりに、俺は彼女たちにとって手の届かない孤高の存在となったようだ。

 

 さらに五年が経った。

 気づいたときには、部長になっていた。

 早ければ、三年後には役員になれるらしい。

 もはや、役職などどうでもよかった。

 金ならいくらでもある。

 それに、この年なら女性からアプローチされることもない。


 何のために働いているか、分からなくなった。

 そしてきっと、それがいけなかったのだろう。


 ホームドアのない駅のホームだった。

 偶然、列の先頭に立っていた俺は、突然の目まいと共に線路の上に転落した。

 思えば、最後に人間ドックへ行ったのはいつだろう。

 どうやら、過労のつけが回って来たらしい。


 薄れゆく意識の中で、電車の警笛の音が聞こえてきた。

 運が悪いことに、ちょうど電車が来た。

 そして俺は、あっさり命を落とした。


         ※※※


 転生という概念がある。

 簡単にいうと、人は死ぬと別の人間として生まれ変わるというものだ。

 別にそれを信じてもいなければ、疑ってもいなかった。


 だが、俺は生まれ変わった。

 加えて、前世の記憶まで持っていた。


 この現象が俺固有のものかどうかは、正直どうでもいい。

 人間として生まれた以上、生存本能に従うまでだった。


「殿下。いよいよ今日ですね」

「ああ」


 前を歩く傍付きの女性騎士の言葉に、小さく頷く。


 殿下というのは、俺のこと。

 この世界で俺は、千年以上続く大帝国グランエルディアの第一皇子、ルナトラ・グランエルディアとして生を受けた。

 黒髪黒目は前世と同じだが、美男子という点に関しては違っていた。


 そして今日は、俺の十歳の誕生日だった。

 グランエルディアの皇族は、十歳を迎えると婚約者が決まる伝統がある。

 今はその婚約者が待っている部屋へ、向かっている途中だった。


 前世の価値観的に、婚約者など欲しくはない。

 だが、伝統である以上は仕方ない。

 グランエルディア皇族には、数々の伝統がある。

 それらはすべて、千年以上帝国を平定し続けた良き伝統だ。

 故に、伝統は厳守しなければならない。それが第一皇子、次期皇帝となれば猶更だ。


 そして今からお会いする婚約者だが、名前はアリスティア・ノルヴァといって侯爵家の令嬢だ。

 社交界で二度ほど顔合わせていると聞いたが、よく覚えていない。

 第一皇子として、数多の令嬢と言葉を交わす身である以上、許して欲しい。

 彼女に関して、詳しい噂は出回っていない。

 この時点で、何かしら性格に問題を抱えていることは容易に想像が付く。

 良い部分は全面的に広げ、後ろめたい部分は厳重に隠す。それが貴族社会だ。


 期待はしていないが、許容範囲内であって欲しい。

 それが正直な思いだった。


「殿下。ここで少々お待ち頂いてもよろしいでしょうか?」

「どうした?」

「少しばかり、部屋の方が騒がしいようでして……」


 急に立ち止まった女騎士の言葉に、周囲の音に耳を傾ける。

 廊下の突き当りの部屋から、女性が怒鳴り散らす声が聞こえてくる。


 俺はその場でため息を吐いた。

 どうやら、俺の希望は叶わなかったらしい。


「殿下、お待ちを……っ!?」


 俺は彼女の言葉を無視して走り出し、そのまま件の部屋の扉を勢いよく開けた。


「使用人の分際であなた、何様よ……っ!」


 婚約者と思われる銀髪青目の美少女が、使用人に土下座させ、頭を踏みつけていた。

 

 こいつはダメだ……


 俺は即座にそう思った。


 

 

 





 



 


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