放課後の探偵〜ささやく死体【謎を解く香りは、アールグレイ】〜

兒嶌柳大郎

第1話 囁く死体のゴシップ

秋の気配が深まる九月。

私、一ノ瀬莉子の通う碧山学院高等部は、間近に迫った文化祭の話題で浮き足立っていた。

クラスメイトたちが放課後の教室でどの装飾を作るか、どの出し物が良いかと盛り上がる中、私は一人、スマホの画面に表示された小さなゴシップ記事に心を奪われていた。


『隣県で奇怪な事件発生か?資産家の密室死と“囁く死体”の謎』


B級ニュースサイトの見出しは、いかにも扇情的だった。

記事によれば、数週間前、資産家として知られる老人・山崎辰五郎が、自宅の書斎で亡くなっているのが発見されたらしい。

書斎は内側から鍵がかけられた完全な密室。

警察は現場の状況から事件性は低いと判断し、死因は心臓発作と発表した。

よくある話だ。

しかし、この記事が私の心を捉えたのは、その続きの一文だった。


『――関係者の話によると、第一発見者である家政婦は「旦那様の部屋から、発見直前に奇妙な囁き声が聞こえた」と証言しているという。警察はこの証言の信憑性を疑問視しているが、近隣住民の間では“囁く死体事件”として密かな噂になっている――』


囁く死体。

その言葉の響きは、まるで上質な海外ミステリーのタイトルのように、私の好奇心をくすぐった。

ありえない。

非現実的だ。

けれど、だからこそ魅力的だった。

「莉子ー、また変な記事読んでるの?」

背後から覗き込んできたのは、クラスメイトでバスケ部所属の佐伯航汰だ。

180センチを超える長身が、私の頭上に大きな影を落とす。

「変じゃない。これは論理と思索の結晶よ」

「うわ、出たよ。またそのミステリー脳。どうせ『この謎は私が解く!』とか思ってんだろ」

航汰は私のスマホをひょいと取り上げると、記事を一瞥して呆れたように肩をすくめた。

「ただのゴシップだろ。心臓発作で死んだじいさんが喋るわけないじゃん」

「だから不思議なんじゃない。航汰にはこのロマンが分からないのよ」

「はいはい、ロマンね。それより文化祭の準備、手伝えよ。女子が足りないんだから」

そう言って航汰は私の腕を引っ張る。

抵抗する気も起きず、私はスマホの画面を消した。囁く死体。

その奇妙なキーワードだけが、放課後の喧騒の中で、私の頭の中に確かな手触りを残していた。

この時の私はまだ知らない。

この小さなゴシップ記事が、私を巨大な謎が渦巻く物語の入り口へと導く、最初の招待状であったことなど、知る由もなかったのだ。

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