最終話 エッチ後屋の爆裂


 半々蔵はんはんぞうがおヒメの救出に成功したころ、エッチ後屋ごやはというと、


「くそォォッ!!」


 自身の足や胴体にまつわりついた砂のツタをどうにかすることに躍起やっきになっていた。

 あまりにも大きくなった代償であろう、自転車にのって爆走してたら小さな虫が口に飛びこんできてウェッってなったときほどの違和感もなく、半々蔵はんはんぞうがよもや自身の体内に入っていったとはつゆほども気づいておらぬ。


 それよりも、サメとなって手足を生やしたはいいものの、こうなると意外にうまくツタを振りはらえず、かといって口で噛み切ろうとしても届かない部分もあり、想定していなかった弱点が露呈ろていしたことにあせっていた。


「サメ神さま〈ひっぷ〉は、最強、究極の生物なんだ……」


 自身を鼓舞こぶするように、ひとりつぶやく。


「グルルルァァァッ!!」


 そうして大怪獣の見た目にふさわしい咆哮ほうこうを発し、渾身こんしんの力で前進を試みると、一本、また一本とツタがちぎれてゆく……。

 ついに、すべてのツタから解放されるにいたり、


「見たか、これが、これがサメ神さま〈ひっぷ〉の剛力ごうりきだぜェェ!!」


 と半々蔵はんはんぞうがいたはずのところへドヤ顔を向けたが、そこにはすでにだれもいなかった。


「はてな……?」


 と首をかしげていると、なにやら腹部の様子がおかしい。

 ドンドコと、だれかが腹のなかで太鼓を叩いているような感じである。

 その感触は、どんどん、秒を追うごとに大きく、強く、ふくらんでゆく……。


「ぐ、ぐ、ぐぎゃアアアア!!」


 エッチ後屋ごや苦悶くもんのおたけびを発した。

 一瞬にしてその腹部が風船のごとくふくらんだかと思うと、どんな立派な天守閣も粉塵ふんじんと化すほどのすさまじい大爆発が起き、サメ神さま〈ひっぷ〉はその内部から爆発四散したのだ!


 そこからさらにひとすじの光が天にのぼっていき、大輪の花と見まがうひとつの美しい花火があがる。

 それはサメ神さまの絶命とひきかえにあがった、とむらいの送り火であった。


 ひどく澄んだ空から吹いた風が、サメ神さまの大量の肉が飛び散ってよごれた砂浜をそっとなでた。

 サメ肉のアンモニア臭が、空へ舞って、ふっとやわらぐ。


 そう、半々蔵はんはんぞうが口に飛びこむまえに「土遁どとん火遁かとん合成〈千輪せんりん極大きょくだい爆裂弾ばくれつだん〉の術」と唱えつつこねあげていたのは、現代でいえば束ねたダイナマイトに匹敵ひってきする爆発物であったのだ!


 その強靭きょうじんな鮫肌によっていかな外傷もかすり傷と変えてしまっていたサメ神さまの肉体であったが、内部からの衝撃については、当然もろい。

 そう推測した半々蔵はんはんぞうが、体内にてこの爆弾を設置し、爆裂せしめたのだ。


 しかし、では、半々蔵はんはんぞうとおヒメもまた海の藻屑もくずならぬ砂浜のきたねぇ海藻と化してしまったのであろうか……。

 あたり一帯に目をやってみても、サメと化したエッチ後屋ごや肉片にくへん以外には見あたらぬ。

 あるいは、サメと人との見分けなどつかぬほどにズタズタとなったこの肉片にくへんに、ふたりであったものが混じっているのか……。


 いや、見よ。

 少しはなれた海のなかから、抱き合ったふたりが顔を出したではないか!


 そう、爆発までのあいだに体内を泳いで進み、その肛門からスポンと顔を出したふたりは、そのままジェット噴射のごとく海中へと吹き飛んでいったのだ!


 濡れねずみとなりながら、ふたりはようよう砂浜へとあがる。

 半々蔵はんはんぞうはおのれの上着を脱ぎ、ほとんど衣服が消失しているおヒメに着せた。


「かつてないほどの強敵でござった……」

「ありがとうございます、半々蔵はんはんぞうさま。かぞえきれぬほどに命を救っていただき……」

「拙者も、おヒメどのには命を救われ申した。お互いさまでござる」

半々蔵はんはんぞうさま……」


 おヒメはうるんだ目もとをぬぐい、決意したように顔をあげる。


半々蔵はんはんぞうさま、私を、連れていってはくださいませぬか? イケニエとされたにもかかわらず、おめおめと戻れば村でどんな目にあわせられるわかりませぬ。いっそ私は死んだものとして、旅へ……」

「うむ、たしかに。過酷かこくな旅となるが、おヒメどのさえよければ、いっしょに行こう。おヒメどののことは、拙者がまもるでござる」

半々蔵はんはんぞうさま……」


 ふたりはあらためて、ヒシと抱き合った。

 半々蔵はんはんぞうの腰だけ妙に引けているが、それはいまは見ないこととしておこう。


 サメ神さま〈ばすと〉の飛翔により、村長むらおさはじめ彼女を迫害するよう煽動せんどうしていた者たちは死んだのだが、彼女たちはそれを知らぬ。

 あるいは知らぬほうが、なんのうしろ髪をひかれることなく旅立てることもあろう。


 一方で半々蔵はんはんぞうは、静かにひとつの決意をしていた。


 あのとき自分の頭に怒涛どとうのごとくわいたエッチ触手しょくしゅは、決してあんなものではない。

 もうちょっとプリンとした丸みを出しつつ、色も肌にえるいい感じにして、巻きすぎず、巻かなすぎずに最適な量を目ざす。首のような急所に巻きつくなどもってのほかで、生命には影響のないところを選ぶのがあるべき姿ではないか。

 イヤがる相手が巻きこまれるのもいけない。しかしあるいは、好奇心旺盛おうせい女子おなごが、喜悦きえつとともにむつみ合ったとしたならば……。


 こうした着想をもとに、くるったように彼が絵筆を走らせ、エッチ触手しょくしゅ専門の春画絵師として知る人ぞ知る存在となっていくのは、まだずいぶんと先の話である。

 彼の死後、熱狂してその春画を残らず集めたひとりのコレクターが、文化の大火によってコレクションを抱いて焼死してしまい、その艶筆えんひつが現代に一切残っていないのはかえすがえすも残念というほかはない。


 忍者とひとりの女子おなごが、支えあってサメ肉の散る砂浜を歩いてゆく。

 ふたりの足跡は長く、長くのびていったが、やがて波にさらわれ、消えていった。


〈完〉

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忍者 vs サメ 七谷こへ @56and16

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