第20話 海にてサメに敵うものなし


「シャァァァァァク!」


 エッチ後屋ごやとうっかり百八兵衛ひゃくはちべえとがその身を犠牲に召喚しょうかんした巨大なるサメ――サメ神さま〈ひっぷ〉は、爆風の勢いにのったまま、半々蔵はんはんぞうを喰らわんと歯を突き立てる。

 これまでのサメも巨大であったが、さすが〈ばすと〉〈うえすと〉〈ひっぷ〉の三柱みはしらの真打ちだけあって、ひとつ頭抜ずぬけた大きさである。


 しかし、半々蔵はんはんぞうもまたさる者。


「ぬぅぅぅぅん!!」


 とおのれの筋肉を膨張ぼうちょうさせ、刀を盾のごとく両手で支えることで、サメの鋭き歯がおのれの肉にとどく寸前で押しとどめている。


 しかし――人の身と、怪獣とのパワーの差は歴然であり、くらぶるべくもない。

 この大きさのサメの前進をとめることなどできようはずがなく、半々蔵はんはんぞうは海のただなかへとひきずりこまれていった。


「ガーハッハッ! サメ神さま〈ひっぷ〉の召喚しょうかんには多大な生命力を要する……。おれとうっかり百八兵衛ひゃくはちべえ依代よりしろにするほど追いつめられるとは想定外だったが、召喚しょうかんに成功した以上、おめェに勝ち目はねェ……!」


 なんという魔技まぎであろうか。

 サメの姿となり、海中であるにもかかわらず、エッチ後屋ごやの声がサメの口から朗々ろうろうとひびきわたってくるではないか!


 なんとかはじいてその進路をずらした半々蔵はんはんぞうであったが、海から出るべく海面を目ざしたところで、反転してきたサメの攻撃にあう。


 水中では、先ほど見せた体術のキレもなきに等しいものとなる。

 逆にサメの泳術えいじゅつたるや、手がつけられぬほどにイキイキと縦横無尽じゅうおうむじんに海をはねまわる 

 懸命けんめいにかわし、また刀でいなす半々蔵はんはんぞうであったが、ひとつ、またひとつと傷が増えていき、血が海ににじんでいった。


「シャーッシャッシャッ! うめェ、おめェの血はたまらなくうめェぜ。うすまった血でこれなら、直接のんだらどれほどだろうなァ……」


 だんだんと意識がサメにひきずられてゆくのか、エッチ後屋ごやの高笑いがサメ色へとそまってゆく……。 


「血をよこせェッ!!」


 あらぶる咆哮ほうこうとともに、海水をすさまじい速度でかきわけたサメが、半々蔵はんはんぞうの肉体にやいばのごとき歯を突き立てる――


 が、まさしくその寸前であった。


「忍法、空蝉うつせみの術――」


 ギリギリで印を結ぶことに成功していた半々蔵はんはんぞうは、すぐそばに生えるぬらぬらとした海藻と入れ替わることに成功していたのだ!

 海藻を口のなかに入れられたサメは、いまいましそうにそれをくちゃくちゃ噛みつつ、ギロリと半々蔵はんはんぞうをにらむ。


「こざかしい!」


 そう吠えた瞬間、そのたくましい尾っぽで半々蔵はんはんぞうの横づらをしたたかに打つ!

 やはり水中では自在に動くことかなわず、海底の岩がめりこむほどの勢いで吹き飛ばされ、半々蔵はんはんぞうはごぼっと血を吐いた。


 煙のごとく海にたなびく血を前に、かろうじて顔をあげる。

 ぐるりと流麗りゅうれいに泳いだサメが、すさまじい加速をしながら猪突猛進ちょとつもうしんで迫ってくる――


「もはやこれまでか……」


 呼吸も限界をむかえつつあり、半々蔵はんはんぞう諦念ていねんを受けいれかけた、そのときであった。


 ドボンッ


 なにかが、半々蔵はんはんぞうの頭上の海面に飛び込んでくるのがわかった。

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