思い出の事故物件
星乃かなた
霊媒師
勤務先の不動産屋に、有名な霊媒師がやってきた。
「この部屋を借りたいんです」
その部屋は、居住者の不審死が続く部屋。
いわゆる事故物件である。
「この部屋は——」
「承知の上です」
私が説明するまでもないらしい。
霊媒師は事情も承知でその部屋を借りたいのだという。
「実はここ、昔住んでたんです」
内見に連れていくと、霊媒師は事情を語り始めた。
幼い頃、三人家族で仲睦まじく住んでいたのだという。
なのでこの部屋は思い出の場所。
事故物件である以上に、彼女にとっての原点なのだそうだ。
「この間取り、懐かしい……」
柔らかな笑顔を浮かべる彼女。
その表情にこちらまで和やかな気持ちにさせられる。
「ただいま、お父さん、お母さん」
彼女のつぶやきに、思わずふっと笑いが漏れそうになる。
まるでこの部屋が事故物件であるとは思えないほどに。
それからしばらくして、霊媒師がふたたび不動産屋を訪れた。
保険関係のちょっとした用事を済ませに来店したのだった。
彼女の表情には疲れが見える。
「その後お困りのことは無いですか?」
私がたずねると霊媒師は近況を語り始めた。
「実は上手くいかないことがあって」
「お部屋のことですか」
「部屋というか、同居人というか」
同居人?
彼女は確か、一人暮らしだったはずだ。
恋人だろうか、と疑問に思う前に解を与えられる。
「両親です。とは言っても、もう死んでるんですけどね」
「え?」
どういうことだ。
「私、祓いに来たんですよ。両親の霊を」
衝撃の回答に困惑する。
「不審死が続いていた理由は、私の両親の霊が原因なんです」
要するに彼女の両親が地縛霊となり、住人に死をもたらしてきたのだそうだ。
「だから、身内の不祥事は身内で処理しなきゃと思って」
「……」
予想だにしない動機に絶句する。
彼女が内見のときに見せたあの表情はなんだったのだろうと疑問に思う。
「でも、安心してください。あのクソ両親、必ず地獄に叩き落してやりますから」
今のこの人の表情は、とてもあのときと同一人物とは思えないほどに——
禍々しいほどの憎悪で歪んでいたから。
それからまた月日が経過した。
季節も変わろうかというその日。
霊媒師は部屋の解約におとずれた。
「店員さん、私、ついにやりました」
彼女は明るい笑顔で私に語ってくる。
「あのゴミクズどもを地獄に叩き落してやりました。これでもう霊障の類は起きないことでしょう」
憔悴しきった様子の霊媒師は、解き放たれたかのような満面の笑み。
「生きていた頃から本当にひどい親だったんです。不倫や浮気はしょっちゅうするし、私のことなんてほとんど育児放棄でしたよ。地獄に落ちてもらってせいせいしてます」
霊媒師が浮かべた笑顔を見て、私はひどく悲しくなった。
内見のときとは正反対の感情だ。
あのときはこの霊媒師を幸せそうだと思った。
今はこの人を見て、可哀想だと思う。
「もうあの部屋で不審死は起きません。私がすべての呪いを引き受けましたから」
どういうことだろうか。
よくは分からないが、あの部屋で不審死がもう起こらないのならそれはいいことかもしれない。
「短い間ですが、お世話になりました」
諸々の手続きを済ませ、霊媒師は店を出ていった。
なんとなく心配だったので、店の外まで見送りをするために私も外へ出た。
その直後だった。
「あっ」
彼女の身体が宙を舞った。
猛スピードで歩道に突っ込んできた乗用車に跳ね飛ばされたのだった。
後日知ったことだが、乗用車の運転手は気を失っていたらしい。
しかしあのときの車は、まるで彼女を狙っていたかのようにまっすぐに彼女に突っ込んでいた。
——彼女はあの後、天国と地獄のどちらに向かったのだろう
事故以来、例の物件で不審死は起こっていない。
思い出の事故物件 星乃かなた @anima369
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