ちょっと息抜き(健全版)。 -2

 対戦型格闘ゲームは楽しかった。

 二時間ほど遊んだだろうか。

 お気に入りのキャラを一通り動かし終わったところで、他のゲームで遊ぶことにした。やいのやいのと騒ぎながら、オンラインで遊べるゲームを探す。あれは苦手、これは面白くなかったと忌憚のない意見を交わした。ようやく意見の一致したゲームがオンライン非対応だったから、僕は南蛇井の家へと遊びに行くしかない。南蛇井が僕の家へ遊びに来てもいいんだけど、彼女は真面目だからなぁ。

 一応、僕達は自宅謹慎の身である。南蛇井は家を出たがらないだろう。悪いことをして休んでいるのに遊び惚けていると思われてはいけないのだ。……まぁ、遊んでいるんだけどね。荷物をリュックに押し込んでいると、スマホの向こうで南蛇井が眉をひそめていた。

「どうしたの、南蛇井」

『あのな、波久礼。念のため聞いておきたいんだけど』

「財布ヨシ、携帯ヨシ、ゲーム機ヨシ! 忘れ物はないよ」

『ん。それはよかった。……で、お前は自宅謹慎だよな? あたしもだけど』

「先生に見つかんなきゃいいんだよ」

『お前、絶対に不良だよなぁ……』

「あははっ、なに言ってんの? 超ウケるんだけど」

『……まぁ、止めはしないけどさ。絶対、あたしよりも波久礼のがワルだよ』

 今更な話だった。南蛇井のぼやきをスルーして、足取り軽く玄関へと向かう。

 徳重パパに買ってもらったスニーカーを履いて南蛇井の家へと向かった。

 平日の昼間でも、意外と街から学生の姿は消えないものだ。先生達が勉強会だとかで午後が休みになる日もあるし、三者面談などがあれば授業時間も変更になる。授業をふけた大学生が当然のような顔をしてゲームセンターにいることもあって、繁華街に近付くほど学生の数は増えていく。

 都会になり切れなかった街だけど、それなりに遊ぶ場所もあるし。

 堂々としていれば、謹慎中の生徒が街を出歩いても目立たないものだ。どこそこの生徒が溜まり場で遊んでますよ、なんて通報を受ける可能性があるなら別の場所で遊べばいいし。青春の吹き溜まりみたいな場所を知っているなら、その心配も必要ない。僕はそういう悪い子供なのだ。

 念のため、知り合いがいそうな大通りを避けて南蛇井の住むアパートへ向かう。

 階段を二段飛ばしで駆けあがって彼女の部屋のインターホンを連打した。

 やや待って、玄関へと出迎えてくれた南蛇井はオフモードだった。

「よ、波久礼。早かったな」

「走って来たからね。南蛇井に早く会いたくて」

「ばーか。ま、上がれよ」

 ぱたぱたと手招く南蛇井は、通話していた時と同じ服を着ていた。長い袖は手のひらを半分覆っていて、欠伸を漏らした南蛇井が口元を隠す。ひばりみたいにガーリーな雰囲気がある子が萌え袖なのも可愛いけど、南蛇井みたいにやんちゃな見た目の子がオーバーサイズの服を着ていても可愛い。というか、僕の元カノ達はいつも可愛い。

 どうして僕のことを好きになってくれたのか、それがいまだに分からなかった。

「……な、なんだよ」

「ん? 今日も可愛いなぁって」

「急に褒めるな。しばくぞ」

 べしっと脇腹を叩かれて、うへへと変な笑いが漏れた。

 南蛇井の後について、彼女の部屋に入った。母親と趣味を同じくしている彼女の部屋には沢山のゲーム機が並んでいる。本棚には漫画が並んでいるけれど、ところどころ順番が入れ替わっていた。東風谷先輩も遊びに来ているんだなぁと分かって面白いね。

 僕が小学生の頃に流行っていた漫画の、知らない単行本が増えていることに気付く。ファンブックの類かと手に取ってみたら新刊だった。作者が入院して連載が止まったのは知っていたけれど、いつの間に再開していたんだろう。

 その場に座り込んで漫画をぺらぺらと捲っていたら背後に気配を感じて振り返る。手にお盆を持った南蛇井が僕の手元を覗き込んでいた。僕が気付かないうちに、台所へと飲み物を取りに行っていたようだ。

「それ、先月発売したやつだぞ。結局、あたし達が中学卒業するまで出なかったよなー」

「懐かしいねー。描いてる人、病気治ったのかな?」

「分からん。つか、あたしは作者には興味ないし」

 北村とは真逆だな、と南蛇井から受け取ったお茶に口をつける。

 僕の横に座った南蛇井からは、ちょっといい匂いがした。

 開け放した窓から吹く風が、彼女の髪を優しく撫でる。耳に掛かった髪を指で梳く姿が絵になる程度には綺麗な女の子だ。生徒指導と揉める子だなんて、とても信じられないぜ。

 カーペットへ座り込むと、南蛇井はお盆に乗せていたポテチへと手を伸ばした。

 ぱん、と小気味よい音がして袋の口が開く。

「のりしおか……」

「んだよ。文句あるなら食わんくていいぞ。あたしが食うから」

「僕は梅しそがいいなぁ。たまにでいいから」

「や、そこは普通コンソメとかじゃん。ニッチすぎんだろ……」

 南蛇井の愚痴をスルーしつつ、出してもらったポテチに手を伸ばす。ぱりっと小気味よい音がした。ポテチは、その食感も楽しみのひとつだね。

 ゲームをするために集まったのに、不思議とコントローラーに手を伸ばすことはない。

 ただ、喋っているだけで楽しかった。

「宿題は終わったの?」

「当然だろ。そっちは? 反省文もあんだろ?」

「反省文以外は終わったよ」

「はは、だろうな。もう反省文は出さなくてもいいんじゃない?」

 けらけらと南蛇井が笑うたび、小さく胸が揺れる。こいつ、着けてないな?

 自宅だからと彼女は気を抜いているようだ。

 ぶかぶかの部屋着はお洒落よりも機能性を重視している。髪は寝起きのまま整えていないのだろう。化粧も薄く、肌を守るための最低限の手入れしかしていないように見える。学校での彼女と一番違うのは、コンタクトじゃなくて眼鏡なところだ。僕の元カノ達と遊ぶ時すらコンタクトを付けている彼女が、唯一眼鏡で過ごす場所。それが、彼女の自宅だった。

「んふふ」

「どうした? そんなにサボりが楽しいか」

「いや、そうじゃなくて。南蛇井はメガネも似合うなぁって」

「う、うるせぇ。こっちのが楽なだけだよ、ばか」

 本当に似合うのだから普段から眼鏡で過ごせばいいのにと思う反面、こんなに可愛い南蛇井を知るのは僕ひとりで十分だよなぁとか思ったりもした。やっぱり、独占欲だけは隠しようもない。

 そろそろゲームをしようか、とコントローラーの準備を始めたところで、枕元の時計をみた南蛇井がげっと声を上げる。釣られて僕も時刻を確認すると、思っていた以上に駄弁っていたことを知った。

「もう十四時? お昼ご飯、どうしよっかなー」

「……なんでこっち向くんだよ」

「だってぇ、お腹減ったし。出歩けないしなぁー」

「はー……。ったく、しょうがねえなぁ。作ってやるか!」

 言葉とは裏腹に南蛇井はやる気満々だ。本当は外食でもいいけれど、彼女が嬉しそうに腕まくりを始めたのでお口にチャックで黙っていることにした。待っているだけでは暇なのでキッチンへとついて行く。といっても、扉を一枚隔てているだけだ。

 フライパンを振る南蛇井の背中にひっついて、料理が出来上がっていく様を眺めていた。料理は腕だけでするものと思っていたけれど、こうしてくっついていると意外に全身運動だと分かる。フライパンを振るたびに身体が前後して、南蛇井はとても動きにくそうにしていた。

「邪魔なんだけど」

「だって暇なんだもん」

「お茶の用意でもしといてくれよ」

「ちぇー」

 などと遊びつつ、素直にお昼の用意を手伝った。

 南蛇井が作ってくれたのは料理の王道、炒飯だ。彼女なりにこだわりがあるようで、お店で食べる炒飯に比べて野菜が多く入っている。味付けは塩コショウと、最後に加えた醤油のみとシンプルだった。どの作業も手馴れていて普段から料理していることが分かる。

 味の感想は端的に。

 南蛇井の炒飯は、どこで食べたものよりも美味しかった。

 皿洗いを済ませた後、部屋に戻った。食休みを兼ねて布団を借りる。自分の部屋よりも天井が遠くて変な感じがした。薄い敷布団の裏に床の感触があるのも妙な気分だ。

「南蛇井もベッドにしたら?」

「ヤだよ。部屋が狭くなるだろ。だいたい、誰が金出すんだよ」

「それも一理あるね」

 ぷふーっ、と息を吐く。満腹感は多幸感を生み、やがて睡眠欲へと至る。

 今回の眠気はとても緩やかなものだった。

 あの世に極楽があるとして、この空間よりも幸せってことはないだろう。

 僕が布団で横になる隣で、南蛇井はゲームをしていた。有名なロールプレイングゲームで、クリア後の世界をくまなく探索しているらしい。主人公が撫でるだけで敵が蒸発するように倒れていく様は面白かった。僕は彼女ほどゲームをやり込んだことがないから、じっくりと世界を味わい尽くすようなプレイは見ているだけで興味深い。

 座椅子を大きく後ろにそらせて、南蛇井はコントローラーをお腹に乗せていた。

 短パンの下、露わになった太腿に吸い寄せられるようにして僕は布団ごと移動する。

「休憩は終わったか? 他のゲームしようぜ」

「ううん。まだ。南蛇井が遊んでるとこ見てるよ」

「……おい。勝手に膝を使うな」

「いいじゃん。僕だってたまには甘えたいの」

 文句を言いたそうだったけど、南蛇井は膝枕を許可してくれた。

 寝転ぶ僕の髪を、南蛇井の指が梳いた。恐々触れているのか、指先が震えている。甘え、甘えられ、僕らの関係は緩やかな共依存だ。それでも大人になって、社会人になるまでのタイムリミットがあって、この関係がいつまで続けられるかも分からない。

 もしも彼女が、僕のことをずっと好きでいてくれるなら。

 僕も、それに応える覚悟を決めようと思った。

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