先輩と案内。 -1

 真面目な生徒会長、東風谷凛琳。

 妹みたいな幼馴染、西条ひばり。

 熱血ヤンキー、南蛇井みづち。

 寡黙な文学少女、北村小恋。

 彼女達が僕を好きになった理由は知らない。怖くて聞いたこともなかった。僕みたいに軟弱なやつのどこを好きになったのだろうと首を傾げつつ、彼女達の好意と厚意に行為でもって返そうとする自分がいるのにも驚いた。

 果たして僕は、彼女達の望む答えを返せるのだろうか。

 ……今のままじゃ無理だろうなぁ、とため息ばかりが漏れていく。

「真仲。ちゃんと聞いてる?」

「……ん? あ、ごめん。寝惚けてたみたい……」

「もう。入学式の途中で居眠りしないようにね」

 びっと指を立てた東風谷先輩は高校でも生徒会に所属しているそうだ。

 ぐっと背筋を伸ばす。今朝は早くから先輩のスピーチの練習に付き合っていた。特別棟の、普段は授業に使われていない空き教室だ。広々とした教室には先輩の声がよく響いている。

「大変ですねぇ、先輩も」

「生徒会長ってのは、そういうもんだよ」

 東風谷先輩は二年生にもかかわらず生徒会長を務めているらしく、生徒達からの人望が垣間見える。僕みたいな不良生徒に構っている暇があるのだろうか。なくても構ってくれるから生徒会でも活躍するんだろうなぁ、実はポンコツのくせに。

 しっかりと背を伸ばして原稿を読み込む先輩に隠して、欠伸を噛み殺す。

 眠気を吹き飛ばすために少し喋ることにした。

「先輩、入学式の後はレクリエーションですよね?」

「そうだね。学校生活の諸注意を聞いて、昼には解散するはずだよ」

「お昼ご飯、どうしよっかな……」

「生徒会室においでよ。みんなも連れてさ」

「いいですね、それ」

 先輩の提案に、素直に頷いた。南蛇井と北村も僕と同じ高校へ進学している。東風谷先輩が留年したら同学年になれたのだけど、努力家の彼女にそんな期待をしてはいけない。

 まだ中学三年生の西条だけは僕達と一緒に通えない。こればかりは仕方がないよなと思いつつも、頬を膨らませて拗ねる彼女の顔を思い出すとちょっと申し訳なくもなるのだった。

「誰が何組か、分かればよかったんですけどね」

「あれ? クラス分け、まだ確認してないんだ」

「人見知りが発動しちゃって……。後でもいいかなって」

 そこそこ早く登校したつもりだったけど、クラスへの振り分け表が張られた掲示板の前には沢山の新入生が集っていた。誰に声を掛けられるわけじゃないと分かっていても、時に人は尻込みしてしまう。あるあるだよねぇ。

 伸びをすると肩甲骨がパキパキと鳴る。筋肉が解れて、眠気も晴れた。

「仮眠もしたおかげか、サッパリした気分です」

「そっか、それは重畳。では、最後にもう一回」

 気合を入れ直した先輩が、再び原稿の音読を始めた。

 相も変わらず、真面目モードになった先輩は格好いい。平均よりもぐっと背の高い先輩が背筋を伸ばしていると絵面も様になる。伸ばした髪をポニーテールにまとめた彼女は、いかにも優等生といった風貌だ。

 僕が見つめていることに気付いたか、先輩は照れたように口元を原稿で隠した。

「なんだい、真仲。そんな熱い視線を向けないでくれよ」

「冗談が言える程度には余裕なんですね」

「わはは。それも真仲が練習に付き合ってくれたおかげだよ」

 笑った先輩が読み終えた原稿をくるくると丸める。スピーチの練習も終わりかな?

 もう体育館へ向かわなくちゃいけない時間だ。僕が居眠りをしてしまったせいで、先輩がちゃんと練習できたのか不安だ。先輩は美声だし、静かな場所で囁かれたら絶対安眠しちゃうんだよな。なぜか先輩が上機嫌なのだけは救いだけれど、僕は役に立てていたんだろうか。

「先輩、体育館ってどこにあるんですか」

「特別棟から伝っていけるよ。つまり、こっちってワケ」

 びっと東風谷先輩が指差した方へとついていく。

 先輩の後について、まだ慣れない新校舎を歩いた。特別棟は入学試験の際にも立ち入らなかったから、これが初めての訪問だ。新しい場所、新しい習慣、新しい人付き合い。慣れない環境には緊張感を覚える。あぁ、憂鬱だ。新学期になって一気に生活が変わると強いストレスを感じるんだよ。そのせいで春先に体調を崩すことが多い僕は、今年の春も、お腹を壊して一週間くらい家に引きこもるかもしれないな。

 体育館へと向かう足取りも、知らず知らずに重くなる。

 僕の前を歩く先輩も不安そうに原稿を抱きしめ、細く長い息を吐いた。

「ふぅー。緊張してきた。スピーチ怖いなぁ……」

「先輩、演説だけは上手いんだから練習しなくっても平気でしょ」

「あれぇ? 居眠りしてたくせに生意気だな」

「それだけ先輩のことを信頼しているってわけです」

「……真仲ってさ、軽口だけは得意だよね」

 だから色んな女の子に好かれたのかもしれませんね、とは言えない。流石に怒られそうだった。

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