第2話 山に関する怪異、あるいはアルバイトにおける恐怖体験

出典:【和馬の大学生活】

媒体:ブログ

掲載年月日:2018年7月18日

※本人の特定につながるような固有名詞については訂正している。


 大学生って兎に角時間を持て余す生き物なんですよ。

 かくいう私も例にもれずその分類の大学生でした。

 そんな学生生活を送っている中で友人から暇な時間を活かしてアルバイトでもしてみたらどうだと「隙間バイト」アプリを紹介されました。今でこそ結構な人が利用していると思いうんですけど当時はまだサービス事態が黎明期であったため、あまりバイトの種類はなかったんですけど、たまに珍しい業種や高単価なアルバイトもあるからおすすめだよと友人に勧められ登録しました。



 でも、実際のところ「倉庫での軽作業」「夜間の棚卸」「ホールスタッフ」みたいなアルバイトが主流で珍しい業種のアルバイトが舞い込んでくること自体は一度某有名アイドルグループのコンサートスタッフとして働いた以外にはなかったんです。

 友人に勧められるがまま何度か隙間アルバイトに申し込み授業後や土日のちょっとした時間に数時間ずつアルバイトを入れて働いていたんですけど、やっぱり同じような業種ばかりだし、短時間ということもあってバイト先で友人を作ったりすることもできないのでアルバイト事態がつまらなくなってしまいモチベーションが下がって次第にアルバイトを入れる数も減り、なるべく拘束時間が短くて時給の高いアルバイトをを探すようになっていきました。

 そんなある日以下のような少しというかかなり珍しいアルバイトを見つけました。



    ~公衆電話の売上金の回収~

【業務内容】:市内に設置されている弊社の公衆電話から売上金を回収していただきます。当日は、弊社社員と二人一組出回っていただきます。

【募集要項】同アルバイトに申し込んだことがない方

【勤務時間】21:00 ~ 翌朝5:00 (途中休憩あり)

【報酬】:4万円



 今思えば、深夜手当や業務内容を加味しても報酬が4万円ってあまりに破格すぎるし何か募集要項では言えないような後ろめたい部分があるのではないかと疑ってかかるべきだと思うんですけど当時の私は一切疑いもせず、報酬に目がくらみアルバイトに応募しました。


―――――――――――

 応募すると募集先から電話があり、本当に応募が初めてなのか、同じようなアルバイトに参加したことはないか、職業・年齢・性別等を細かくチェックされ、当日は時間厳守で来てほしい旨を伝えられ無事選考を通過しました。

 アルバイト当日は、いつものように大学で授業を受け指定された会社まで電車で向かい、オリエンテーションに参加しました。

 オリエンテーションでは担当者の方に実際の公衆電話ボックスを使ってどのように売上金を回収するのかまた、回収後台帳に回収した金額と回収者の指名(この場合は、同行する会社の担当者の氏名)を書くように説明され、集金ルートの書かれた地図を手渡されトラックに乗り込みました。

 同行していただいた担当者の方は中肉中背の50代くらいの男性社員の方(仮にCさんとする)でかなり口数の少ない方でした。

 さすがにすべての公衆電話を回る間の数時間、無言で居続けるのはつらいと思い何とか話題をひねり出しながら会話をしようとしたんですけれど、そっけない相槌が返ってくるだけで話が広がりませんでした。



 しばらく集金業務を行って市街地の集金を終えた後近くのコンビニに立ち寄り休憩をとることにしました。私がコンビニでコーヒーを買って戻ってくるとCさんはトラックの荷台の荷物を整頓しているところでした。

 今日って一度も荷台に乗ってる荷物を使ってないけど何が載ってるんだろうと興味が湧いた私は、わざと遠回りをして荷台をのぞき込むような形で助手席に戻ることにしました。

 車の脇を運転席側から荷台の方へ廻りちらりと荷台の中を一瞥すると工具箱や何かの端材はざいのようなものに紛れて神棚?が荷台の奥に鎮座していました。

 私は、なんでこんなものが載ってるんだろと思いつつもどうせCさんに聞いてもろくに返事は帰ってこないかと思いそのまま助手席に乗り込みました。



―――――――――――

 30分ほど休憩を取り私たちは、郊外にある残りの公衆電話の集金業務を開始しました。私が住んでいるS県T市は、町の中心部にある駅を中心に栄えており駅から遠ざかるほど同心円状に田畑が増えていくそんな町でした。時刻はすでに25時を回っており、歩行者はおろか車すら一台も見かけませんでした。

 郊外にはあまり公衆電話が置かれておらず作業自体は、一時間半ほどで終了し、最後にT市と隣のN市の境界線ほどの場所にある峠道に設置された公衆電話へと向かいました。



 峠に差し掛かり路肩にトラックを止めると担当者の方は私に懐中電灯を渡し、「峠は暗くてほかの走行車両に注意を配っていないといけないから君一人で売上金を回収してほしい」と言われました。

 あたりはかなり暗かったですし、クマも出るような山だったので一人で行動するのは怖いなと思いつつ私は、誘導灯をもって道路を注視しているCさんを残して暗闇にたたずむ電話ボックスまで足早に向かいました。

 こんな峠道に置かれている電話ボックスなんて意味あるのかなんて思いましたが電話機に鍵を差し込み小銭が入っているボックスを取り出すと中には市街地よりも小銭が入っていて正直驚きましたが特に深いことは考えず小銭を種類ごとに分けコインケースにしまい始めました。

 夜の山という状況に少し恐怖を感じていた私は、手を滑らし売上金を電話ボックスの床に落としてしまいました。落ちた小銭たちは、四方八方に散らばり一部の十円玉が公衆電話を置くために設置されていた台座の下に転がり込んでしまいました。

 私は小さくため息をつきながら、手に持っていた道具類を公衆電話の上に置き小さな電話ボックスの中で身をかがめながら手を台座の下に滑り込ませ10円玉を探しました。

 すると硬貨の冷たい感触よりも先になにか紙のようなものが手にあたりました。

 何だろうと思いその紙を手で引き抜くとそれはお札のようなものでした。印面はすでにかすれていて判読することはできませんでしたが神社やお寺でいただけるお札のようなご利益ではなく、とげとげとしたご利益とは真逆の何かを宿しているような気がしました。



 気味が悪くなった私はお札をもとあった隙間に滑り込ませ硬貨をすべて回収して急いで電話ボックスから出ました。

 するとトラックを止めた方から「おーい」という声が聞こえてきました。声のする方を見るとCさんが誘導灯をすごい勢いで頭上で左右に振りながらこちらの方へ走ってきました。

 私は何事かと思いCさんの方へかけていくと私の肩を勢いよくつかんで「終わったのか!?行くぞ‼」と言って私の手を強引に引っ張って車の方へ走り始めました。

 私は、最初熊でも見たのかなと思ったのですがどうも野生動物に出くわしたそれではないような気がしました。

 私はCさんに引っ張られるままトラックまで走り助手席に乗り込んだところでCさんは急発進しました。

 私がCさんの方を一瞥するとさっきまでの落ち着いた雰囲気とは違い額にはものすごい量の汗をかき動揺している姿がありました。

 私は「どうしたんですか?熊でも出たんですか!?」と聞くとCさんは「黙ってろ!」と私の方をにらみつけて叫びトラックを勢いよく飛ばし始めました。

 Cさんはぶつぶつと「失敗した」「今日じゃなかったんだ」などと意味の分からないことをつぶやきながらひたすらに車の速度を上げ峠道を左右に蛇行しながら勢いよく下っていきました。

 私は、そんなCさんの様子に唖然としていると車の後方からうなり声のようなものが聞こえとっさに振り向きました。するとそこには骨ばった体をした毛のない四足歩行の人間のようなものがものすごいスピードでトラックを追いかけてきていました。私はこの世の物とは思えないその異様な生物から目が離せなくなり固まっているとCさんが「見るな‼」と言って私のTシャツの襟ぐりをつかみ引っ張りました。車はそのままものすごいスピードで峠を下っていきました。



―――――――――――

 山から抜けると後ろから聞こえていた低いうなり声は消え安堵の息を漏らし路肩に車を止めました。

 しばらく私たちは放心状態で互いに先ほど見た謎の生物への恐怖心をかみしめながら早音を打つ心臓を抑えることに注力しました。

 どれくらいたったのかわかりませんがしばらくしてCさんは、冷静さを取り戻したようでエンジンを入れ再びトラックを運転し始めました。

 私は、先ほど見たあの生物が何だったのか考えましたが恐怖で思考が廻らずただただあの光景が頭の中で無限に繰り返されるだけで何の答えを出すこともできませんでした。

 本社につくと私は、Cさんから「片づけは私がやっておくから帰ってくれて構わないよ」と言われそのまま更衣室においてあったリュックをつかんで帰路につきました。

 そのあと隙間バイトはやめてしまってあのアルバイトを今でも募集しているのかはわからないんですけど、軽いPTSDのような症状を患い、時折あの生物に追いかけられる夢を見ます。

 私が見たものは何だったのでしょうか?



【構成要素】山・異形の生物・学生・アルバイト・高時給


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