第8話 駄菓子屋

「またダメだったか……。どうやったら面接受かるんだ俺は?」


 俺が入室した瞬間、明らかに顔が強ばった面接官たちを思い出す。なんか腹立ってきたな。なんで見た目が怖いだけでそこまで敬遠されなきゃいけねえんだ。


 こんな時はなんか食って気分上げたいところだな。甘いもんでも食いたいけど……。お、駄菓子屋があんな。子どもの頃以来行ってねえけど、久しぶりに入ってみっか。

 こんなとこに駄菓子屋なんてあったんだな。誰もいねえから繁盛はしてなさそうだけど……。


 こじんまりとした店内に入ると、元気な女の声が聞こえてきた。


「いらっしゃいませ〜! ただいま混みあっておりますので名前をお書きになってお待ちください!」


「誰もいねえじゃねえか! なんで待たすんだよ! ……って心音!?」


「やっほやっほ健人先輩! また校長先生の話を聞いてる時みたいな顔してるね!」


「俺そんな虚無な顔してた!? いやお前こんなとこで働き出したのかよ」


 満面の笑みでレジに立つ心音は、俺に向かってピースサインを決めてきた。


「そー! イカしてる駄菓子屋でしょ? いずれ私が店長になって、フレンチレストランに改築するんだー!」


「うんなんで? 駄菓子屋からフレンチレストランは無理じゃね?」


「いやだって、私フレンチレストランで働くのが夢だったから」


「じゃあフレンチレストランで働けよ! 駄菓子屋で店長になるまで粘って改築は遠回りがすぎるだろ!」


「まあまあ、急がばがば回れって言うじゃん?」


「がばが1個多いわ! お前人生計画までガバガバじゃねえか!」


「おお! 上手いね! お布団1枚!」


「座布団寄越せや! なんで寝かすんだよ! いやいいから駄菓子見させてもらえる!?」


 心音は満足したのか、ごゆっくりーと言ってひらひらと手を振った。でもこんな人いない駄菓子屋でバイトって、普段こいつ何してんだろうな。

 興味本位で心音の方を見ると、人生ゲームで遊んでいた。え、なんで? せめてスマホいじるとかなら分かるけど、人生ゲームはなんで? そもそも1人でやっても楽しくねえだろあれ!


「あれ健人先輩、選ばないの?」


「あ、ああ。そうだな、選ぶか」


「オススメは麩菓子のオマールソース煮込み〜季節のお野菜を添えて〜だよ!」


「フレンチレストランみたいにすんな! 何余計なアレンジ入れてくれてんだ!」


「でも健人先輩って駄菓子とか食べるんだね。イメージ無かったよ。てっきり人肉とか食べてるのかと」


「イメージが獣すぎるな!? 失礼なやつだなお前!」


「ピーマンの人肉詰めとか好物だったりする?」


「しねえよ! どういう類のサイコパス!?」


 心音の言っていることは極端だけど、まあ言いたいことは分かる。俺みたいな顔も体もデカい男が、駄菓子なんて食べてたら俺だって二度見する。容器ごと食うんじゃねえかとか変な期待しちまうもんな。


「さてさて、健人先輩との無駄話もほどほどにして、仕事に戻ろうかな!」


「無駄話仕掛けて来たのはお前だろうが。まあ静かにしててくれるならありがたいけども」


「ただいま麦チョコ1個増量中でーす! いかがでしょうかー!」


「誤差だろ1粒ぐらい! ていうか静かにしねえのかよお前!」


「健人先輩もホットスナックコーナーの麦チョコ要る?」


「要らねえよコンビニか! 麦チョコあっためたら溶けて仕方ねえだろ!」


「溶けるほど熱いチョコ、あげよっか?」


「やかましいわ! 仕事しろよ!」


 そもそも駄菓子屋のホットスナックコーナーってなんだよ。レジ横で唐揚げとか売ってんの見たことねえんだけど。


「お、かりんとうがあるな。これにすっか」


「過敏症?」


「かりんとうだわ! 別にアレルギーねえし俺!」


「はいかりんとうが1つだね! ご一緒に焼肉弁当はいかがですか?」


「もうそっちメインじゃねえか! なんで駄菓子屋で焼肉弁当売ってんだよ!」


「80円になりまーす」


「聞けや!」


 マイペースな心音の笑顔に憎らしさを覚えながら、俺は財布から100円玉を出す。


「あーダメダメ先輩! ここQUOカードしか使えないんだよね」


「特殊だな! なんで駄菓子屋で現金使えねえんだよ! いいから払わせろよお前」


「もー仕方ないなあ。今回だけだよ?」


「安心しろ次はねえよ」


「1万飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで、飛んで! 80円のお返しです」


「飲み会のコールか! なんで万札返ってくんだよ!」


「かりんとうに菜箸はお付けしますか?」


「付けねえよ! 何かりんとう二度揚げとかすんの!?」


「ううん、はさみ揚げ」


「何をどう挟んだ!? えもういいからかりんとうそのまま食わせてくれる!?」


 心音は渋々俺にかりんとうを手渡し、今度は何か箱のようなものを取り出した。上の面に手が入るくらいの穴が空いている。これは……くじ引きだ! わくわくするやつじゃねえか。


「ねね先輩、これやってかない?」


「いいな。何が当たるんだ?」


「なんか色々当たるから、とりあえず引いてみなよ!」


「おう、いっちょ引いてみるか」


 箱の中に手を入れ、三角に折られた紙を取り出す。紙を捲ると景品が書いてあるわけだな。さーて、何が当たったかな……。ん?

 

 俺が引いたくじの真ん中には、教科書のお手本のような綺麗な字で『遅番』と書いてあった。


「やった! ありがと健人先輩! 明日よろしくね!」


「は? ちょっと待てお前、まさか俺とシフト代わるためにこれやらせたのか!?」


「店長には伝えとくから安心してね! じゃ、私は明日ケーキ屋さんの前でどら焼きを食べ続けるっていう趣味に勤しむから!」


「どんな趣味だ! おい代わらねえからな!? そもそも俺雇われてねえし!」


「くじ引きは絶対だからねー! 明日来ないとケーキ屋さんの前でどら焼き食べることになるよ?」


「なんで俺がその謎の趣味代わるんだよ! いや絶対来ねえからな!」


 引いたくじをくしゃくしゃに丸めてポケットに突っ込み、俺はそのままかりんとうを持って帰宅した。


 もちろん次の日、心音から泣きそうな声で電話がかかって来たことは言うまでも無い。またクビにされたとか言われてもなあ。自業自得としか言えねえからなあ。ん、かりんとう美味。

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