桃太郎・繰り返される正義🍑 「 1分で読める創作小説2025」

ルート・メモリー

桃太郎・繰り返される正義【1分で読める創作小説】

炎が鬼ヶ島を呑み込み、轟音と共に黒煙が夜空へ昇っていく。焼け焦げた木材の匂いと血の臭いが入り混じり、桃太郎の喉は焼けつくように乾いていた。血に濡れた刀を握る手は震えている。それでも彼は立ち尽くした。

最後の敵が、目の前にいたからだ。


そこに立つのは鬼でも怪物でもない。皺だらけの顔に白髪を束ねた、見覚えのある老人だった。


「……おじいさん?」


幼いころより育ててくれたあの人。その手が今は、鋭い刃を握り返している。


「よくぞここまで辿り着いたな、桃太郎。婆さんがお前を川から連れてきた日のことを、まるで昨日のように思い出すわい」


「そんなことはどうだっていい! おじいさん、なぜあなたがここに!」


桃太郎の怒号に、老人は静かに目を開き、無情にも告げる。


「桃太郎、今まで言わなかったが……」


吹き荒れる炎が一瞬だけ鎮まり、夜空に沈黙が訪れた。鬼ヶ島そのものが次の言葉を待っているかのようだった。


「ワシの名も“桃太郎”なのじゃ」


嗄れた声が炎に溶ける。その瞳には、諦めとも哀れみともつかぬ光が宿っていた。


「鬼を斬ったその日から、呪いは始まった。正義の名のもとに血を浴び、仲間すら斬り捨て、やがて老いた姿で次の桃太郎に討たれる。それがこの世の理よ」


桃太郎の心臓が痛みを打ち鳴らす。信じてきた正義は、勝利ではなく、永遠に繰り返されるだと突きつけられた。


「う、嘘だ!」


「おや、信じられぬか? そういえばワシも昔はお前と同じ顔で震えていた。だが刃を振るい、血に濡れ、そしてこうして立つことになった。お前もまた、同じ道を歩むのだ」


鬼を斬り、人を守ると誓った。しかし目の前の老人こそが、その果ての姿。未来の自分だった。


「さあワシを斬れ、若き日の俺よ! 今こそ“正義”を証明するときだ。誰もがその結末を待っておる!」


炎の熱気が二人を包む。刀が火の粉を散らし、少年の喉から叫びが迸った。振り下ろされた刃が、運命を断ち切る。


老人は崩れ落ちながらも、薄く微笑んだ。


「よくやった……次はお前が“おじいさん”となる番だ」


桃太郎は血に濡れた手で顔を覆い、炎の中で泣き笑いした。正義を信じ、鬼を斬ったはずなのに、その刃は巡り巡って己を斬る。




――昔々、ある所に。


その声がどこから響いたのか、誰にも分からなかった。炎のざわめきか、風の囁きか、それとも新たに生まれる桃太郎の産声か。


ただひとつ確かなのは、新しい正義が、また誰かによって語られ始めるということだった。

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