親友リセット
yoizuki
第1話
きょうのテーマは「しんゆう」。
みんなも、しんゆうをリセットしてみよう!
……おねえさんはね、リセットされちゃったんだよ。
でもね、泣いてなんか……泣いてなんかないんだから。
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親友リセット
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自他ともに認める一番の親友、Mが、なんの前触れもなく大学を辞めた。
Mは小柄で丸顔、笑うと目尻がきゅっと下がる。人懐っこい笑顔と明るい声で場を和ませる一方、実は寂しがり屋で甘えん坊だった。だけどその弱さを見せるのは、私――星羅(きらら)にだけ。
そんなMが、ある日突然いなくなった。
「一番の親友なのに、なんで知らなかったの?」
周囲の視線と同情が突き刺さる。プライドはへし折られ、惨めさで胸が焼けた。
人の流れが遠ざかる廊下の隅で、
壁に反射する蛍光灯の冷たい白い灯りの中、
小声の会話が耳に刺さるように入ってきた。
「私、星羅(きらら)とMのこと理想の親友同士って思ってたんだけどな」
「わかる。星羅ってMの前だけは本当の笑顔だったよね。他の人には作り笑いなのに」
「Mも星羅大好き大好き!って感じだったじゃん。彼氏かよ、って思ってたのに。なのに何も言わないなんてね」
星羅は、背が少し高めで落ち着いた雰囲気を持つ。人からは「頼りがいがある」と言われるけれど、実際には胸の奥に不安や臆病さを抱えている。だからこそ、Mに「唯一無二の親友」として隣にいてもらえることが支えだった。
笑い声が混じるその会話に、私は膝が震えそうになる。
――そうだ。私とMは、誰が見ても特別だった。
* * *
「私ね、きららと一緒に卒業旅行に行くのが夢なんだ!」
「……ほんとに?」
「うん。絶対一緒に行こうね!」
教室の窓から差し込む夕日で、Mの髪がふわっと橙色に透けて見えた。
その光の中で、Mは笑いながら私の袖を軽くつまんだ。
小さく揺れるその仕草が、やけに愛おしく思えた。
「ね、絶対だよ? きららと行くんだから意味あるんだよ」
夕暮れといっしょに、その声が胸の奥に沈んでいった。
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ベンチに座って、紙コップのホットココアを両手で抱えていたM。
冬の吐息がかすかに白くて、指先は少し赤くなっていた。
「きららは頼りがいあるよ。私、ほんとに……きららの親友で幸せ」
カップから上がる甘い湯気の奥で、Mは照れて笑った。
その笑顔を見た瞬間、胸が少し痛むほど嬉しかった。
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「ねえ見て、あそこのクリームソーダ。すっごく綺麗な色!」
カフェの大きい窓から入る光が、ガラス越しの青緑をきらきら揺らしていた。
ストローの影がゆらいで、テーブルに淡い水色を落としていた。
Mはその影を指でなぞりながら、目を輝かせて言った。
「ね? あんな綺麗なの、きららと一緒に見たいんだよ」
その横顔が、クリームソーダの色より眩しく見えた。
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夜の帰り道、コンビニの白い灯りがMの頬を柔らかく照らしていた。
自転車のベルが遠くで鳴って、夜風がふたりの髪を揺らした。
Mは歩く足を止めて、ほんの少し私の方へ身体を向けた。
「……大好きだよ、きらら。ずっと仲良しだと思ってる」
声よりも、その瞳の揺れのほうが真剣で。
私は胸がぎゅっと締めつけられるように嬉しかった。
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……なのに。
どうして、私は何も知らされなかったのだろう。
一番の親友だと思っていたのは、私だけだったのだろうか。
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2. 置き去りにされた私
あとになって知った。
ーーMは密かに留年していた。
でもその事実をMは私には一言も話さなかった。
そのくせ、数人の友達には話していた。
裏切られたような気持ちと、知らなかった自分への恥ずかしさ。
混乱と悲しみで私は足が震えていたそのとき、
「星羅?」
背中越しに私を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、逆光の窓辺にKが立っていた。
白い光を背負った小柄なシルエットが、
心配はそうに眉を寄せたまま、こちらに
歩み寄ってくる。
Kは小柄で元気いっぱい。ショートヘアに大きな瞳が印象的で、誰とでもすぐ打ち解ける。困っている人を放っておけず、気さくに人の懐へ飛び込む性格だった。そんな彼女が自然と私を気にかけるようになり、やがて自分の友達のSを紹介してくれた。
Sは背が高く、黒縁メガネが似合う女の子。真面目で繊細、でも内に秘めた好奇心が強い。初対面の私に、恥ずかしそうにしながらもLINEのIDを差し出してきた。最初は戸惑ったけれど、真剣に人と向き合おうとするSの眼差しに心を動かされる。
気づけば、三人でグループラインを作ってやりとりをするようになった。
3. 揺らぐ心
ある日、三人でカフェにいたとき、Sが恥ずかしそうに言った。
「ずっと前から星羅と仲良くなりたいなって思ってたけど、本当に仲良くなれて嬉しいな。あー、もっと早く話しかけてたら良かった」
Kが大げさにうなずく。
「ほんとそれ!私もさ、前から声かけるチャンス伺ってたんだけど、Mがね……」
Sも頷いた。
「そうそう。星羅に近づこうとすると、Mがどっかに連れてっちゃったり、わざと『会話に夢中だから声かけないで』オーラ出してたよね」
二人の言葉に、胸の奥で何かがざわめいた。
――Mは、私を独り占めしたかった?
それとも、他の誰かと私が仲良くするのが許せなかった?
その夜、眠れずに考え込んだ。
Mに対して、私は何か悪いことをしただろうか。
あのとき、もっと気を遣っていれば。もっと深く話していれば。
いや、そもそも私がMに期待しすぎていたのだろうか。
考えても考えても答えは出なかった。
ただ、胸の奥に小さな不信感と自己嫌悪が、溜まり続けていった。
4.ゆらぎ続ける
――私のなにが悪かったんだろう。
あのとき、もっと声をかけていれば。もっと深い話をしていれば。
……いや、そもそも私に何か欠けていたから、Mは他の人にだけ悩みを打ち明けたのではないか。
それでも、Mからの連絡を待ち続けた。
スマホが鳴るたびに「もしかして」と期待し、落胆する日々。
ラインも電話もブロックされていたと知ったとき、胸の奥が空洞になった。
Mのアパートを訪ねたが、既に引っ越した後。
学生課に実家の連絡先を尋ねたが、プライバシーを理由に断られた。
それでも、数人のクラスメイトだけはMの事情を知っていた。……なのに、私は何も聞けなかった。
プライドが許さなかった。
KとSにだけは、勇気を出して相談してみた。
Kは笑顔の奥で、少し寂しそうに私を見ていた。
彼女は明るさで人を励ますのが得意だけど、今は真剣な眼差しで言葉を選んでいた。
Sは指先を落ち着きなく弄りながら、それでも真っ直ぐに言葉を差し出す。
「……星羅ってさ、Mに期待しすぎてない?Mも、弱い人間なんだよ。お互いにぶつかってでも分かち合うことだってできたのに……Mは、それを放棄しちゃったんじゃないかな」
私は何も言えなかった。胸の奥に突き刺さるその言葉は、真実だったから。
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5. 半年ぶりの電話
それはとても晴れた日の昼下がり。
電車のホームは、真夏の太陽に照らされていた。
人の流れは絶えず、ざわざわとした足音とアナウンスが混ざり合い、空気がゆっくり震えている。
私はベンチに座り、ぼんやりと線路の向こうを見つめていた。
行き交う電車は、どれも私の知らない場所へ向かっていく。
半年間、止まったままだった私だけが、このホームに取り残されていた。
ポケットの中でスマホが震えた。
画面には、見慣れた名前。
――M。
呼吸が、胸の奥でぎゅっと止まった。
電車がホームに滑り込むときの風圧みたいに、突然の緊張が全身を駆け抜ける。
指が震えて、なかなか画面を押せない。
出たら、壊れる。
でも、出なければ、二度と戻れない気がした。
私は、世界がざわめくホームの真ん中で、たった一人だけ静寂を抱えていた。
通話ボタンを押した瞬間、耳にふわりと静けさが降りてきた。
周囲の雑音が遠のき、電車の走行音すら薄い膜の向こうに消える。
「……きらら?」
その声ひとつで、膝から力が抜け落ちた。
立ち上がるどころか、ベンチに縫い付けられたみたいに動けない。
半年間、ずっと待ち続けたのだ。
来るはずもない電車を、ただ線路を見つめて
「……久しぶりだね、元気にしてた?」
怯えたような声。私は胸の奥で怒りと期待がせめぎ合った。
「……きららになにも言わずに大学を辞めて音信不通になってごめん」
真剣に許しを請う、告白。
「留年したなんて恥ずかしくて、きららに言えなかったんだ。きららの隣にいるには、良い自分でいたかった」
Mは息を整えながら続けた。
「でもね、半年間、ずっと後悔してた。きららだけには全部話すべきだったって。怖くて言えなかったけど、本当は一番に頼りたかったのはきららだったんだ」
言葉の端々に必死さが滲む。
「きららがいない毎日、空っぽで……何度もスマホを手に取っては、かけられなかった。勇気がなくて。でももう逃げない。だからお願い、許して。もう一度、私の親友でいてほしい」
電話の向こうで震える声。泣いているのが分かった。
私は思わず、胸が熱くなる。
――そうだ、これが私の知っているMだ。弱さを隠しきれなくて、それでも真っ直ぐに私を求めてくれる。
喉の奥が痛むほどに、涙が込み上げてきた。
けれど。
「……もし早く言ってくれたら、全力で支えたよ」
私は静かに返した。
「なのに、なんで私じゃなくて、あの子達に話したの?」
一瞬の沈黙ののち、Mは本音をこぼした。
「……だってあの子達は私と同レベルだから。馬鹿にされないし、励ましてくれた」
胸の奥が凍りついた。
「私になにも言わないで突然消えて……私がどれだけ傷つくか考えもしなかったの?」
淡々と問いかけると、Mは焦って口走った。
「だって君は、私がいなくても上手くやっていけるでしょ? KやSと仲良くしてるの、知ってるんだよ」
――私は、ただの憧れの対象。本当の親友なんかじゃなかった。
「今はね、自分に合った専門学校に通ってるんだ。今度会おうよ。前に言ってたカフェ、一緒に行こう!」
明るい声色に戻ったM。
Mの話す声が、懐かしいのにどこか遠くに感じる。
私は、生返事で答えた。
「……うん」
「そうだね」
「ねえ……許してくれる?」
Mが、弱々しく、それでいてずるい問いを投げてくる。
沈黙を裂くように、繰り返す。
「ねえ、答えてよ。許してくれるんでしょ?」
……ずるい。
許すと言わせれば、自分の罪を軽くできるとでも思っているのか。
私は深く目を閉じて、吐き出すように答えた。
「……うん」
自分の声が、誰か他人のもののように聞こえた。
‐‐‐
通話が切れた瞬間、世界の音が一気に押し寄せてくる。
行き交う人々は、それぞれの目的地へ迷いなく歩いていく。
仕事へ。学校へ。買い物へ。
彼らにとってホームは“通過点”でしかなく
次々と人を乗せては送り出すのに、私だけは
どこにも行けないまま座り込んでいた。
だけど私は――
たった一通の電話で、また置き去りにされてしまった。
うつむくと、涙が落ちる前に光の中で揺れた。
泣き出しそうで、泣きたくなくて、ただ小さく息を吸った
「……私も、一緒に行きたかったよ。大好きだったよ、……今も」
呟いたあと、震える指でLINEをブロックし、削除した。
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5. 自己嫌悪と、それでも
ホームに吹き上げる風に煽られる。
電車の到着を知らせるアナウンスが、ぼんやりと頭に響いた。
私はベンチから動けず、消えて暗くなったスマホの画面を見つめていた。
熱気を帯びた風が全身に纏わりついて、胸の奥の感情までかき乱される気がした。
怒りも、悲しみも、呆れも――全部、自分の中で渦巻いていた。
――私はMを許せない。
許したふりをしていた自分すら、許せない。
ホームにいた学生たちは笑いながらその場を去って行く。
私はただひとり、少しだけ取り残されていた。
でも、ふと浮かぶのはKとSの顔。
不器用で、でも真剣で。
私が壊れないように、そっと手を伸ばしてくれた人たち。
小さく息を吸い、震える手でスマホを持ち直す。
『今度、三人でどこか遊びに行かない?』
送信して数秒もしないうちに、
電車の発車ベルみたいに「行く行く!!!」という通知が弾む。
思わず涙がこぼれた。
でも、それはすぐに笑みに変わった。
ホームの向こう側から西日が差していた。
線路の鉄が眩しく光って、まるで道が続いているように見えた。
――ひとりに執着しなくても、人生はちゃんと豊かになる。
その景色の中で、私は静かに確信する。
ベンチからそっと立ち上がる。
今度こそ、私は自分の足で自分の行きたい場所へ向かっていった。
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ねぇ、もしあなたにも「親友リセット」の経験があるなら。
苦しくて、情けなくて、置いていかれた自分が嫌になるかもしれない。
でも、ひとりに執着しなくても大丈夫。
人生はちゃんと、豊かに広がっていく。
あなたの手を取ってくれる人は、必ず現れる。
だから、泣いたあとでもいい。
少しだけでいいから、顔を上げてみて。
きららのように、新しい一歩を踏み出す勇気を持って。
---
> きょうの「しんゆうリセット」、どうだったかな?
みんな、わかった?
「許す」って言っちゃうとね、ずるい人はますます調子に乗るんだよ。
きららちゃんもさぁ、最後まで優しすぎ。
でも人生って、ひとりに執着しなくてもちゃんと豊かになるんだ。
……というわけで!
きららちゃん、もうちょっと早く気づこうね。次はリセットボタン押される前に!
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