第8話 青年の走馬灯
僕にとって、それが普通だった。
『島』で生まれた孤児は大抵、探索者に弟子としてもらわれる。僕も例外ではなかった。幼い頃、孤児院にやって来た師匠にもらわれた。
師匠は、僕になにか教えることはなかった。剣の腕は凄まじかったけど、迷宮探索以外ではいつも大酒を飲み、奴隷や弟子に当たり散らした。怒鳴り声と暴力。幼い僕からすれば、師匠は恐怖の対象だった。
僕には、他にも四人の弟子と、十人の奴隷がいた。
兄弟子は無関心か意地悪で、むしろ奴隷の人達の方がまだ親切だった。中には幼い僕に、『島』の外について話してくれる人もいた。
子どもたちはみんな学校に通い、勉強をしながら友人を作ったり、恋をしたり、自分が好きなことに熱中したりする。そんな外の話を、夢物語のように聞くのが好きだった。
中でも好きだったのが、遊園地の話。
『外にはな、遊園地っていう夢みたいな場所があるんだ』
色とりどりの光と楽しげな音楽が溢れ、そこには武器も血の匂いもない。甘い菓子の匂いの中で、誰もが心から笑っている、ただ遊ぶためだけの場所。目を細めて懐かしそうに話す姿から、とても素晴らしい場所だと分かった。
だけど、そんな面倒見の良い優しい人ほど、迷宮では早く死んだ。奴隷は死ねば補充を繰り返し、僕が多少剣が振れるようになった頃には、かつて親切にしてくれた人達は、もう誰一人としていなかった。
ある日のこと。師匠は僕ら全員を連れて、迷宮に足を踏み入れた。そして、僕以外のメンバーは全滅した。
なぜ自分が助かったのか、よく分からない。血と悲鳴が入り混じった、曖昧な記憶しかない。その中で僕は魔方陣に触れ、いつの間にか一人、のうのうと迷宮から帰還していた。
その日の夜は恐ろしい悪夢を見たけど、翌日も同じように僕は迷宮に入った。
当然、入りたくなかった。心が壊れてしまいそうなほど恐ろしかった。でも、それ以外の生き方を知らなかった。『島』に住む大多数と同じように、僕もそうだった。感情を封じこめ、淡々と今まで生きて来た。
だけど、そうして生きることで、失ってきたものはなんだったのか。
(そうか。僕がサエハを買ったのは)
ふっと思い立ったように、奴隷市に足を踏み入れた日。その日は数年前、師匠のパーティーが全滅した時と同じ日だった。
鎖に繋がれた奴隷の中、一人だけ目の輝きを失わなかった彼女。
その光が、眩しくて、とても綺麗で。
奴隷商人の勧め通り、僕は彼女を買っていた。理不尽で、最低な理由だけど、自分が失ったものを欲しかったのかもしれない。
生きる意志。自由。
言葉にするなら、そんな風に言えるものを求めて。
(良かった。最後の最後で分かって)
ある意味、僕は幸せだ。死が身近にある迷宮で、こんな風に何かの答えを得て死ぬるのが普通ではないことを知っていた。だから、逃げたサエハが『島』で上手くやっていけることを祈り、穏やかに死を覚悟できた。
(ああ、でも)
と、わずかな心残りが胸を過る。
「遊園地、行ってみたかったな」
「――このっ!」
マンティコアの身体に、鈍い音と共に剣があたった。
威力も太刀筋も不安定な剣は、当然のごとく獣の筋肉に弾かれた。細い腕から放たれた一撃は剣の重みに振り回され、まるでダメージを与えられない。
だけども、僕には大きな衝撃だった。
「サエハ?」
不格好に僕の剣を構える、黒い首輪をつけた少女。
それは逃げたはずのサエハだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます