第2話 首輪


 朝になり扉を開けると、部屋の隅でサエハが膝を抱えて寝ていた。


 昨日の激しさは鳴りを潜め、穏やかな寝息を立てている。その寝顔は、痛々しく腫れた目元とは裏腹に、驚くほどあどけなかった。


 こうして改めて前にすると、端正な顔立ちと分かる。


 長いまつ毛に縁取られた大きな瞳に、すらりと通った鼻梁。引き締まった身体のライン。目を閉じているが、その端麗な佇まいには、周囲の視線と称賛を浴びてきた者が纏う、特別な「華」があった。


 やや不釣り合いな僅かに日焼けした肌でさえ、健康的な艶となって彼女の魅力を一層際立たせている。


 昨日は絶望と疲労で見る影もなかったが、眠りについたことで、本来の姿が表れているのだろう。朝の静けさに、穏やかな寝息が重なる。


「起きなよ。もう朝だ」


 だけど、そう声をかけた途端、不穏に彩られる静寂。


 サエハは悪夢でも見ているように眉根を寄せ、荒い呼吸を繰り返し始める。奴隷を主人の命令に従わせる、首輪の力だった。


「あ、う?」


 ぼんやりと光る首輪に苦しめられ、とうとうサエハが目を開けた。同時に、首輪の光が収まる。


 苦しげに顔を歪ませ、周囲を窺うサエハ。何が起こったのか呑み込めていない様子だけど、見下ろす僕に気づいた途端、瞳に嫌悪が宿る。


「あんた……私に、なにしたの」


「説明されなかった?」


 僕は彼女の問いかけを無視して、淡々と続けた。


「奴隷は、主人の言葉に逆らえない。命令を無視したり、従うのを拒否したりすると、首輪が警告を発する。それでも従わない場合は、より耐え難い苦痛を与える。それが魔道具としての、首輪の機能だよ」


「魔道具……」


「君の記憶を奪ったように、この『島』には外にはない技術がたくさんある。君はまだ『島』のことを何も知らない。大人しく従っておいた方が身のためだよ。隙を見て逃げられるなんて思わない方がいい」


 瞳が絶望に染まるサエハ。「化け物」と呟いたのは、せめてもの抵抗か。


 たしかに外と違い、人間離れした技術を使いこなし、平然と人を道具のように扱える『島』の人間は、そう見えてもおかしくないだろう。


「私に、なにをさせたいの」


「さあ、どうだろう。なにが出来るのかを見て、決めたいと思う。ひとまずは家の掃除を頼むよ。いいかい?」


「…………」


 返事はないけど、無言で頷いたサエハ。目には反骨心が燃え盛っていたが、首輪の効力は覚えたらしい。


 だけど、次に伝える言葉に、彼女はどう反応するか。


「それが終わって身支度を整えたら、僕は迷宮に行く。君も同行するんだ。いいね?」


 僕の言葉に案の定、サエハの顔が真っ青になる。


 『島』の力、異質さの源である迷宮。外の世界とは違い、それこそ本物の化け物が跋扈する場だ。


 その恐ろしさは、外でも十分伝わっているようだった。サエハが顔を引きつらせ、ここまで怯えを見せたのは初めてだった。


「わ、私を連れて行って、どうするのよ。私、ただの女子高生をやっていただけだから、なんの役にも立たないよ!」


「荷物持ち、索敵……それから身代わり。色々出来ると思うけど」


「でも、そんなの……! 私……っ」


 目に涙を溜め、サエハは己の肩を抱く。その声は恐怖と混乱で震えていた。


「なんなの、これ……! 少し前まで普通に生活していたはずなのに、なんで、こんなことに……どうして、私、奴隷なんかになっているのよ」


「さあ、僕はなにも知らない。でも、記憶がないってことは、それも”居場所の記憶”に関わるものなんだろうね」


 涙目で見上げる彼女。奴隷に堕とされた彼女に同情はする。でも、だからといって、僕がやるべきことは変わらない。『島』のルールはなにも変わらない。


 僕のその目に、一言、淡々と言い放った。


「行くんだ」


 憎しみのこもった目で僕を睨みつけながら、サエハは頷いた。





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