第2話 花火の下の誓い

 最初の花火が夜空に咲き誇ると、それを合図にしたかのように、次から次へと光と音の洪水が私たちに降り注いだ。赤、青、緑、黄金。色とりどりの大輪が闇を塗り替え、そのたびに腹の底まで震わせる轟音が、世界から他のすべての音を消し去っていく。私はすっかり心を奪われ、ただ空を見上げていた。幼い頃、両親に手を引かれて見上げた夏祭りの夜空が、鮮やかに蘇る。あの頃と同じ、純粋な感動が胸いっぱいに広がっていく。

 夢中になって光のシャワーを目で追っていると、轟音の合間を縫うように、不意に私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「──翼」

 隣にいる早苗の声だ。こんな時にどうしたんだろう。一瞬でも目を離すのが惜しいけれど、私はゆっくりと彼女の方へ顔を向けた。

 その瞬間だった。

 何の予告もなく、私の唇に、柔らかく、そして少しだけ湿った感触が押し当てられた。

 早苗からの、突然のキスだった。

 驚きに目を見開く私の前には、固く瞳を閉じた早苗の顔があった。長いまつ毛が、ひっきりなしに明滅する花火の光を受けて、小さく震えている。鼻腔をくすぐるのは、火薬の焦げた匂い。そして、それに混じり合う、早苗の髪から香る甘い匂い。

 やがて、ゆっくりと唇が離れる。けれど、早苗は私の肩を掴んだまま、逃がさないというように強い力で引き寄せた。間近で開かれた彼女の瞳は、これまでに見たことがないほど真剣な光を宿していた。

「好きだよ、翼」

 花火の轟音にも消されない、凛とした声だった。


 その言葉と、瞳に宿る切実な光に、私の心臓は鷲掴みにされたように軋んだ。憧れだと思っていた。親友として、特別な好意を抱いているのだと、そう自分に言い聞かせてきた。けれど、違ったのだ。この胸の痛みも、彼女に触れられるたびに熱くなる体も、すべてが、たった一つの単純な感情に集約されていく。

 ──恋だ。

 その答えに辿り着いた瞬間、私は吸い寄せられるように、自ら早苗の唇に自分のそれを重ねていた。今度は私も、そっと目を閉じる。花火の光と音に隠され、守られるように、私たちは何度も、何度も深く唇を重ね合った。最初は戸惑いがちに触れ合うだけだった唇は、やがて大胆に互いを求め始める。唇の隙間から、熱い舌が侵入してきて、私の舌に絡みついた。それは単なる愛情表現なんかじゃなかった。互いの魂を確かめ合い、溶け合わせ、何かを共有するための、神聖な儀式のように感じられた。罪悪感と、それを上回る背徳的な悦びが、私の全身を甘く痺れさせていく。


 やがて、ひときわ大きな音と共に、夜空一面に金色のしだれ柳が降り注いだ。壮大なフィナーレが、私たちの長いキスに終わりを告げる。祭りに静寂が戻り、周囲からは満足げな人々の喧騒が聞こえ始めた。けれど、私たち二人だけは、特別な静寂と甘い空気に包まれていた。

 どちらからともなく、体を離す。熱に浮かされた頭で、私は何も言えずに、ただ早苗を見つめていた。すると彼女は、悪戯が成功した子供のように、くすりと笑った。

「このまま、二人きりになれる場所に行かない?」

 そう言って、早苗は自分のスマホの画面を私に見せた。マップアプリの上に、現在地からほど近いラブホテルの名前が、ピンでいくつも示されている。その冷たいデジタルの光が、私の火照った顔を照らし出す。これが、抗うことのできない運命の始まりなのだと、私は悟った。

 言葉の代わりに、私は、耳まで真っ赤に染めながら、小さく、しかしはっきりと頷いた。

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