第2話 大男、泣く
「とりあえず落ち着いてくれ! 頼むから!」
オレはなんとか大男の抱擁から脱した。
「あ……すまない。力が入りすぎた」
そのコメントだけで済ませるのか、こいつは。本当に死にかけていたから若干の恨みを込めて睨むと、大男はガタイに似合わぬ“きょとん顔”をしていた。
「しかし困ったな」
「何が?」
「俺は……何をしていたのか、どこにいたのか、何も思い出せない」
大男の言葉を聞いてオレは唖然とした。
「ホントか?」
「あぁ、名前しか……ガルドールという名前しか」
「ガルドール……」
聞いたことはある気がする。けれど何を意味するのか全くわからない、なぜなら。
「あのさ、オレも……何も思い出せないんだ。リングという名前しか」
今度は反対にガルドールが「本当か」と聞き返してきた。なんとも奇妙なことだ。お互いに自分の名前しか思い出せず、なんのためにここにいるのかもわからないなんて。
「でも、あんたはまだいいかもな」
オレはガルドールの地面に落ちた大剣を見つめ、もう一度自分の腰に提げた剣を抜こうとした。やはり剣は鞘から抜けない。
「剣を待ってるから多分剣を振るえたんだと思うけど。なんでか剣が抜けない。つまりオレは戦えない状態ってわけ。それに比べたらあんたは戦えるし、しかもすごい強い」
「ふむ……オレはなぜこんな大剣を振るえるんだろうな」
ガルドールは地面に落ちた大剣を拾うと背中に背負った。全く重さを感じないように見えるが自分が背負ったら即座に地面に潰れるだろう。
「だから、あんたはなんとかなる。オレはここからどっかに向かうにも命がけってことだ。どうしたらいいかもわかんないし……まぁ仕方ないか。なんとでもなるだろうよ。じゃあ、ガルドール、気をつけて――えっ?」
自分といても仕方ないだろうと思い、オレはガルドールから背を向けて歩き出そうとした。
だが、信じられないものが視界に入り、オレは瞬時に足を止めた。
「……うぅっ」
「え、えぇぇ……?」
大男が、ガルドールが、赤い瞳を潤ませて泣いてしまった。その表情はまるで迷子になった子供のようだ。唇を噛み締め、泣くのを耐えようとしているが涙がどんどん溢れて地面を濡らす。
「ちょいちょいちょい……なんで泣くよ?」
「うぅ、どうしたらいいかわからんのだ……オレはどこに行けばいい?」
「お、オレに聞くなよ、オレだってわかんないんだから」
涙がめちゃくちゃ似合わないが泣かれてしまっては「じゃあな」というわけにもいかず。かといって戦力のない自分が、強いこいつの役に立つとも思えないが。
「う〜ん、まぁ……どっかの町までは一緒に行くか? 何がわかるかはわかんないけど」
「う……い、行ってくれるのか? ……ぐずっ」
大きな身体で筋肉質で鼻をすするなよ、とツッコミたいところだが。不安が大きいなら仕方ない。
「けど、オレもなんもわからない状態だからな! しかも剣が使えないし! さっきみたいにウルフが出てきてもオレはなんもできないからな!」
ガルドールは大きな手で涙を拭うと「わかった」と力強い声で答えた。
「戦うのは俺がやろう。お前を守ることはできる」
泣いていたわりに心使い言葉だ。強い相手に言われると、ちょっとだけこちらの不安も薄れる……オレだって何もわからなくてホントは不安なんだ。
「まぁ、よろしくな」
「あぁ」
とりあえず当てもなく、人里を目指して適当な道を進む。記憶のない二人だ。何を話したらいいかも特に話題もなく、黙々と進んだ。
けれど気になったのはやはり、こいつの名前だ。聞いたことがあるような、そんな気がしてならない。
(とても、大事な、名前だったような……オレはその名前を知っている……)
しかしいくら考えても何もわからなかった。
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