3.

 オリアスとユラが到着した翌日の夜、街では盛大な祝宴が開かれた。

 大通りの半ばに設けられた広々とした円形の広場は、花やガーランド、提灯などが飾られ、人々は楽器を鳴らしたり、踊ったり、杯を酌み交わしながら歌ったりした。

 ユラはトルネによって、木製の台を何段も積み重ねた高い位置に設えられた、まるで玉座のような椅子に導かれ座らされた。

 オリアスは一段下の台に立ってそれを見守っていたが、ふと視界の端、人並みの中で女性が、両腕に抱えた紙袋にたっぷりと詰まった林檎を落とし転がす様が目についた。皆玉座のユラに夢中で、助けに入ろうともしない。

 こんなところにユラをひとりにしたくないという気持ちの方に、天秤は圧倒的に傾く。それでも見て見ぬ振りは気分がよいものではなかった。

「外していい」

 オリアスに視線を寄越さないまま、ユラは言った。

「世話焼きなのが、あんただろ」

 音にはせず、唇の形だけで「悪魔なのに」と描いて、ユラは視線だけをちらりとオリアスに寄越すと、ほんのかすかに眦を緩めた。

 オリアスの胸が、紙の端に火が灯されるようにじりりと焼けた。今すぐにでもユラをその椅子から引きずり降ろして、誰も立ち入ることのできない密室に隠してしまいたい衝動が湧き起こった。そのやわらかさを、艶やかさを、他の誰にも見せたくなかった。

 深く息を吐いて、オリアスはその衝動をどうにか宥める。

「すぐ戻るけど。なにかあったら、呼べよ。ご主人」

 せめてそのまろい頬に口づけしたかったが、それも堪え、オリアスは長身ながら軽やかに高台を下りる。転げた林檎をあっという間に拾い集めると、女性に渡した。

「これで全部か」

「す、すみません。宴で出すデザートを作るために運んでいたんですが、寮が多くて——ああっ!」

 女性の抱えた紙袋からまた林檎が転げ落ちていく。

 いささか呆れながらもオリアスはまた林檎を集めた。

「どこに持っていくんだ」

「この路地裏にある家です」

「運んでやる」

「え、そんな。旅のお方に手伝わせるなんて、申し訳ないです」

「ぼろぼろ落とされる方が気になって仕方ない」

 オリアスは女性から紙袋をまるまる引き取る。そのときに、なんとなしに、先に台を下りて来た道をちらりと見た。そこはすでに人並みで塞がれていた。少し視線を上げれば、ずば抜けて高い位置に設置された椅子に、たったひとり、ユラがぼんやりと座っている。最低限〝神様らしさ〟を保つためか、普段であればなんら躊躇なく零すあくびを噛み殺している様子だった。

「案内してくれ」とオリアスが促すと、女性はしきりにお礼をしながら、路地裏にある石造りの家のひとつへと導いた。

 屋内は一間で、入ってすぐがダイニングスペースになっていた。朱色の丸テーブルに、オリアスは運んできた林檎を置く。それからすぐに家を出ようとしたが、外套の袖を引かれた。

 振り返ると、女性が頬を火照らせてこちらを仰いでいた。

「お礼にお茶でも飲んでいってください」

「気持ちだけ受け取っておく」

「そんな、遠慮なさらず。ああ、そうだ。今からデザートも作りますからそれも食べていかれませんか。結構、腕に自身あるんですよ」

「ご主人のもとに戻らなくちゃいけない」

「墓守様の従者というのは、責任も重荷もある立場だと思います。ですが、外はお祭り騒ぎですし、墓守様のところに戻られるのはしばらく難しいでしょう。少しくらい息抜きをしたって罰は当たりませんよ……」

 女性はオリアスの腕に自身の腕を絡めると、体を寄せ、上目に仰いで囁いた。

「私でよければ、出来る限り、癒させていただきますよ」

「誰かに、俺を引き留めろとでも言われたのか」

 女性の肩を掴み、オリアスはそっと引き剥がす。女性はにこりと笑みを浮かべた。

「私はただ、一目見たときから、その美しさと逞しさにときめき、オリアス様とぜひ親しくしたいと思っていたんです」

「そうか。俺はどういう意味でもお前と仲良くする気はないから、この話は終わりだな」

「お待ちください」

 背を向けようとすれば、性懲りなく外套を掴まれる。振り払いこそはしないものの、オリアスはため息を抑えることはできなかった。そうして改めて見下ろした女性の表情は笑んでいるのに、温度がかけらも感じられなかった。

「少しでいいと言っているではないですか。どうしてそう冷たくなさるのですか。林檎を拾ってくださったところまでは、まぁ、悪くはないと思っていたのに」

「……あれは、演技だったのか」

 瞳を眇めるオリアスに、女性は答えることなく、そして臆することなく言った。

「あなたは本当に、墓守様の従者にふさわしい人間なのですか」

 淡々と、ひしひしと、女性はオリアスの外套を握る手に力を込める。

「墓守様は、我々の神様です。敬虔な信徒たる我々は、墓守様に恩を返す義務があるのです。どこの馬の骨とも知れないあなたに、奉仕の役割を取られるわけにはいかないのです。そうしないと、また、また……」

 女性はぶつぶつと呟き出す。目こそオリアスに向けているが、視線はどこも捉えていないように、もしくはオリアスの知らないどこかを向いているように感じた。

 少しの間女性の言葉に耳を傾けてみたが、論じるまでもなく耳障りのいい内容ではなかった。

 人間に対する信仰は大抵、同じ人間なのにすごい、というところからはじまる。

 秀でた才や力を持つ者、他者を救う余裕がある者、ドラマチックな歴史を残す者。

 其がなんらかのきっかけで眩しいと思った存在を崇め奉るその気持ちは、共感はしないが分からないわけでもない。オリアスもはるか昔、魔法の才をもとに、他者から熱烈な感情を向けられたがそれなりにあった。

 そしてそこで、よく知った。過度かつ独善であれば、好意も悪意と大差ない、と。

 勝手に神託を語って、他者と争うものもいた。

 自身が生み出した偶像から本人が少しでも外れれば、石を投げるものもいた。

 頼り縋り、すべての責任を押し付けるものもいた。

 いずれの信徒も信仰対象を、不死身で無私ですべての責任を担うべき存在だと思っているようだった。同じ人間であったことを、忘れてしまっているようだった。

 この街で墓守の歴史がいったいどれだけ壮大に描かれているのか、オリアスは知らないし、興味もない。その歴史で救われる心があるのは悪いことではない。災いによほど苦しめられてきたのかもしれない。

 だがそれでオリアスの主人たる青年が、私欲と垢に塗れた手でもみくちゃにされるのは、心を踏み躙られたりするのは、看過できない。

「ユラも、俺も、教会のこどもも、いかなる隣人も。お前らの心を満たすための道具になるために生まれてきたわけじゃない。小狡い策を講じる暇があったら、障害に立ち向かう努力をした方が、その虚ろは埋まるんじゃないのか」

 オリアスのその言葉に、女性は表情を変えないどころか、ぶつぶつとした呟きも止めず、親指の爪を噛み始める。どうしようもないらしい、と肩を竦めたそのとき。

 外から、どん、轟音がい響いた。

 それでようやく、女性は自分の世界から戻って来たらしく、きょと、とドアの向こうを見た。オリアスは緩んでいた女性の手から外套を抜くと、家を出て広場へと駆け足で戻った。先までのどんちゃん騒ぎとは打って変わって、呆然としたどよめきが起こっていた。

 人々の視線は一点に注がれていた。広場から大通りを西に進んだ一角。そこから黒々とした煙がもくもくと上がっていた。

「今のなんの音? なにが起きてるの」

「またなにかの災いが訪れたのか?」

「墓守様がいるのに、そんなわけないでしょう——」

 煙が上がっているまたその近くから、どん、どん、と轟音が響く。

 ついには、そこに火柱が上がった。人々はどよめきだす。

「火事だわ!」

「ねぇ、あの位置って、書庫じゃない……?」

「なんで書庫で家事が」

「大事な歴史書もあるんだぞ!」

「早く火を消さないと!」

 口々に喚いていた人々は、やがて高いところにいる、彼らの神様に目を向ける。

「墓守様」

「墓守様!」

「私たちをお助けください!」

「どうか!」

「どうか!」

 ユラが座る椅子へと続く台を一段登ったトルネが跪き、両手をかたく組んで、瞳を煌めかせながら仰ぐ。

「墓守様、どうか私たちをお救いください!」

 家に水道が通り、海に面した街だと言うのに。誰ひとりとして自ら火消しに向かうことなく、神様に必死に懇願する。

「墓守は火消しじゃない」

 ユラはすげなく答えた。そして、続けた。

「そもそも——あの爆発は、俺が起こしたものだ」

 水を打ったように広場が静かになる。トルネはぱちぱちと忙しなく瞬き、ぽかんと梟のように首を傾げた。

「墓守様、なにをおっしゃってるんですか」

「言った通りだ。人を神だと崇めながら人の話を聞かない、この街の雰囲気に腹が立ったから爆弾を仕掛けた」

「そ……そういったジョークを仰るユーモアセンスもお持ちなのですね、墓守様は。ですが、今は——」

「本心で、本気だ」

 ユラは立ち上がる。状況をちっとも理解できていない人々を見回した黒い瞳と、オリアスの視線が、一瞬かちあった。ユラはふ、と吐息を零した。

「あんたたちの歴史の墓守はさぞかし素晴らしい聖人君子だったんだろうが、俺はそうじゃない。不快なことがあれば怒る。怒りを抱けば、目に見える火にすることもある。俺は俺の感情に則って生きる、人間だ」

「我々が一体なにをしたと言うのですか」

「あんたたちは、墓守を冒涜した」

「なんのことですか」

「我々は、墓守様を冒涜したことも、しようと思ったこともありません」

「我々はずっと、墓守様の歴史を語り継いできました」

「我々はずっと、敬虔に祈りを捧げてきました」

「墓守様を生涯で最も尊く思っています」

「墓守様が望むのならばどんな奉仕もいたします」

「墓守様が望むのならばなんだって捧げます」

「なんだって捧げるというのなら、この街が火の海になったところで、問題ないと言うことだろう」

「そ、それは……」

「墓守様が望むのであれば……しかし」

「お優しい墓守様はそのようなこと、望まれないでしょう?」

 街の一角が爆発し、火の柱が立っている。火の手はじわじわと回っている。それなのに人々は、天を仰ぎ続ける。

 ユラの瞳に切ない光が揺れる。だが、重たく瞬いた彼は、まっすぐに、はっきりと告げた。

「あんたたちが崇拝しているのは、この街が墓守に救われたという歴史を下地に、自分たちで描いた理想の神様だ。妄想だ。俺はあんたたちの妄想に隷属する気はさらさらない。その妄想で奪われた命がある事実を看過するわけにはいかない——墓守として」

 オリアスがぱちん、と指を弾けば、ユラのまわりに手のひら大の炎がいくつも漂い出す。人々は目を見開き、あんぐりと口を開く。

「あんたたちが、墓守の使命を利用し、墓守を誘き寄せるために人命を賭していることは知っている——今度また作為的にこの街で不完全な死を生み、墓守の使命を冒涜してみろ」

 その火のひとつがゆらゆらと、飾られたカラフルなガーランドに近づく。

「今度こその街を火の海にする。それで、あんたたちが不完全な死の魂になった暁には、俺がすべて弔ってやろう」

 ぼ、とガーランドが音を立てて燃え、そこからも火が広がっていく。

 人々は悲鳴をあげ、慌てふためきながら入り乱れた。

「どうして、墓守様が、どうして」

「あれは本当に墓守様なのか」

「悪魔にでも体を乗っ取られているに違いない!」

「ああああ、死にたくない、死にたくない」

「とにかく、火を消さないと」

「ここより先に、書庫だろ」

「あんな辺境より、私たちの暮らしの方が大事でしょ!」

「歴史をなんだと思ってるんだ」

「助けて、助けて、神様——」

 赤い衣を纏った人々が暴れるさまは、まるで炎が踊り狂っているようだった。

 少しの間その光景を眺めていたユラは、短く息を吐き出すと、高台から跳躍した——正確には、足を踏み外したかのようなちょっぴり不器用な落ち方だったが、角度は申し分なく、オリアス目掛けてユラが降ってくる。オリアスはそれを悠然と受け止めた。

 絶望したり、慌てふためいたり、諍いを起こしたり、虚空を見つめて祈りを捧げる人々の目にはもう、現人神の姿は映っていないようだった。

 オリアスはユラを抱えながら、人気のない通りへと駆け、岬に着く。

「オリアス。そろそろだ」

 オリアスはユラを一度降ろすと、外套の内に忍ばせていた折り畳み式の傘をユラに渡した。

 ユラがそれを広げるのを確認してから、オリアスは手のひらを天に向けた。

 一滴の水から、やがて、ざあざあと。得意の水魔法で、雨もどきをこの街に齎す。この魔法を使うたびに、オリアスはの脳裏に過る思い出がある。かつての朋友に「君は天気読みの結果はすべて雨と言っておけばいいよ。これだけ広域に雨を降らせられるんだからね」と揶揄された記憶。遠い昔の記憶だ。

 激しい雨は、この街の赤色を消し溶かしていく。

 ユラが昔テレビとやらで見たという知識とオリアスの魔法を組み合わせて作った爆弾が生んだ炎。

 それから、ユラが放ったように見せかけた広場の炎。

 それらはやがて、白い煙だけを残した。

 オリアスが魔法を解除しても、空は引き続き雨を降らした。

 傘を持ちながらしゃがみこんだユラの体を、オリアスは抱き上げる。

 覚めない夢を見続ける、その魂を少しでも良い方向に導かんとする墓守は、傘を差しながらその雨を静かに見つめていた。

 やがてひとつ瞬かれたその瞼の重さを見て、オリアスはユラの体を抱き上げた。

「オリアス……少し」

「ああ、少し休もう」

 オリアスの腕の中で、ユラが瞼を閉じる。人々の激情に晒されたことで、常に彼を監視している睡魔が顔を出してしまったのだろう。

「お疲れ、ご主人」

 ユラを抱えたオリアスは、傘を差しながら、暗く濡れた道を行く。激しい雨は三日三晩、街を濡らし続けていた。



 魔法で雨を降らせてすぐに、オリアスは白い塔へ向かった。

 前日に「街に災厄を起こす」とだけ残した去ったふたりを、ナレノは怪訝に出迎えた。

 オリアスが街で起こした出来事をかいつまんで話すと、ナレノは鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべた。それから雨が降り出すように、ふ、と一滴息を零したのち、肩を大きく揺らして彼は笑った。

「もしかしてと思っていましたが、あの爆発音はそういうことでしたか。墓守様は……いえ、ユラ様は。見かけによらず、大胆なことをするお方ですね」

 朱色に染まった眦に浮かんだ覆う粒の涙をぬぐいながら、ナレノが言う。

「この街の思想は強いが、それなりに脅しもした。墓守信仰のやり方を改めてくれると思う」

「そうだといいですね……いえ、もし、皆がこのやり方を続けるとしても——」

 ナレノは細い瞳をさらに細め、下瞼に睫毛の陰を濃く落とした。憑き物が落ちたように、その表情はすっきりとしていた。

 オリアスがその表情を少し見つめていると、腕に抱えたままの主人が目を覚ました。ナレノに経緯を話したことを伝えれば、ユラは瞼を軽くこすりながらも自分で立った。そしてまっすぐにナレノを見つめた。

「今度こそ。ここにある不完全な死の状態の魂を弔わせてもらってもいいか」

 と尋ねる。ナレノは、ややあって、にっこりと微笑んで、頷いた。

「ぜひ、アンのことを、よろしくお願いします」

 そうしていつものように、オリアスが魂の鍵を開け、ふたりで夢想に入り、ユラがアンを弔った。

 止まない雨とユラの疲弊を見たナレノの厚意から、その日と翌日は教会の上階を借りて過ごした。

 翌々日、ユラがある程度回復し、快晴となった朝に、ふたりは街を発つことにした。

 塔を出ると、岬の先に立ちナレノが海を眺めていた。潮風にカソックの裾がはためく。

 声を掛けると、振り向いたナレノは、眼鏡を掛けていなかった。

「もう行かれるのですか」

「ああ。世話になった」

 応えたユラに、ナレノがなにかを返そうとした。だが、塔のドアが開き、そこからカトルがやってきた。ぱたぱたと駆けてきたカトルは、ユラの足元にぎゅっと抱き着く。

「はかもりさま、もういっちゃうの」

 カトルはユラのことを気に入ったようで、ユラが寝込んでいる間も、たまに顔を出しては話しかけたり、果実を持ってきていた。

 屈んだユラがカトルを見つめ、頷く。

「ああ」

「……」

「まだ、心配か」

「……はかもりさまが、いっぱいがんばってくれたのは、せんせいにきいたよ。きいたけど……」

「大丈夫ですよ、カトル」

 ナレノも屈むと、彼女の頭を撫でた。

「これから先は、なにがあっても、必ず。先生が皆さんを守ります」

 凪の海のような静けさと深い色を持って、ナレノが言う。

 ぱちりと瞬いたカトルは、やがて、ぎゅっと目を瞑りこくりと頷いた。

 オリアスとユラは岬から下り、ところどころ焦げた大通りを通った。

 当然、街の人々は恐怖のあらわにした。

 必死に目を合わせない者、跪き口を慎む者、涙を零ししきりに〝神様〟に祈りを捧げる者もいた。

 大通りを抜け、ようやく街を出るときになって、ひとりの少年が震えた声を投げかけてきた。

「みんなお前に良くしてやってたのに、この裏切者!」

 カトルと同じくらいの歳の子だった。そのうしろにいた少年の母らしき女性は、さっと青褪めると少年の口を塞ごうとした。だが、少年はそれを躱すと、路傍に落ちていた石を拾って、ユラに向かって大きく振りかぶった。

 当然、ユラに当たる前に、オリアスは水魔法でそれを打ち落とした。

 オリアスが睨みつければ、少年は腰を抜かして尻餅をつく。

 ユラが人々に目を向ければ、そこにはさらなる恐怖が浮かびあがった。

 あの炎は、雨は、墓守の来訪は、この街になにを残したか。あの教会はこれからどうなっていくのか。

「今の方がよっぽど神様になった気分だ」

 正面に向き直ったユラとともに、オリアスは歩き出した。


 

「オリアス」

「なんだ、ご主人」

「なんだか、少し不機嫌に見える」

「そりゃあな」

 街を出て、次の目的地をへと向かう道すがら。オリアスはユラを見下ろす瞳をむっすりと眇めた。

「一緒に災厄になってくれるかって言ったわりには、俺の出番が少なかったと思って」

「爆弾、作ってくれただろ」

「でも、あれはお前が仕掛けたことになったし。炎だって、お前が召喚したことになってる」

「あの場では、墓守が特殊な力を使えるって設定にした方が、効いただろ」

「そこに異論はないけどよ。あの街の愛憎恐怖ぜーんぶお前が背負う羽目になっちまったじゃねぇか。お前が過度に崇められるのも、嫌われるのも、気分がよくない」

 ふいに、ユラが立ち止まる。オリアスを仰ぐ瞳はわずかに見開かれていた。

「ご主人?」

 吹いた爽風に、ユラの黒い髪がそっと靡き、黒い瞳の表面が揺れ、ちらちらと煌めく。

「俺の側に、オリアスがいてくれて、良かったと思った。ありがとう」

 気づけば、オリアスはユラの腰を抱き、その頬に手を添えていた。

 するとユラは、オリアスがそうすることを分かっていたのか、それとも願っていたのか。やわらかく瞳を細めると、オリアスの手に頬を預けてくる。

「俺もああいう空気は好きじゃない。けど、あんたは俺をまっすぐに見てくれるから。それがあれば、大丈夫」

 祝宴からずっと我慢していた思いが蓋を破って一気に溢れ出す。オリアスはユラの薄い唇に、自身の唇を重ねた。

 ユラもオリアスの体に腕を回し、ふたりは角度を変えながら何度も口づけを交わした。その、息継ぎの間に。ユラはやっと重たい荷を下ろせたように、ほっと息を吐いた。

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