第3話 賢者の実力

「坊主、運が悪かったな」


 半グレのリーダー格が金属バットを振り回しながら近づいてくる。薄汚い顔に入れ墨、安っぽいアクセサリーをじゃらじゃらと身に着けた男だ。


「俺たちの舎弟に手を出すってことが、どういうことかわかってるか?」


 十五人が俺を取り囲む。普通なら絶望的な状況だろう。


 だが俺は、むしろ冷静だった。


 三年間、これより遥かに絶望的な状況を何度も潜り抜けてきた。ドラゴンに追われ、オークの大群に囲まれ、魔王の配下たちと死闘を繰り広げた俺にとって、武器を持った人間程度は――


「なめんなよ、ガキが!」


 一人が鉄パイプを振り下ろしてきた。


 俺は半歩横にずれる。鉄パイプが俺の頬をかすめて空を切った。


「はずした?」


 男が驚いている隙に、俺は彼の懐に潜り込んだ。そして掌底を胃の辺りに打ち込む。


 ガッ!


 男が白目を剥いて崩れ落ちた。


「な、なんだと!?」


 他の連中が慌てる。だが俺は既に次の相手に向かっていた。


 ナイフを持った男が突進してくる。刃物を持った相手への対処法は、ミーシャから教わっていた。


 相手の手首を掴み、関節を逆に取って武器を落とす。そのまま足払いをかけて転倒させ、急所を狙って――


 いや、待て。


 俺は寸前で手を止めた。ここは異世界じゃない。殺す必要はない。


 代わりに、男の太ももに軽く蹴りを入れる。それだけで男は痛みに悶絶して動けなくなった。


「化け物か、こいつ!」


 残りの連中が一斉に襲いかかってくる。


 俺は笑った。久しぶりに体が軽い。


 金属バットが頭上から振り下ろされる。体を捻って回避し、そのまま回転の勢いを利用して肘打ちを放つ。男の脇腹に決まり、男は数メートル吹き飛んだ。


 右から鉄パイプ、左から木刀。俺はしゃがんで両方を回避し、足払いで二人を同時に転倒させる。


 チェーンを振り回してくる男がいた。俺はタイミングを計って、チェーンを素手で掴む。


「え?」


 男が驚く間に、俺はチェーンを引っ張って男を引き寄せ、額に頭突きを決めた。


 五分もかからず、十五人全員が地面に転がっていた。


 俺は息も乱れていない。


「おい、マジかよ……」


 最初に俺に絡んできた酔っ払いが震え声で呟く。


「化け物だ……こいつ、人間じゃねえよ……」


 俺は彼らを見下ろしながら言った。


「二度と他人に絡むな。次は容赦しない」


 声に込められた殺気に、男たちは涙を流しながら頷いた。


「わ、わかりました!もうしません!」


 俺が踵を返そうとした時、リーダー格の男が震える手でスマートフォンを取り出した。


「て、てめえ……これで終わりだと思うなよ……」


 電話をかけ始める。おそらく、より大きな組織に連絡を取るつもりだろう。


 俺は振り返ると、男のスマートフォンを瞬時に蹴り飛ばした。端末は宙を舞い、街灯に激突して粉々になる。


「次はお前の頭だ」


 俺がそう言うと、男は失禁した。


「ひ、ひぃ……」


 完全に戦意を失った男たちを後に、俺は歩き始めた。


 だが、今度は別の問題が頭をもたげる。


 俺は明らかにやりすぎた。一般人相手に、異世界で身に着けた戦闘技術を使ってしまった。これがバレたら、間違いなく問題になる。


 それに、あの連中は確実に仲間を呼ぶだろう。より大きな組織が動き出すかもしれない。


「面倒なことになったな」


 俺は空を見上げて呟いた。


 三年前の俺なら、こんな事態になったら警察に相談するか、大人に助けを求めていただろう。だが今の俺は違う。


 自分で解決するしかない。そして、解決する力も持っている。


 家に戻ると、母が心配そうに俺を見た。


「あら、遅かったのね。コンビニに寄ってたの?」

「ああ、ちょっとな」


 俺は何事もなかったかのように答える。母に心配をかけるわけにはいかない。


「でも、なんだか今日一日、様子がおかしかったけど……」

「大丈夫だよ。ただ、ちょっと環境に慣れないだけ」


 母は納得していないようだったが、それ以上は聞いてこなかった。


 部屋に戻り、俺は窓から外を見た。平和な住宅街。静かな夜。


 でも俺には、この平和がどれほど脆いものかがわかる。今夜の出来事は、きっと波紋を呼ぶ。


 そして俺は、その波紋に立ち向かう準備ができている。


 三年間の経験は、決して無駄じゃなかった。この世界でも、俺は戦える。


 ただ一つだけ、気になることがあった。


 戦闘中、俺の中で何かが疼いた。魔力だ。この世界でも、俺は魔法が使える。


 だが、それを使うべきかどうか――


 俺は拳を握り締めた。明日からの日常は、今日までとは違うものになるだろう。


 そして俺は、その変化を受け入れる覚悟ができていた。

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