病弱お嬢様と一緒に野鳥撮影をするようになったわけ

とむ

序章 コガラ探し

第1話 ライフリスト


空を見上げると、葉を散らした無数の樹木の枝が、白みがかった淡いブルーを網目状に覆っていた。


足元には乾いた枯葉の表層、湿った枯葉の下層がふかふかな煉瓦色の絨毯を構成し、足踏みのたびにザクザクと音がした。


先刻まで冷たく吹き荒んでいた外界のビル風はすっと止み、ただ静謐で長閑な時間が流れていた。


週末の都市公園に茂る林は、かつて僕の居場所だった。



「出たで!出た!」


肌寒かった12月のあの日。

目当ての鳥が現れたとき、仕切り屋のおばあちゃんだった奥野さんが声を上げ、その場にいる皆に知らせてくれた。


特定の種の野鳥が出現するポイントには当たりがつけられており、僕たちは寒空の下でずっと待ちわびていた。

奥野さんがEOS7DデジイチEF400㎜F4緑ハチマキを組み込んだシステムを藪に向けて構えると、それまで談笑に花を咲かせていた御仁たちも、慌てて三脚や手元に据えたカメラのファインダーを覗きこみ、“狩り”の体制に入る。


青味がかった一羽の小さな鳥影が『ヒン』『ヒン』と短く声を上げながら、公園内に造成された植え込みの中をせわしなく飛び回り続ける。

植え込みの周囲では一定の距離を取りつつ、数名のカメラマンが白い息を吐きながら、大小様々な超望遠レンズバズーカ&大砲を一つの方向に向けて構えた。


「マチくん、おるで!撮り撮りっ」

「はい!」


当時19歳の僕——長本 坊ながもと まち——は、その場に居たただ一人の若者だった。

それが理由だったのかは分からないが、駆け出しの学生カメラマンだった僕に対して、みんな優しかったことを覚えている。


『ヒッヒッ』


「だめだ、オートフォーカスが……」

「いくら何でも藪が暗いわな。諦めてマニュアルにしたほうがええ」

「は、はい!」


中でも、グループ内で特に人望の厚かった奥野さんは、僕を特別目にかけてくれていた。

僕が持つありとあらゆる撮影技術は、ちょうどこの時期に丁寧に叩き込まれたものだ。


アドバイスに従い、暗がりで心許なかったオートフォーカス(以後AF)での合焦を諦め、望遠端側にズームしたシグマ150-600㎜のスイッチを、マニュアルフォーカス(以後MF)に切り替える。


ファインダーを覗きこみながらレンズのフォーカスリングをせわしなく回し、精度の低い合焦を繰り返してはまた離れてを手動で繰り返す。


キヤノンEOS80Dのシャッターを「ええい、ままよ」と感じたタイミングで都度深く押し、メカシャッターの軽快な連写音を小刻みに響かせる。

師直伝の“数打ちゃ当たるわ3点バースト戦術”を、僕はこの短い時間に何度も試行した。


そして―—勝負の終わりは大抵あっという間に、あっけなくやってくる。

鳥影は藪の奥へとスンと入り込んでいき、やがて鳴き声もピタッとなくなった。


「あちゃ、行ってもうた」


途端、その場にいた人たちは皆、自分のカメラの背面液晶モニターとにらめっこを始める。

喜びの表情や悔しさに満ちた表情、各々の狩りの成果はこうして形になる。


僕もそんな例に漏れず、わずかな時間で何百枚と量産された失敗写真の中に、きっと珠玉の写真があるはずだと、必死になってデータを繰り続けた。


「マチくん、どうやった?」

「……と、撮れてました!これです!めっちゃガチピン!」


僕は急いで、モニターに映った一枚の“幸せの青い鳥ルリビタキ”の写真を奥野さんに見せた。


顔から背中、羽にかけて名前に違わぬきれいな青色がかかっていて、お腹の白とのコントラストと、脇にはアクセントの黄色が差し込まれた可愛い鳥が、一本の枝に乗っている。

写真のピントは奇跡的に目に合っており、藪の中でも比較的背景の抜けがいい場所に止まってくれていて、絞り開放で撮ったわりには全身のディテールもしっかり出ている。


ボウズ、よくてカス当たりが多かった当時の野鳥撮影において、今でいうところの“脳汁が出る”ような写真が撮れたことに、興奮が抑えきれなかった。


奥野さんは朗らかな笑顔で、心底嬉しそうにこう答えてくれた。


「ほんまやなぁ……マニュアルで難しかったやろうに、よう頑張って撮ったね」

「あ、ありがとうございます!こんな絵みたいに綺麗な鳥が身近な公園にいたなんて、今でも信じられないっす!」


「ルリみたいな冬場平地にやってくる鳥はな、下手打って里山に探しに行くより、こうして都会の中にポツンとある公園で探した方が見つけやすいんよ」

「それは、えと。局所的に林がある都会の方が、鳥が一点に集まりやすいからってことですよね」

「せや。よう覚えとったな」

「へへっ……」


「おめでとう、見事“ライファー”やね」



野鳥観察の世界には、“ライフリスト”という言葉が存在する。


これは、初めて見た野鳥の種類や名前を記録していくリストのことを指すの言葉なのだが、これにあやかって皆、ライフリストを実際につけているか否かに関わらず、初めて見る野鳥のことを“ライファー”と呼んでいる。


かつての僕は、こうして自分のライフリストを“写真”というアプローチで埋めていくことに情熱を燃やしていた。


野鳥はただ可愛いからとか、そう言った理由だけで好きなわけではない。


その気になれば、境界のない空を自由に飛んで行ってしまえる生き物が、巡り合わせが違えば一生出会うことのなかったであろう生き物が。

地を這う生き物である僕たちと、同じ空間にいる一つ一つの瞬間が奇跡以外の何ものでもないと思った。


僕がライフリストを埋めていく理由は、そんな奇跡の記録を一枚でも多く積み重ねたいという想いにあった。


「せやけどまぁ、もっと多くの鳥を見に行こう思ったら、この公園だけでは物足りんわな」

「やっぱりそうっすよねぇ~。トホホ、機材に旅費、お金が消えていく……」

「ひひ、いっぱい働きや若造。機材なんぞ何使ってもええけど、旅費だけは必要経費や♪」


世間一般の人が想像するような煌びやかな学生ライフなどは、一切そっちのけだった。

少しでも時間があればバイトをして、様々なフィールドへ野鳥撮影に赴き、後日にいつもの公園で奥野さんたち先輩方と情報共有をして、また別のフィールドに赴く生活を送っていた。


目当ての野鳥がいつ、どんな場所にいるのか、どのようにして渡ってくるのかを把握し、野鳥と出会う確率を上げるために行う戦略的な思考ルーチンも、この時期に身についていった。


「奥野さん、これ近所の田んぼに居たんすけど、なんてシギですか?」

「アオアシシギやな」

「アオアシシギ……コイツ、どう見ても足が青くないんですがそれは」

「緑のこと青っていうやろ?……いや、今の若い人は言わへんのか」

「あははっ」


こうして探鳥、撮影の双方が上手くなっていくたび、奥野さんたち皆が笑顔で喜んでくれる。

ただでさえ嗜む年齢層の高い趣味なので、きっと後進を育成をしたいという意図も大いにあったのだろう。


「マチくん、もっとぎょうさん鳥に会いや。こんな一生もんの趣味は、これからの人生長いもんがせえへんかったら勿体ないで」

「当り前じゃないっすか。だから、奥野さんも長生きしてくださいよ」

「ひっひっひ」


僕はただ、そんな毎日がどうしようもなく楽しかった。

そして、こんな生活がいつまでも続けばいいと思っていた。



―—それから5年後。

僕が24歳の時だった。


市内山中の病院で、奥野さんが亡くなったという知らせを聞いたのは。

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