第5話
優は当時、制作していた求人の文言を思い出していた。「ゲーム経験不問」「営業経験者歓迎」「マーケティング視点を持つ方優遇」などなどだ。
元幹部は淡々と語りを続けた。
「ゲームが好きで飛び込んだ業界でしたが、私たちに求められたのは“マネタイズに関する知見”でした。ガチャの演出秒数、アイテムの価格帯、限定イベントの頻度──全部をA/Bテストで回して、“もっと効率的に金を落とす方法”を探していた。それがゲームの“面白さ”だと信じて」
優の脳裏に、斎藤の声がよみがえる。
──「外れの記憶の方が強く残る」
その体験は、会議室で検証された「数字」として保存され、翌月の施策に反映されていたのだ。
「社内で飛び交っていたのは、マーケティング用語でしたね。“セグメント”や“コンバージョン”。ユーザーは人間じゃなく、属性と比率の集合体でした。会議では『二十代男性セグメントのARPU(平均課金額)をどう上げるか』なんて言葉に溢れていた」
そこには、「古き良き時代」のような、“物語やキャラクターを愛するテレビゲーム開発者”の姿は欠片も無かった。
幹部は最後に肩をすくめた。
「でも、私たちにとっては、それが“ゲーム”だった。むしろ、ガチャやスタミナ制、ランキング。そうした手法を駆使することで、ユーザーが自分の意志で財布を開ける、その構造づくりこそが“ゲームづくり”だったんです」
その言葉に、優は複雑な思いを抱いた。
“祝福された気がした”と語った斎藤と、“財布を開けさせる仕組み”を語る元幹部。
違う次元の言葉が、一本の線で結びついていく。
「結局、私たちがやっていたのは“実験”なんです」
元幹部はカップを指でなぞりながら言った。
「たとえばガチャの演出。三秒にするか、五秒にするか。その違いで課金率がどれくらい変わるかを、ひたすら検証した。アイテムの排出率も同じです。表向きは“一律”に見せて、裏側では限定イベントや時間帯ごとに細かくチューニングしていた」
優は思わず身を乗り出した。
「……時間帯ごとにですか」
「ええ。夜九時以降、特に休日は確率をほんのわずかに下げる。人が多く集まっている時間帯に外れを重ねると、“次こそ”という心理が強まる。結果、課金額が跳ね上がるんです」
男の声は穏やかだが、内容はあまりに生々しかった。
優の頭に斎藤の言葉が重なる。
──「外れの記憶のほうが強く残る」
その感覚は偶然ではなく、会議室で“設計”されたものだったのだ。
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