第16話

「こんな話、誰にでも話せるわけじゃない。でも、無鉄砲に切り込んでいった君には、真実を伝えたかった」


 彼は目を閉じ、言葉を区切るように続けた。

「許せないのは、無明も舞台に立って大勢の前で喋る仕事だってことだ。俺たちは……こんなこというのも恥ずかしいが……笑い声が響く瞬間のために全部を賭けている。それでお金をいただく仕事だ。しかし、あいつは人の心を重くして、不安を“金”に変えている。そんなやつと同じテレビ画面に映っていると思うと、虫唾が走るんだ」

 その言葉に、優の胸が熱くなった。芸人としての矜持が胸に突き刺さった。



 病室を出ると、オフィスに向かった。今回の一件を記事にするためだ。パソコンを起動し、早速記事を書き始める。御玄無明セミナー潜入での壇上での対峙、観客のざわめき……。黒川から託された資料と照合し、墓地ビジネスの構造を解き明かす記述も加えていく。


「墓地使用権を高額で売りつけ、宗教法人名義で非課税扱いにする」

「因縁が残っていると脅し、金銭を巻き上げる」

 冷徹に仕組みを言語化すればするほど、無明の手口の悪辣さが際立った。優は深呼吸し、画面をスクロールする。


 次に書くべきは──シロちゃんのことだ。

 歩道橋から転落した“事故”。本人が「裏社会にやられた」と語ったこと。そして「無明と裏社会の繋がりは業界の常識」と断言したこと。記事にすれば爆弾級の内容になる。


 優はカーソルを動かし、冒頭の一文を打ちかけたそのとき、机の上のスマホが震えた。

 大橋からだった。

「記事の方は、進んでいますか?」と、いつもの丁寧な口調だ。

「はい。今、シロちゃんの事故について、書き始めるところでした」

「あ、それはちょうど良かった。時間が無駄にならずに済みました」と一拍おいたあと、「その件は、伏せておいてください」と言うと、電話を切った。


 優はしばらくスマホを握りしめたまま動けなかった。カーソルだけが画面の中で点滅している。大橋の意図が読めなかったからだ。しかし、クライアントは大橋だ。クライアントからお金を貰って書いている以上、その言葉は絶対的意味を持つ。


 ──なぜ?──違和感を覚えながらも、優は再びキーボードに指を走らせた。そこから、記事の完成まで時間はほとんどかからなかった。

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