14.春にうごめく私へ糸を
さて。我が部は文芸部の皮を被ったオタクの避難所であるけれど、正式に今はもう卒業生となった先輩方が届けを出し認められた部活でもある。今はどこかへ間借りする事なくドアの上にプレートを掲げられる程に、この部は確かに南波学園に存在している。
なので当然顧問の先生もいる訳で。
「七人もいるんだよぉ? 先生忙しいし無理だって」
「六人よ」
「二人増えそうなんだからしっかりしてくださぃ〜」
気だるげにがりがりと頭をかく、花時先輩よりもっと背の高い女性。ぴかぴかの丸眼鏡が手に当たってずれた。
彼女はかつて私達へとこう語った。詐欺師になりたかったけど法に触れてしまうからやめた。ならば役者はと考えたが今度は親の逆鱗に触れたからやめた。参番目の選択肢は無かったけれど、不貞寝した日に見た夢が教師になる自分だったので今ここに居る訳です――今でも一言一句思い出せる。ダブルピースする姿まで。
碌でもない部長で先輩の私がこう思うのもなんだけれど、彼女は碌でもない顧問で大人です。いえ、バリバリに熱血な教師が務めるよりは良いのでしょうけれど。とりあえずその棒状のラムネ菓子はタバコに見えるから止めにしませんか、
「や、部員から話は聞いてるよぉ。テストだって? 災難だったね〜。高等部じゃないなら初めましてかも、顧問のヤナギです」
くわえていたラムネ菓子を一旦指に挟み、へらりと笑って片手を上げる先生。市川さんのお姉さんはとても怪訝そうな表情だけを返したけれど、佐野さんはただにこりと微笑して挨拶を返していた。流石です。
「この部の一員となれるのですから、このくらいは……それに。湯田部長から良いお話も聞かせていただきましたし、心強かったです」
ね、とこちらへ目配せ。いえそんな。私は見苦しい姿しか晒していなくって。むしろ良いお話をして下さったのは佐野さんじゃありませんか?
私は首を――。
「ね?」
縦に振りました。はいそうです。よくよく考えれば自分で何を話したか覚えていない部分すらありますし、きっとその時に奇跡的に佐野さんへ刺さる話をしたのでしょう。猿がタイプライターでシェイクスピアに並ぶ様な事象が起きたのでしょう。佐野さんが二度もこちらへ振るなら間違いありません。
「湯葉ちゃん。こんなイケメンと二人きりでオハナシしたの? 頑張ったねぇ」
「湯田です、お吸い物の具じゃないです」
ばきり、ラムネ菓子を噛み砕いてにやけ面。今度は私が玩具にされつつあるけれども、とにかく市川さんの勢いは止められている。なんとかこのまま。
「……っでも。そう。そうです。私、とっても新入部員が嬉しくて、いっぱい頑張っていて……! ですので、先生。息切れしてしまったんですよ、私。ちょっと助けてくださいませんか……!」
机の上に投げ出された一枚。それから真昼の手にあった一枚。
二枚の原稿用紙を集めて、朱筆先生へと突き出した。
「入部テスト、どうか先生もお力添えください!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます