4.胸の炎はもえているか

 失言した。

 並んで棒立ちになる先輩と私。明らか頭にハテナマークが浮かんでいるだろう入部希望の二人。

 部を二分すれば年長側に属する私達、蝋の翼が溶かされたかの様になけなしの名誉が地に落ちてゆきます。太陽の方から接近してきたんだから仕方なくないですか。なんて言い訳をしたい。


「文芸部は手芸部でもないんだ、部長」

「失敬、許してくだされ。ちょっと部活どころじゃないくらい傷付いてて……うちの部長……」


 入れ替わるよう私達を押し退けて前に立つ二人。まってまだやれます、と止めようとすれば「もう目が灼けすぎて」「一周回って大丈夫でござる」なんて真顔の囁きとグッドサインが返ってきた。先輩に袖を引かれて促され、すごすごと一緒に座り直す。


「僕は高等部一年、臼杵うすぎね夏日なつひ


 色素の薄いショートカットが揺れる。セーラーの首元、袖口から包帯を覗かせて。臼杵さんは腕を組み仁王立ち。

 

「そして高等部二年! そこの湯田氏の隣のクラス、真柄まがら真昼まひるですな」


 ああ。今年も貴方と同じクラスが良かったです、真昼。推し以外全部被れば良いのに。最愛の次に愛してる。

 推しの顔が付いた――いわゆる生首ヘアゴムをハーフアップに結ぶ彼女も、臼杵さんと鏡に映したように堂々としていた。どこかのアスキーアートめいた絵面が向こうからは見えているのだろう。

 この文芸部でもとりわけ濃ゆい面子が最前線で戦っている。果敢にもイケ女子のキラキラオーラを中和しようとしている。

 

「……そうだな、我が校の力関係については理解してる?」

「力関係、というと?」

「圧倒的運動部優勢……ってコトでござるな。ああ、キラキラ輝く青春の権化!」


 閉じられた部室のカーテン。その向こうを見るようにしてから真昼は顔を覆う仕草をした。

 覆い隠されている窓もぴっちり閉め切ってはいても、外からは威勢のある声がリアルタイムで漏れ聞こえて来る。


「正直眩しすぎる……僕達、影の者にはね」


 ゆるゆるとかぶりを振って、肩を下げる臼杵さん。真昼と同じものを見ているはずの彼女は、何故かそれより遠くに目を向けていると錯覚するような雰囲気を出していた。

 

「なので男オタクは漫研、そして女オタクは文芸部へ」

「逃れて同族と密かに息をしているんだ」

「だからぶっちゃけると。漫研では絵が描けなくたって生きていけるし、文芸部だって……文章媒体による創作が出来なくて良かったりしますな」


 拙者は結局両刀になりましたが、と普段部誌の表紙やら挿絵やらの担当を務めてくれる真昼は付け足した。


「即ち必要なのは――」


 臼杵さんと目が合えば、真昼はコクリと頷いた。ころころ、キャスター付きのホワイトボードを臼杵さんの側まで押してくる。ちらりと見えたその片隅には先輩が書いたのだろう推しカプの相合傘がまだ残っていた。

 それをしれっと身体で隠して、臼杵さんがペンを走らせていく。さながらデータキャラの様な雰囲気まで纏って、途切れる事無く続くペン先が擦れる音。固唾をのんで、その場の全員が彼女に注目していただろう。


「――推しへの愛!」

「という事で! 入部テストをさせて貰いますぞ!」


 打ち鳴らされたホワイトボード。高らかな二人分の声。また空気は移り変わる。

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