第7話
クラス替えがあって絵里ちゃんとは別のクラスになってしまった。悲しい。北川先生も3年生の担任から外れてしまった。やはりガピ子のことがあるのだろうか。はやくパワフルな北川先生にもどるといいと思う。学校は初日なのでホームルームだけで終わった。早く帰って宿題をやらなければならない。国語の補修のプリントが出ていたのも忘れていた。しかし、今日は菊池君の相談を受けるのだった。これはますます英語を写させてもらわなければならない。菊池君は生徒会の仕事があるので、あとから喫茶店にやってくる。わたしは駅前の『ケセラセラ』という、相談事をするにはふさわしくない名前の喫茶店に入った。
中学生が制服で喫茶店に入ってもよかったんだっけ? 生徒手帳を読んでみよう。いまさらだけど。
生徒手帳を最後まで読んだけど特に書いてなかった。うちの中学は校則がゆるいから大丈夫だとは思う。きどってコーヒーなんて頼まなければよかった。砂糖を入れても苦い。もともとあまりコーヒーは好きじゃないし。菊池君を待つ間に宿題をやればよかったけれど、持ってくるのを忘れた。暇をつぶすための本でも持ってくればよかった。変な天井の模様。
「ごめん、遅くなって」
ビクッとしてしまった。
「……びっくりしたぁ」
待ち合わせのときは入り口が見える席に座るんだよ、と菊池君が苦笑いしながら言った。そうか、なるほどね。菊池君は席に座って、慣れた感じでコーヒーを注文した。苦いのに。でも慣れてるなぁ。喫茶店、よく来るのかな。ということは校則違反では無いということかな。よかった。
コーヒーがやってきて、たいしておいしくもなさそうに菊池君がコーヒーを飲む。ほら、やっぱり苦いでしょう。いや、菊池君はいつもこういう顔か。
「相談のことなんだけど」
いつのまにか真剣モードで菊池君がこちらを見ている。あせる。
「ハイ」
「相談というのは嘘なんだ。ごめん」
「ハイ?」
そこで菊池君が大きく息を吸い込んだ。
「俺、里崎のことが好きだから。付き合って欲しい。それを言うためにここに来てもらったんだ」
うわー。
「いま答えてもらわなくてもいいよ。突然だし、なんかだまし討ちみたいになってごめん。でも好きだってことは本当だから。それが言いたかったんだ」
顔がちょっと恐くなってるけど菊池君の手が震えてる。
「あの、ありがとう」
わたしは緊張しながら必死で言った。でもどうしよう。全然そんなこと考えてなかったよ。
「びっくりさせてごめん。電話でもいいから返事をくれよな。待ってるよ」
わたしはただ何度も頷くだけだった。
菊池君はお勘定の紙を手に取って立ち上がった。わたしもつられて立ち上がった。レジの音が、どこか遠い世界で響いているように聞こえた。2人とも黙って喫茶店を出た。
「じゃあ、俺行くから」
優しい顔で菊池君が言って、振り返らずに歩いていった。わたしはその背中をずっと見ていた。
菊池君が見えなくなって急にドキドキしてきた。どうしよう。絵里ちゃんに電話しよう。なんでか分からないけど、わたしは電車のガード下に隠れるようにして絵里ちゃんに電話をした。
「絵里ちゃん! ちょっと土手まで来てくれる? 緊急事態なんですけど!」
「ちょっと落ち着きなさいよ! どうしたの? 一万円拾った?」
わたしの緊急事態ってそんなもんか……。
「違うよ! とにかくブーメラン広場のところまで来てよ!」
「わたし塾があるんだけど」
そのとき、ガードの上を電車が「ドガガガ」と
「聞こえない! なんだって?」
絵里ちゃんが馬鹿でかい声で言った。
「とにかく土手まで来て!」
負けないくらい馬鹿でかい声で返した。
「わかったわよ……」
絵里ちゃんがあきらめたように言った。
土手に着くとすでに絵里ちゃんがいた。ブーメラン広場というのは勝手にわたしたちが呼んでいるだけで、本当は野球場として使われている。絵里ちゃんはベンチに腰掛けて、ブーメランを握り締めていた。近づくと、絵里ちゃんがこちらに気が付いて立ち上がった。
「どうしたの? 何かあったの?」
電話でのつれない感じに反して、絵里ちゃんは心配そうにわたしの全身を見回した。
「大丈夫。精神的なことだから」
「なんだ、精神的なことか……」
絵里ちゃんが拍子抜けしたように言った。
「でも大変なことなの! わたし菊池君に告白されちゃった!」
絵里ちゃんが目を丸くして、それから笑顔で言った。
「そうなの? ついに? よかったー」
「え? ついにってなによ」
やっぱりそうとう鈍いわね、と絵里ちゃんがぐったりした感じで言った。
「菊池君があんたのこと好きだって、ほとんどの女子は知ってるのよ。菊池君は割と人気があるけど、麻美子のことをずっと見てるから、みんなで応援しようってことになってたの。それと菊池君はああいう性格してるから、他の人がとやかく言わないほうがいいだろうって。みんなで見守ってたのよ、純愛を」
「……でも菊池君はガピ子のことが好きだったんじゃないの? ほら、ガピ子を見てるねって話をしたじゃない」
「それはガピ子と一緒にいるあんたを見てたのよ! ほんと鈍いわねぇ。菊池君もそういう麻美子が好きなんだろうけど」
顔が真っ赤になってしまった。血の温度が上がってくる。
「それでどうしたの? OKしたの?」
「……まだ。まだ答えてない」
まあそうでしょうね、と言って絵里ちゃんがベンチに座りなおした。わたしも横に座る。
「……ガピ子とわたしでね、麻美子と菊池君がくっつくといいねって、よく話してた」
座ったままで絵里ちゃんが、ブーメランの素振りをしながら言った。
「中学に入るまでは、菊池君とガピ子ってライバルみたいだったじゃない。だからガピ子は菊池君のことをよく知ってたよ。わたしも生徒会で一緒だし」
絵里ちゃんがさらに、まくし立てるように言った。
「言っちゃなんだけど、あんたらお似合いだもの。菊池君は怒りっぽいんじゃなくて、あんたに対してハラハラしてるのよ。本当はせつないくらい人に優しいし。麻美子はドンピシャで、守ってくださいタイプだからね」
「守ってくださいなんて、そんなことないよ」
「それはいいとして、小学3年のとき、菊池君にチョコあげたよね」
「あれは絵里ちゃんとガピ子と、共同であげたんだよ」
「違う! あんたが恥ずかしいって言うからそうしたんじゃない」
「そうだっけ」
「そうだっけじゃない!」
絵里ちゃんにブーメランで首を絞められた。なんでブーメランを持ってきたんだろう。
「無理することはもちろんないけど」絵里ちゃんは言った。「麻美子、顔が笑ってるよ」
いつの間にかすごく嬉しい気持ちになっていた。わたしは単純だな。急におなかが減ってきた。
「深刻に考えることはないのよ」
「うん」
絵里ちゃんありがとう。
なんだか安心してしまって、遅めのお昼ご飯をたくさん食べてしまった。わたしは恋する乙女にはなれそうにも無い。でも菊池君のことは割と好きだから……いや、とても好きだから、付き合ってみようと思う。そのあとどうなるかは、そのときに考えよう。とにかく今は嬉しい気持ちを大事にしたほうがいいと思った。
そうだ、英語の宿題どうしよう。絵里ちゃんにメールしよう。
――英語の宿題写させてください。47%――
返信が鬼のように早かった。
――幸せ者は彼氏に頼んでください。71%――
死にたいパーセント ぺしみん @pessimin
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