『超常現象部の厄介な日常』

@YiToMa

第1話 口裂け女と鏡の救世主

放課後のチャイムは、まさに天の声。​​あの「学校」という名の日常クエストから、ようやく一時解放を意味する。


私は千早夜奈、高校二年生、人生のモットーは「面倒事はさっさと回避、楽しむことは即実行」——ただし、これは三次元に限る話。


二次元のホラーゲーム? それは別で、むしろ大好物なんだから。ジャンプスケアが炸裂し、精神汚染級の悪趣味なものほど燃えちゃう。最速クリア記録に挑むのが、至高の楽しみ。現実? ああ、平和すぎて退屈でしかない。


鞄をぶら下げ、のらりくらりと帰路につく。夕焼けが空を曖昧なオレンジピンクに染め、道筋の電柱は長い影を引きずり、黄昏を切り裂く黒い傷跡のようだ。あくびを一つしながら、昨夜クリアした『怨念の屋敷:リメイク版』の新ルート攻略法を頭の中で反芻している。


「ん……側門から直行で地下室の鍵をゲットすれば、さらに10秒は縮められるかな?」


独りごちつつ、完全に自分だけのゲーム世界に没入していた。


歩いているうちに、突然、理由不明の寒気が背筋を這い上がり、ぷるりと震えが来た。ただの夕風じゃない。どことなく…ねっとりとした、悪意を含んだ冷たさだ。思わず首をすくめ、顔を上げる。


いつの間にか、周りの様子がおかしくなっていた。さっきまで人や車がまばらに通っていた道が、今は誰もおらず、不気味なほど静まり返っている。遠くで聞こえていた車のクラクションも消え、ただ重苦しい、まるで幕に包まれたような沈黙だけが残った。空気も淀んでいるようで、かすかに…甘ったるい生臭さ? 強すぎる香水と鉄錆が混ざったような匂いで、少しめまいがする。


「なんだよ、これ…」


眉をひそめる。この雰囲気、なんだかゲームでボス戦が始まる前の瞬間にそっくりじゃないか?


その時、前方の交差点に、ぼんやりと人影が浮かび上がった。


背の高い、ひょろりとした女性だった。長い、ベージュ色らしいトレンチコートを着て、襟は高く立てられ、下半分の顔はほぼ隠れている。少々古臭い広縁の帽子を深く被り、影で目元は見えなかった。彼女はただ、じっとそこに立ち尽くし、動かない。不自然に置かれた彫像のように、周りの不気味な静寂と溶け合っている。


心臓がぎくっとなった。自分では肝っ玉据わってるつもりだけど、それは画面の中の魑魅魍魎に対する話だ。現実で、こんな状況で、いきなりこんなのが現れたら……


歩みを緩め、まっすぐ行くか、それとも方向を変えて遠回りするか躊躇う。しかし、ためらっている瞬間、彼女は動いた。


ほとんど滑るような、人間離れした硬い動きで、恐ろしい速さでこっちに近づいてくる! 瞬く間に、数十メートル先から、わずか数歩前まで迫ってきた。速すぎて、どう移動したのかさえ見えなかった!


細部が今、鮮明に目に飛び込んでくる。コートの裾は所々破れ、不明の暗い染みがついている。覗く指は蒼白で細長いが、爪は異様に長く鋭く、不健康な青灰色を帯びている。


強烈かつ未体験の危機感が冷水のように頭から注がれ、全身の毛が逆立つ! アドレナリンが爆発し、即座に逃げ出したい衝動に駆られる——ゲームで力ずくで敵わないチェイスシーンに直面した時の、第一の反応のように。


だが、もう遅すぎた。


彼女は目の前で止まり、ゆっくりと頭を下げた。帽子の影の下で、冷たい視線が私を捉えたのを感じ取れる。


声が響いた。かすれ、歪んでいて、破れたふいごから絞り出したような——


「私…美しい?」


心臓は狂ったように鼓動し、頭の中は混乱した。この台詞…どこかで聞いた覚えが…。待て! 都市伝説! あの有名な——!


私の推測を証明するかのように、彼女はゆっくりと、歯が浮くほど遅い動作で、手を上げ、広縁の帽子の両側をつかんだ。


そして、ばっと帽子を脱ぎ捨てた!


帽子の下の顔…それは言葉にできないほどの恐怖の貌(かお)だった! 目は異様に大きく、白目は血走り、瞳孔は針の先のように縮まっている。だが、最も恐ろしいのはそこじゃない。最も恐ろしいのは口——彼女の頬の両側は耳元まで無理やり裂かれたかのようで、巨大な、凶悪な裂口を形成している! その中には、不揃いな焦げ茶色の鋭い歯、むき出しの真紅の筋肉の繊維、さらにはうごめく暗い舌先すら見えそうだった! その裂口がぱくぱくと動き、再び問い詰める!


「今の私…美しい?!」


口裂け女! まさしくあの伝説の口裂け女だ! 噂では、彼女に狙われた者が「美しくない」と答えると、ハサミで即座に殺害され、「美しい」と答えれば、マスク(もしくは裂口)を外して「これでも美しい?」と言い、やはりハサミで襲ってくるらしい! どう答えようと死が待っている!


恐怖ゲーム最速クリアの自称達人、数多の仮想の妖魔妖怪を見てきた自負、鋼のメンタル。だがこの瞬間、実在する、冷たい殺意と超常的な恐怖を放つ口裂け女を前に、その度胸は粉々に砕け散った! 脳は完全に停止し、体は凍りついたように硬直し、呼吸さえ忘れてしまった!


死ぬ! 本当に死ぬ! その念が意識を激しく打ちつける。


口裂け女の巨大な、よだれを少し垂らした裂口が迫り、その甘く腥く腐った臭いがほとんど意識を遠のかせる。彼女の蒼白い手の一つが、ゆっくりとコートの内側に伸びていく——間違いない、あの伝説の巨大なハサミを取り出すつもりだ!


絶望的に目を閉じた。終わりだ。ゲームオーバー。千早夜奈の恐怖ゲーム最速王者の生涯が、現実版都市伝説の手で幕を閉じるだなんて、この結末はひどすぎる!


その時、危機一髪の瞬間に、かん高い、しかし異常に冷静な女の声が横合いから響いた。


「——こっちを向け!」


声は大きくないが、独特の穿透力を持ち、息詰まる恐怖の空気を破った。


ぱっと目を見開き、声の方を振り向く。いつの間にか、傍らの歩道に小さな影が立っていた。私よりさらに幼く見える女生徒で、同じ制服を着て、おとなしいショートヘア、人形のように可愛らしい顔をしている。


だが、その表情は見た目とは大きく異なる——年齢を超越した落ち着きと冷静さで、瑠璃色の瞳には一片の慌てもなく、ただ静かに、むしろ審査するように口裂け女を見つめている。


そして彼女の手には、ごく普通の小さな化粧鏡が握られ、鏡面はきっちりと、口裂け女の恐ろしい顔へと向けられていた!


「っ!」


口裂け女は言葉にならない、鋭い金切り声をあげた。それは苦痛と恐慌に満ちている! 何かに焼かれたように、顔を腕で遮り、全身を激しく震わせ始めた!


鏡の照射を必死で避けようとするが、その小さな鏡は魔力でもあるかのように、彼女をしっかりと捉えている。指の隙間から、巨大な裂口が歪み、「ホッホッ」という、空気漏れか泣き声のような怪音を発するのが見えた。


「ああああ——!!!」


ついに、彼女は悲痛な絶叫をあげ、くるりと背を向けると、先ほどの不気味な滑るような速度で、瞬く間に街路の彼方へ消え去った。まるで最初からいなかったかのように。


彼女の消失と共に、周りの淀んだ不気味な静寂も破られた。遠くで車の走る音が聞こえ、夕風がさわやかに吹き抜ける。甘く腥い腐臭も消えている。


全てが…元通りだ。


足ががくがくし、思わず電柱に掴まる。心臓はまだドキドキと暴れ、今にも喉から飛び出しそうだ。


「助…かった…?」


大きく息をしながら、強烈な現実感のなさにぼう然とする。


小さな女生徒は鏡をしまい、穩やかな足取りで私の前に来て、顔を上げて私を見る。背は私の肩までしかないが、さっきの落ち着いた強気なオーラは、彼女を非常に大きく感じさせた。


「大丈夫?」


平静な声で尋ねる。


「あ、あんたは…?」


「白石千夏です」


彼女は軽く頷いた。「さっきは危なかった。あれは『口裂け女』。特定の怨霊型都市伝説です。対処法は、質問された後、先に自分の顔を見せるか、鏡で彼女の容貌を反射させること。彼女は自身の真の姿を受け入れられず、混乱して逃げ出すのです」


理路整然とした説明で、その口調は数学の問題を解説するかのように淡々としている。


我に返り、元の無鉄砲な気質が少し戻ってきた。「わあ! カッコイイ! 現実版の即死イベント突破! ゲームよりずっと刺激的だ!」


さっきは失禁しそうになったけど、危機が去った今、好奇心がすぐに優勢になる。「白石…千夏さん? ありがとう! 命の恩人だよ! でもどうしてちょうど鏡を持ってて? ちょうどここに現れたの?」


白石千夏は落ち着いた大きな目で私を見て、静かに爆弾発言を投げつけた。「偶然じゃありません。放課後からあなたを観察していました。あなたも私と同じで、非常に強い『超常現象吸引体質』を持っているからです。簡単に彼らに狙われます」


「ちょう…ちょうなんですって?」


「超常現象や霊的存在を引き寄せやすい特殊体質のことです」


彼女は辛抱強く繰り返した。「さっきの口裂け女は、普通の人ではまず遭遇しません。ですが、この体質を持つ私たちにとって、遭遇確率は大幅に上がります。しかも、一度巻き込まれたら、あなたがさっきのように、対応する『ルール』と解決法を知らない場合、ほぼ確実に死に至ります」


必死…その言葉に震えが走る。さっきの絶望感を思い出し、彼女の言う通りだと認めざるを得ない。現実はゲームじゃない。セーブ&ロードはきかない。


「待って…『私たち』?」


彼女の言葉を捉える。


「ええ」


白石千夏は軽く頷く。「学校には他にも同じ体質の者がいます。私たちはサークルを組んで、様々な超常伝説や事件を研究し、自衛と対処法を探っています。あなたが今日遭遇したのは、最低ランクの脅威の一つに過ぎません。これからもっと危険なことがあなたを襲うでしょう」


少し間を置き、見透かすような目で私を直視し、誘いをかけた。「生き延びるために、私たち『超常現象調査部』へ入りませんか?」


超常部? 専門で研究してる? 他にも被害者…ってか仲間が? 私の目がぱっと輝いた。これって…ホラーゲームやるより面白そうじゃないか! 危険だけど、超刺激的だよね!


「入る! 絶対入る!」


ほとんど躊躇わずに頷き、興奮して白石千夏の手を握った。「こんな面白い…いや、こんなに必要なこと、私を抜きにできるわけないよ! これからよろしく!」


白石千夏は私の過剰な熱意に少し戸惑ったようだが、手を振りほどかず、ただ再び頷いた。「はい。では、明日の昼休みに、旧校舎三階の部室まで来てください。他の部員を紹介します」


そう言うと、礼儀正しく軽く会釈し、踵を返して去っていった。小さな背中はすぐに街角に消えた。


その場に立ち尽くし、気持ちはなかなか落ち着かない。夕日は完全に沈み、夜の帳が降り始めている。正常に戻った周囲の世界を見て、全てが変わってしまったように感じる。


現実世界…全然退屈じゃなかったんだ。


超常現象吸引体質? 必死のルール? 超常部?


口元が抑えきれずに上がる。


どうやら、千早夜奈の日常は、今日から全新しく、刺激的な「ハードモード」へと突入するようだ!


「現実版超常事件の最速クリア?」


小声で呟き、目に挑戦の光を宿す。「って…最高じゃん!」


早く明日の部員たちに会いたくてたまらない。この超常部、他にどんな面白い奴らがいるんだろう?

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