【後編】天下取りはつらいよ
勇者タクト挙兵の報が王都に告げられたのは、初夏のことだった。
タクトは辺境の小さな町を本拠地に、革命軍を組織した。
「町長さん、お世話になります」
「ほほ。我が町を選んでいただき、光栄です」
タクトの挨拶に、町長はニコニコと応じた。反逆行為に加担するのに、この態度だ。肝が据わっている。
「失敗したら、仲良く処刑されましょう」
「大恩ある勇者様と一緒に死ねる。本望ですな」
住民たちも同様だった。かつて、魔物に襲われたこの町を助けたことが活きている。
「さて、いっちょやりますか」
追討軍派遣を察知したタクトは、迎撃の用意をした。王国は予想外の大軍を寄越してきた。反乱が各地に飛び火するのを恐れている。
対する革命軍は数が少ない上に、ほとんどの兵士が素人同然。質量ともに劣っている。普通であれば勝負にならない。
だが、タクトたち四人は一騎当千の英雄。数など問題ではないのだ。
「対人戦は久しぶりだからワクワクするよな」
剣の手入れをしながら、タクトは呟いた。正直なところ、魔族とばかり戦うのに飽きていた。他の仲間も同意見らしい。
「早く人間相手に攻撃魔法を使いたいですよ」
「ふふふ。あたしの罠を突破してこれるかしら」
彼らは、これからの戦いに胸を躍らせた。ただ一人、戦士だけは浮かない顔をしている。
「な、なあ。本当にこれでいいのか? いくらなんでも反乱を起こすのは――」
「反乱じゃなくて革命な。俺は天命を受けて暴君を打倒し、民衆を救うわけだよ」
「その天命ってのがなあ……」
魔王になにか吹き込まれたんじゃないのか、と戦士は言いたかったが、さすがに口には出せなかった。
そうこうしているうちに、戦いのときがきた。
「お前らは余計なことを考えるな。ただ、俺についてこい!」
それだけを兵士に命じると、タクトは突撃をかけた。追討軍が浮き足立つのがわかる。
あの英雄、人類の救世主タクトが自分たちに剣を向けているのだ。早くも追討軍は恐慌状態に陥った。
戦いは一方的に終わった。タクトと戦士率いる主力部隊は追討軍を簡単に蹴散らした。退却する彼らを魔術師の魔法が襲い、そこを生き延びた者も盗賊の罠に狩られた。
この圧勝には、さすがの仲間たちもびっくりだった。
「こんな呆気なく勝てるとはな……」
「いやー、人間相手に魔法をぶっ放すのは最高ですね! 次は教会の坊主どもにやってやりたい」
「罠のデータもたくさん取れたし、改良がはかどるわ」
大将のタクトは馬に乗り、戦場を見て回っていた。今の彼は、一種の神々しさを纏っている。それを見た戦士は、己の不安を仲間に語った。
「最近のタクトは、なにかに突き動かされてるみたいだ。見てて不安になるぜ」
「考えすぎじゃないですか? 普段と変わりませんよ」
「盗賊はどう思う?」
問われた盗賊は、なにやらボーッとしている。
「盗賊?」
「前もよかったけど、今の野望を秘めたタクトはもっといいわ。惚れ直しちゃう!」
「……」
これには戦士と魔術師もずっこけたのだった。
追討軍惨敗の衝撃は大きく、各地で反乱が相次いだ。タクトは彼らを仲間に引き入れ、着々と勢力を拡大していった。そして、半年足らずで革命軍は王都に迫った。
「なんとしても、ここで食い止めろ!」
「無理です! 数が違いすぎます」
「くそっ。まさか近衛騎士団にも造反が出るとは……」
雪がちらつく王都で、最終決戦が行われていた。革命軍は市内の大半を掌握し、残すは王城のみとなった。
既に城壁には兵士たちが取り付いている。陥落は時間の問題だった。
タクトは本営で、静かにそのときを待っていた。すると、慌ただしく伝令が駆け込んできた。
「申し上げます! 大公殿下がおいでになりました!」
「ここにお通ししろ」
タクトは周囲に命じた。大公は国王の弟。そんな重要人物が危険を承知でやってくる理由は、ひとつしかない。降伏の申し入れだ。
タクトは身支度を整えながら、盗賊をそばに呼んだ。
「最後の仕事を頼む」
「国王一家のことでしょ?」
「ああ。地下通路から逃げるはずだ。先回りして生け捕りにしろ」
城内には内通者が多数いる。彼らの手の内はすべて把握していた。
「わかったわ。で、宝物庫は――」
「手をつけるなよ。略奪なんてしたら、後世までの恥になる」
「うう……。了解」
苦悩する盗賊を、タクトはそっと抱き寄せた。
「どうせ俺とお前のものになるんだ。少し我慢しろ。なっ?」
「う、うん!」
満面の笑みの盗賊を見送り、タクトは腰を下ろした。そう、もうすぐ自分が新たな支配者になる。
(親父、待たせたな。やっと平和な世界がつくれる)
タクトは息を吐き、天井を見上げた。
翌日、王都は「タクト陛下万歳!」の声で満たされていた。降伏の手続きはスムーズに進み、国王一家の身柄も無事に確保した。タクトの勝利である。
「戦士殿が率いる戒厳軍の働きで、市内は平穏を保っています。略奪や暴行は発生していません」
「さすが戦士。頼りになる男だ」
タクトは満足げに頷いた。方針に不満があれど、命令はきっちりこなす。部下として理想の姿だった。
「ただですね――」
「ん?」
秘書官は苦しそうに報告書を読んだ。
「教会で謎の火災が発生しました。颯爽と現れた魔術師殿が消火してくれて、他の建物に被害はなかったのですが……」
「あ、あいつ。絶対マッチポンプだろ」
魔術師の教会嫌いは筋金入りだ。道徳を盾に魔法の進歩を妨害している、というのが彼の言い分である。
(一理あるけど、宗教弾圧はいかんぞ。あとで説教だな)
タクトはため息をつき、次の報告を促した。
「宝物庫の中身が少ないようです。密偵の調査と計算が合いません」
「国王一家が、逃亡資金として持ちだしたんじゃないか?」
「それが着の身着のままだったので、たいした額は持ちだせなかったそうです。せいぜい、宝石をポケットに詰める程度で」
「じゃあ、盗賊の仕業じゃねえか! なんてことしてくれたんだよ!」
あんな女が本当に王妃でいいのか。新しい王国の前途に、猛烈な不安を覚えたタクトであった。
その後もいろいろありつつ、タクトは国内を完全に平定し、権力基盤を確立した。機が熟したと見た彼は御前会議を召集した。
「皆、忙しいところすまない。大事な話があるんだ」
居並ぶ面々にタクトは声をかけた。国務大臣以外にも、聖職者や大商人が出席している。
「我が国も民心が安定し、国力も回復してきている。さらなる発展を目指し、魔族と――」
「戦争ですか!?」
出席者の一人から声が上がった。批難する口調だった。長い戦乱が終わったのに、戦争再開など冗談じゃない。彼の意見は国民の本音でもあるだろう。
一部の人間を除き、ほとんどが彼に同調しているようだった。やはり、継戦派の貴族を粛清しておいてよかった。皆の顔つきを見たタクトは、自信を深めた。
「いや、そうじゃない。正式に和平を結ぶ」
「おお!」
色めき立つ皆を制し、タクトは続けた。
「我が国は西の乾燥地帯を割譲する。逆に魔族は東の田園地帯を返還する約束だ。もう下交渉を開始している」
「えっ。我々のほうが得ではないですか?」
何度も入植が失敗した不毛の地と、豊かな国土の交換。そんなうまい話があるのだろうか。
「心配無用。人間が住みにくい土地ほど、魔族にとっては快適なんだとさ。向こうは大喜びしてたよ」
魔王――父とは緊密に連絡を取り合っている。もう妥結したも同然だ。
むしろ、問題は国内のほうだった。戦争再開を望む者を黙らせるために、餌を与えなくてはならない。
「返還される旧領は、魔族の信仰を押し付けられていていた。そこで、彼らの再教化を支援したい」
「ありがたきお言葉。再び、民を神の光で包みましょう」
大司教がうやうやしく言った。奪われた信者が帰ってくるのは、教会にとっても願ったり叶ったりである。
「あくまで穏便にな。焦って異端審問とかしちゃ駄目だぞ」
「仰せのままに」
大司教は笑みを浮かべて応じたが、内心はどう思っているかわからない。
(まあ、国王直々の要請を無視するほど、こいつも馬鹿じゃないだろ)
教会が大人しく布教活動に専念してくれれば、それに越したことはない。
東部住民の中には密偵も潜り込ませてある。彼らから教会の横暴が報告されれば、堂々と宗教に介入する口実となる。どちらに転んでも、タクトにとって悪い話にはならない。
次に彼は、商業ギルドの会長へ呼びかけた。
「東部は開発の余地があるだろう」
「はい。まだ田畑を広げられますし、眠っている資源もございます」
「よろしい。開発権をギルドに与える」
「な、なんと!」
会長は飛び上がって喜んだ。巨万の富が労せずギルドに転がり込んできたからだ。
「ただし、ひとつ条件がある。開拓団を結成して、退役兵を優先的に採用しろ」
「もちろんでございます。お国のために命をかけた方々ですからな」
当然とばかりに会長は頷いた。ギルドとしても、体力があり規律を守れる元兵士の存在はありがたい。
(将来の投資と考えれば安いもんだ)
何度も頭を下げる会長をなだめつつ、タクトは思った。これで死の商人を黙らせることができる。開発という金の卵を台無しにしてまで戦争再開を画策すれば、彼らはギルドから締め出しを食う。それは商人にとって死刑宣告に等しい。
(開拓団が結成されれば、退役兵も救われる)
平和な世の中になると、どうしても軍縮が進む。結果的に大量の失業者が生まれてしまう。困窮する元兵士を少しでも減らすため、タクトは条件をつけたのだった。
なんとか国内問題に決着をつけたタクトは、魔族との正式な交渉に乗り出した。裏では打ち合わせ済みなこともあり、交渉はあっという間に妥結した。
さあ、いよいよ条約調印の日である。
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