第13話 血狂
霧の奥から現れた黒装束の男は、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
鋭い刃を下げたまま、その動きには一切の迷いがない。
「ここまで深く入り込んだのは君たちだけだ。流石だよ」
その声に、胸の奥が凍りついた。
仲間だった声。信じられないほど冷たい響きになってはいたが、間違えようがなかった。
「……カイル……なのか?」
覆面の下から返ってきたのは、あまりに無感情な声だった。
「そうだ」
「そんな……っ!!どうして!!」
ミリアが叫ぶ。
金色の瞳は震え、必死に否定しようとするかのようだった。
「……俺には俺の果たすべき役目がある。ここに近づかれては困る。それだけだ」
「それで……仲間を殺したのか?」
唇が震えながらも、問いを投げる。
「そうだ」
あまりに淡々と告げられた言葉に、胸の奥で何かが弾けた。
「でも、カイルさんも死んだはずじゃ……」
ミリアの声は涙に濡れていた。
ギルドで聞いた報告が脳裏をよぎる。
――暁の環の遺体はいずれも首を落とされていた。だからこそ身元の断定は、装備や冒険者証に頼るしかなかった。
その違和感が、今ここで線を結ぶ。
「察しの通り、首を落としただけの他人の死体だ」
「……心が痛まないのか……」
その問いに、覆面の奥でわずかに口元が動いた。
「痛むよ。仲間だったんだから。……でも、しょうがない」
霧の中に沈むような、諦めきった声。
その響きに怒りが込み上げ、同時に胸の奥が裂けるように痛んだ。
カイルは刃を持ち直し、低く告げた。
「お喋りはここまでだよ……」
次の瞬間、空気が一変した。
張り詰めるような気配が、カイルから押し寄せる。
「……っ!」
ミリアが目を見開き、俺の袖を掴んだ。
「ラウガンさんと……同じ……気配……」
その震える声に、カイルがわずかに笑った。
「ん? 君、『黒殻(こっかく)』を感知できるのか。驚いたよ。普段から【気配遮断】を使っておいて正解だったな」
黒殻――聞き慣れない言葉が投げられ、俺は眉をひそめる。
一方でミリアの顔は青ざめ、唇を噛みしめていた。
……そうか。ラウガンに感じていたあの正体不明の恐怖――。
カイルにも同じ気配があり、だがそれは今まで【気配遮断】によって隠されていた、ということか。
「さて――」
カイルが刃を持ち直す。霧の中で、その気配が一層濃く膨れ上がった。
「もうお喋りは終わりだ」
霧を裂く気配と共に、戦いの幕が上がった。
◆
霧の中で鋼がぶつかり合い、火花が散った。
俺の剣を受け止めるのは、ショートソードとナイフを操るカイル。二刀の刃は蛇のようにうねり、次の瞬間には角度を変えて俺の死角を突いてくる。
「……っ!」
首筋を狙った刃を、寸前で体を捻ってかわす。空気を裂く感触が頬をかすめ、冷たい汗が流れた。ギリギリのところで受け流すしかない。
「お前……弓使いじゃなかったのか!」
歯を食いしばって問いを投げる。
「弓も得意だ」
覆面の奥から返る声は低く、乾いていた。
「だが俺の本業は、こっちだ」
刃が閃き、俺の剣を絡め取るように押し返してくる。重さも速さもある。二刀を自在に操る技量は、ただ「仲間」だった頃とは別物のように感じられた。
「ユウタさん!」
ミリアが迅雷で割り込む。金の残光が霧を裂き、カイルの正面へと突き込む。
「ふっ……」
ショートソードが閃き、その突きを弾き飛ばす。返す刀のようにナイフが振るわれ、ミリアの頬へ迫る。
「させるか!」
俺が踏み込み、剣を叩きつけて軌道を逸らす。火花が散り、霧の奥へ鋭い音が響いた。
カイルの視線が俺とミリアの間を冷たく走った。
「……やるね。やはり強いよ、君たちは」
その言葉に余計な感情はなかった。
怒りも喜びもない。ただ淡々と「そう決められているからやる」と言っているだけだった。
だがだからこそ――背筋を凍らせる冷酷さがあった。
カイルの刃は、霧の中を縫うように迫ってくる。
その速さは変わらないはずなのに――だが俺の目には、先ほどよりもわずかに鋭さを増しているように映った。
「くっ……!」
かすめたナイフの一撃が肩を裂いた。浅いはずの傷なのに、思った以上に血が滲む。
「ユウタさん!」
ミリアの声が震える。だが俺は剣を構え直し、歯を食いしばった。
――速くなっている……?
再び閃いた刃が、俺の頬をかすめる。浅い切り傷。だが確かに重みも増していた。
まるで俺の血がカイルに力を与えているかのようだ。
「ふざけるな……!」
振り下ろされたショートソードを必死に受け止める。腕に痺れが走り、足元の土が軋む。
「……分かるか」
覆面の奥から、淡々とした声が響いた。
「傷を与えるごとに、俺の刃は速さと鋭さを増す。――これが、俺の【
胸がざわついた。
かすり傷ひとつでさえ、奴の刃は速さと重みを増す。
このまま削られれば、確実に追い詰められる……!
だが目の前のカイルの双眸は、勝利に近づく昂ぶりもなく――ただ「任務を遂行する機械」のように冷めていた。
次の瞬間、また赤い飛沫が霧に舞う。
今度はミリアの腕に細い切り傷が走っていた。
「……っ!」
彼女の金の瞳が揺らぐ。だが、踏みとどまるように歯を食いしばり、再び迅雷で切り込んでいく。
俺も剣を握り直す。だが内心、焦燥が膨らんでいく。
――このままでは……更に差が開いていく……!
カイルの斬撃は速さを増し、少しずつ俺たちを追い詰めていく。
このままじゃ押し切られる――ならば、差を広げさせないために。
――なら、武器を破壊する!
俺は強く剣を握り直した。
以前、ゴブリンリーダーとの戦いで【構造理解】と【弱点特効】を応用し、相手の武器を砕いたことがある。
あの時の感覚を思い出し、カイルの双剣の芯を狙う。
ガキィィンッ!!
金属が激しくぶつかり合い、火花が散った。
だが――手応えはない。
カイルは刃を軽く捻っただけで俺の狙いを外し、逆に勢いを利用して切り返してきた。
「くっ……!」
辛うじて受け流したものの、腕に重い痺れが走る。
――通じない。
速すぎる斬撃と、軽量武器特有の柔軟な軌道。
芯を捉えきる前に、俺の剣は弾かれてしまう。
悔しさが込み上げ、奥歯を噛み締めた。
ゴブリンリーダーに通じた手は、カイルには通じない。
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