第9話 護衛

翌朝のギルドは、昨日以上の喧騒に包まれていた。

冒険者たちが依頼掲示板の前に集まり、声を張り上げて獲物を取り合っている。


「さて……今日は何にしましょうか!」

ミリアが胸を張り、ぱっと掲示板を指さす。


俺も横に並び、並ぶ依頼書に目を走らせた。討伐、採取、護衛、調査――内容も報酬もさまざまだ。


「……採取は昨日やったし、次は護衛か?」

何気なく口にした瞬間、近くの男たちが鼻で笑った。


「おい、ハズレが護衛? 逆に護られるだろ」

「依頼人が可哀想だな」


笑い声に、胸の奥が冷たくなる。だが、隣のミリアは臆することなく一歩前へ出た。


「ユウタさんはハズレなんかじゃありません! 昨日だって、ユウタさんが弱点を見抜いてくれなかったら、魔物は倒せなかったんです!」


真っ直ぐな声に、周囲の笑いが一瞬途切れる。

その隙にミリアは振り返り、にこっと笑った。


「だから大丈夫です。護衛任務に挑戦しましょう!」


……あぁ、こいつは本当に。

無邪気な笑顔に、胸の奥でわずかに凍りついたものが溶けていく。



選んだのは、街から隣村まで商人を護送する依頼だった。

報酬は銀貨五枚。薬草採取の倍以上だ。


羊皮紙を手にしたまま、俺は小さく息を吐く。

「……けど、本当に大丈夫か?」


ミリアが首を傾げる。

「え?」


「もし護衛対象に迷惑をかけたら……今度こそ信用をなくすんじゃないかって」

自嘲まじりにそう言いながらも、胸の奥では別の思いがじくじく疼いていた。

――追放されて、何もできないと思っていた。だからこそ、今度は人の役に立ちたい。守るために、この力を使いたい。


けれどミリアは、迷いなく首を横に振った。

「ユウタさんは弱点を見抜けます。それって、護衛にこそ必要な力だと思いますよ」


真剣に言い切る声に、俺は口をつぐむ。

彼女の瞳には、不安よりも信頼が強く宿っていた。


受付で手続きを終えると、係員の女性が念を押す。

「この依頼は初心者でも可能ですが、道中は魔物の出現が多いと報告されています。十分に注意してください」

「はい!」

ミリアが元気よく答える。俺は無言で頷いた。


護衛する商人は30代の男性で、荷馬車には布や陶器が積まれ、従者もいないとのことだ。ミラナという村まで護衛して欲しいらしい。

 

「頼りにしてますよ、冒険者さんたち」


護衛依頼の書類を受け取ってから、ふと隣のミリアを見た。

「なぁ……こうして一緒に動いてくれてるけど、本当に大丈夫なのか?」


「え?」とミリアが首を傾げる。


「お前にも村とか、やるべきことがあるんじゃないのかと思って」


俺の問いに、ミリアは一瞬だけ目を瞬かせ――それから笑った。

「大丈夫です! 今はここでユウタさんと一緒にいることが、ちゃんと自分の力になるって思ってますから」


あまりにも迷いなく言うものだから、返す言葉が詰まる。

「……そうか」

それだけ答えると、少し肩の力が抜けた。


「はいっ!」ミリアは元気よく頷き、俺の前を軽快に歩き出す。 



ギルドを出た後、街の外れで集合時間を待つ。

道具の最終確認をしていると、ミリアがこちらを覗き込んできた。


「ユウタさん」

「……なんだ」

「昨日、素材を残せた時の顔、すごく嬉しそうでした」


一瞬言葉を詰まらせる。自覚していなかった感情を見透かされたようで、妙に照れくさい。

視線をそらし、ベルトを無意味に締め直す。


「……別に。ただ、やっと少し役に立てた気がしただけだ」

「ふふ。だったら今日も、その顔を見せてくださいね」


にこっと笑うミリア。陽だまりみたいに柔らかい笑顔が、真正面から胸に飛び込んでくる。

思わず心臓が跳ね、返す言葉が喉で詰まった。


「……いやだ、見せない」

精いっぱいの強がりでそう吐き出すと、ミリアはくすりと笑った。


顔の火照りをごまかすように剣の柄を握り直す。

否定はできない。ただ、確かに今の言葉が嬉しかった。


今はうまく返せないけど、いつか必ず、彼女の笑顔に胸を張って応えたいと思う。


こうして俺たちは、初めての護衛任務へと歩みを進めた。


 

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