第9話 護衛
翌朝のギルドは、昨日以上の喧騒に包まれていた。
冒険者たちが依頼掲示板の前に集まり、声を張り上げて獲物を取り合っている。
「さて……今日は何にしましょうか!」
ミリアが胸を張り、ぱっと掲示板を指さす。
俺も横に並び、並ぶ依頼書に目を走らせた。討伐、採取、護衛、調査――内容も報酬もさまざまだ。
「……採取は昨日やったし、次は護衛か?」
何気なく口にした瞬間、近くの男たちが鼻で笑った。
「おい、ハズレが護衛? 逆に護られるだろ」
「依頼人が可哀想だな」
笑い声に、胸の奥が冷たくなる。だが、隣のミリアは臆することなく一歩前へ出た。
「ユウタさんはハズレなんかじゃありません! 昨日だって、ユウタさんが弱点を見抜いてくれなかったら、魔物は倒せなかったんです!」
真っ直ぐな声に、周囲の笑いが一瞬途切れる。
その隙にミリアは振り返り、にこっと笑った。
「だから大丈夫です。護衛任務に挑戦しましょう!」
……あぁ、こいつは本当に。
無邪気な笑顔に、胸の奥でわずかに凍りついたものが溶けていく。
◆
選んだのは、街から隣村まで商人を護送する依頼だった。
報酬は銀貨五枚。薬草採取の倍以上だ。
羊皮紙を手にしたまま、俺は小さく息を吐く。
「……けど、本当に大丈夫か?」
ミリアが首を傾げる。
「え?」
「もし護衛対象に迷惑をかけたら……今度こそ信用をなくすんじゃないかって」
自嘲まじりにそう言いながらも、胸の奥では別の思いがじくじく疼いていた。
――追放されて、何もできないと思っていた。だからこそ、今度は人の役に立ちたい。守るために、この力を使いたい。
けれどミリアは、迷いなく首を横に振った。
「ユウタさんは弱点を見抜けます。それって、護衛にこそ必要な力だと思いますよ」
真剣に言い切る声に、俺は口をつぐむ。
彼女の瞳には、不安よりも信頼が強く宿っていた。
受付で手続きを終えると、係員の女性が念を押す。
「この依頼は初心者でも可能ですが、道中は魔物の出現が多いと報告されています。十分に注意してください」
「はい!」
ミリアが元気よく答える。俺は無言で頷いた。
護衛する商人は30代の男性で、荷馬車には布や陶器が積まれ、従者もいないとのことだ。ミラナという村まで護衛して欲しいらしい。
「頼りにしてますよ、冒険者さんたち」
護衛依頼の書類を受け取ってから、ふと隣のミリアを見た。
「なぁ……こうして一緒に動いてくれてるけど、本当に大丈夫なのか?」
「え?」とミリアが首を傾げる。
「お前にも村とか、やるべきことがあるんじゃないのかと思って」
俺の問いに、ミリアは一瞬だけ目を瞬かせ――それから笑った。
「大丈夫です! 今はここでユウタさんと一緒にいることが、ちゃんと自分の力になるって思ってますから」
あまりにも迷いなく言うものだから、返す言葉が詰まる。
「……そうか」
それだけ答えると、少し肩の力が抜けた。
「はいっ!」ミリアは元気よく頷き、俺の前を軽快に歩き出す。
◆
ギルドを出た後、街の外れで集合時間を待つ。
道具の最終確認をしていると、ミリアがこちらを覗き込んできた。
「ユウタさん」
「……なんだ」
「昨日、素材を残せた時の顔、すごく嬉しそうでした」
一瞬言葉を詰まらせる。自覚していなかった感情を見透かされたようで、妙に照れくさい。
視線をそらし、ベルトを無意味に締め直す。
「……別に。ただ、やっと少し役に立てた気がしただけだ」
「ふふ。だったら今日も、その顔を見せてくださいね」
にこっと笑うミリア。陽だまりみたいに柔らかい笑顔が、真正面から胸に飛び込んでくる。
思わず心臓が跳ね、返す言葉が喉で詰まった。
「……いやだ、見せない」
精いっぱいの強がりでそう吐き出すと、ミリアはくすりと笑った。
顔の火照りをごまかすように剣の柄を握り直す。
否定はできない。ただ、確かに今の言葉が嬉しかった。
今はうまく返せないけど、いつか必ず、彼女の笑顔に胸を張って応えたいと思う。
こうして俺たちは、初めての護衛任務へと歩みを進めた。
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