その猫は海原を駆ける夢を見る【1分で読める創作小説2025】
にわ冬莉
ポストアポカリプス
生まれ変わったら猫になりたい。
いつかそんな風に笑っていた君を思い出す。
確かにいいアイデアだ。でも野良じゃダメだ。食べるものも、住むところもなくて、頭を撫でてももらえないなんて。猫になるからにはきちんとした下僕がいる家の子にならなければ!
あの時はそう笑い合ってた。
生まれ変わり、なんてものが本当にあるなら、僕は、人間なんてものから一番遠いとこにいるなにかになりたい。
森の奥深くのジャングルに生息する新種の虫とか、バミューダトライアングルの海底で暮らしてる深海魚とか、そういうやつ。
だって、そしたらさ……
「また煙が見えた」
双眼鏡を覗いたまま、君が言った。
「どっちの方向?」
「東京方面だな。スカイツリーもあったから」
先っぽの折れたスカイツリーは、それでもまだ他の建物よりはずっと高く、目印に使われることが多い。東京タワーは根こそぎ折れてしまったし、高層ビルもそのほとんどが壊されている今、あそこまで目立つ建造物は他にない。
「撃ち込まれたってこと? 今更なんで東京に?」
もはや東京を爆破するなど、なんの意味もない。既に人々は離散し、誰もいなくなっているのだから。
「まだ誰かいると思ってるか、あるいは……」
「あるいは?」
「地下都市の話、知ってるだろ?」
「あんなでたらめ? それこそ、都市伝説ってやつじゃないか」
君は楽しそうに話すけど、僕はそんな夢みたいな話、信じてない。東京の地下に巨大な都市があって、金持ちはみんなそこに逃げ込んでるって。
「けどさ、本当か嘘かは、確かめないとわからないぜ?」
にまっと笑う君の顔を見て、僕は諦めた。行く気なんだってわかったし、止められないって知ってるから。
「どうせここにいたって飢え死にだ。だったら行ってみるしかないだろ?」
それは間違いない。僕らはすべてを失って、だけど生き延びてここまで来た。東京は国の中枢だからって、諦めずに目指してきたんだ。なのに、近付けば近付くほど、絶望に打ちひしがれるだけだった。
この国は、滅ぶのだろう。
もし、地下都市が本当にあったとしても、なにもかもが遅い。今までのツケを、僕らは押し付けられたんだ。
身勝手な大人たちの残した残骸を踏みつけ、立ち上がる。
「よし、行こう」
君が手を差し出す。
「仕方ない、行くとするか」
僕が握り返す。
僕らにはもう、なにもない。食べるものも、住む場所も、頭を撫でてくれる誰かも。
野良猫みたいな僕らは、それでも歩く。
さあ、生きよう。
その猫は海原を駆ける夢を見る【1分で読める創作小説2025】 にわ冬莉 @niwa-touri
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