第25話 母親とデート
「……というわけで、来週“自然教室”行ってくる」
夕飯を終えて、浩太は学校から持ち帰ったプリントをテーブルに出した。
母の香澄がそれを受け取って目を通すと、すぐに眉をひそめる。
「泊まり込み? 男女混合で?」
「まあ……そうなるけど、部屋は当然別だよ」
「それは分かってるけど……この世界の危険はこの前の件で理解したでしょ」
浩太が苦笑いで誤魔化すより早く、隣の席の美央が無言で立ち上がった。
スプーンをテーブルに“カタン”と落き、ゆっくりとこちらを振り向く。
「──泊まり?」
その声音は、妙に低く静かだった。
「え、あ、うん。学校行事だし……せっかくなら」
「“せっかく”ねぇ」
美央はグイッと顔を近づけてくる。
「せっかくなんて理由で、知らない女子と寝泊まりするの? ……お兄ちゃん」
「いや、違うって! そういうんじゃ──」
「ふぅん。で? その女子たちって、どうせお兄ちゃんのことを薄汚い目で見てるクラスの雌共でしょ?」
「おい美央、口が悪いぞ!」
「話、そらさないで。 自然教室なんてぜっっったい行かせないから!!」
美央の嫉妬がここまで爆発するとは……この前のネトゲの件のほとぼりが完全に冷めてなかったのがまずかったか……
「安心して。お兄ちゃんの“思い出作り”は、全部私とこの家で作るから」
「……怖いこと言わないで」
横で聞いていた姉の梨花がため息をつく。
「美央、それくらいにしときな。浩太だってちゃんと反省してるでしょ」
「反省? ふふ……足りないと思うけど」
母さんが空気を変えるように咳払いをした。
「……まあ、仕方ないわね。行ってらっしゃい。ただし、何かあったらすぐ連絡して」
「わ、分かってるって……」
家族全員の視線を浴びながら、浩太はそっとプリントを置いて、部屋に逃げ込んだ。
次の日の放課後、俺は母さんとショッピングモールに来ていた。
「久しぶりの浩太とのデート。 ドキドキするわね~」
母さんは満面の笑みで俺の手を握ってきた。
「何言ってんだよ、今日は自然教室の靴と服を買いに来たんだろ」
……まあ、母さんも楽しそうにしてるし、俺も楽しむか。
「まずは下着ね」
「いや、今あるやつでいいだろ」
「だーめ。あなた、いつも適当に選んでるじゃない。ほら、破れたのとか履いてたでしょ」
「うっ……」
確かに、一部事実だ。だが言い返す間もなく、母さんは迷いなく店の端にある“メンズ”のコーナーへ。
「これとかどう? カラフルで元気出そうじゃない?」
母さんが手に取ったのは――蛍光ピンク地に巨大なスマイルマークがドン、と描かれたトランクス。
「母さん……それ、目が痛いんだけど」
「若いんだから、これくらい明るいの履きなさいよ」
「いや、若いとかの問題じゃないって!」
さらに母さんの手は次々と別の物へ。
「じゃあ、これ! ドラゴン柄! こういうの好きだったでしょ?」
「いつの時代の話してんだよ!」
実はうちの母親は絶望的にファッションセンスがないのだ。 うちの財務大臣である為、尊重したいところではあるが、俺にも恥やメンツがあるのだ。
「……もう自分で選ぶ」
「えぇ~、つまんないわね」
「母さんのセンス、絶望的なんだよ!」
「ええっ!」
結局、俺は地味な黒とグレーの下着を数枚つかんでレジに向かった。
後ろでがまだブツブツ言っている。
「黒なんてつまらないわ。人生、色がないと」
「母さんの色は強すぎるんだよ……」
ようやく下着を買い、パジャマと靴を新調した俺は、どっと疲れを感じていた。
しかし、会計を終えた、母さんは何やら満足そうに笑っていた。
「結局、地味なのにしたけど……似合ってると思うわ」
「ほんとにそう思ってんのかよ」
「ええ、浩太は何を着ても似合うけどね!」
紙袋をぶら下げ、帰り道を歩く。
靴、下着、ついでにパジャマまで。今日一日で俺の精神力は、ほぼ使い果たされた。
「ねえ浩太、いい買い物だったわね!」
隣で母さんが満足げに笑う。
「……母さんが楽しんでたのはわかるよ」
「親子の買い物デートよ? 楽しまなきゃ損でしょ」
「デートって言うな」
そうやって小さくため息をついたときだった。
「――あれ? 母さん、浩太?」
聞き慣れた声に振り向くと、おそらく部活帰りの姉さんが立っていた。
「二人で買い物にでも行ってたの?」
「そうよ、自然教室の準備!」
「ふーん……って、まさか母さんが浩太の服も選んだんじゃないでしょうね」
「もちろん見繕いはしたわよ。母親の務めですもの」
「嫌がってたでしょ、母さんのセンスは絶望的だものね」
母さんがムッとした顔で反論する。
「あんた達のセンスなんてまだまだおこちゃまよ。大人のセンスに任せておけば間違いないのよ!! あなたも昔は私の選んだ服を喜んで着ていたくせに」
「小学生の時の話を引っ張らないでよ!」
いつもの口喧嘩が始まったが、もちろんお互いじゃれてるようなものである。
結局、二人は俺を挟んで両腕を組みながらたわいもない話で盛り上がっていた。
その空気が妙に居心地よくて、俺もつられて笑った。
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