迷宮核に転生した俺、人も魔物も喰って無限進化 魂ガチャで無双します。

桃神かぐら

第1話 石の中の目覚めと初めての血

 目が覚めた――そう思った。

 けれど、俺にはもう「まぶた」という境界がない。

 ただ意識だけが、暗い水面の下から浮き上がっていく。


 色も形もなく、気温も風もない。

 けれど、静かに沈んだ湖底のような“感触”だけがあった。


(……俺は、死んだんだよな)


 思い出すのは、倒れ込むように伸ばした右手。

 守ろうとした背中。

 細い肩。

 あの日、名前を呼ばれたような気がしたけれど――返せなかった。


 骨が砕けた音よりも、

 皮膚が裂ける熱よりも、

 胸の奥の「間に合わなかった」という空洞だけが、今も残っている。


 そこで記憶は途切れている。


 視界が、ひらいた。


 洞窟だ。

 冷たい石壁。しずかに降る水滴の音。

 奥へ続く階段は、呼吸をしているみたいにうっすらと揺らいでいる。


 迷宮。


 その中心に――俺は、固定されていた。


 胸の奥。心臓でも肺でもない場所が、どくん、と脈を打つ。

 透明な宝玉。

 それが俺の命であり、形であり、存在そのものだと、理解より先に本能が告げていた。


(俺は……コアになったのか)


 次の瞬間、声が流れ込んだ。


 ――助けて

 ――こわい

 ――戻れなかった

 ――名前を、忘れないでくれ


 泣き声でも叫びでもない。

 これは、死んだ人間の「思い」の残滓だ。


 消えきれなかった願い。

 言えなかった言葉。

 帰れなかった道。


 それらが、俺に吸い寄せられている。


 光のウィンドウが浮かぶ。


【魂残滓を吸収しますか?】

 → はい

 → いいえ


 考えるより先に、俺は 「はい」 を選んでいた。


 光が流れ込む。


 痛みはない。

 かわりに、「生きていた証」が折り重なって落ちてくる。


 薪を割る感触。

 笑いながら交わされた冗談。

 泣き止ませるために撫でたあたたかい頭。

 春の風。夏の汗。秋の影。冬の息。


 誰かの人生が、俺の胸に刻まれていく。


 奪ったんじゃない。

 捨てられたものを、拾い上げただけだ。


【スキル獲得】

〈捕食進化(プレダティオ・エヴォルタ)〉

 死者・魔物・記憶を資源化し、迷宮と自身を強化できる。


(……そうか)


 俺は、生き返ったわけじゃない。

 生き直す側 に回ったんだ。


 階段の上から、足音がした。


 生きた人間が、この迷宮に来る。

 迷い、怯え、死に――ここに積もる。


 だがもう、ここはただの墓じゃない。


「喰って積み上げる。

 ここは、終わりじゃなく、再生の場所だ。」


 核が脈打つ。


 迷宮が目を覚ます。


 運営を始めよう。



 ——白い蛍光灯。

 紙の束。赤いハンコ。崩れたまま動かない右手。

 あの日、守れなかったのは「部下」ではなく、「後輩の女の子」だった。


 誰かが笑っていた気がする。コーヒーの匂い。徹夜の目の痛み。

 守れなかった、という感覚だけが、どこかで鳴っていた。


 だから次は、壊さない。

 そう願った瞬間、光が裏返った。


 目が覚めたとき、俺は山の腹に空いた暗い穴の中にいた。

 身体は人の形。だが胸に冷たい鼓動——透明な宝玉が埋まっていて、鼓動のたびに洞窟の壁へ脈のような光が走る。


 足を一歩、前に出す。

 ——ガラ、ガララ……。

 足元から石畳が生まれ、闇の先へと回廊が伸びていく。壁には松明が自動で灯り、空気が湿り、土の匂いが濃くなった。金属を舐めたみたいな微かな味が舌に浮かぶ。味覚はないはずなのに、洞窟そのものが神経になっているみたいだ。


(……俺は、生きてるのか? いや、これは——)


【起動:人型ダンジョンコア/識別名未登録】

【迷宮階層:1 魔力貯蔵:10】

【基本機能:罠生成/魔物召喚/魂吸収/迷宮拡張】

【特異機能:《歩廊生成》《魂ガチャ》】


 頭の内側で、誰の声でもないシステムが読み上げる。冗談みたいだが、理解はやたら早い。俺は“歩く”だけで迷宮を作る、異常な存在らしい。胸の宝玉——コアが、微かに熱を持つ。


 もう一歩。

 石畳が伸び、最奥に小さな間(ま)が生まれた。そこに、ぷるぷる震える青い塊が現れる。


「……スライム?」


 呼んだ覚えはない。だが、そいつは俺を見上げ、嬉しそうに跳ねた。宝玉がさらに温かくなる。


【魔物:スライム(Lv1)が自発的に集合しました】

【忠誠:高/名付けで成長率上昇】


「お前……ここが居心地いいのか」

 返事はない。ただ、体を半月型にして擦り寄ってくる。ぬるい弾力が、なんだか人懐っこい。


「じゃあ——ゼルでどうだ」

 名を与えた瞬間、青が一瞬だけ濃くなった。


【名付け成功:ゼル】

【ゼル:成長補正+5%/簡易命令リンク確立】


 胸の奥が少し軽くなる。見知らぬ世界で最初に出会ったのがスライムってのも、悪くない。ふと、蛍光灯の白さと紙の束が遠のいていくのを感じた。代わりに、松明の炎が目の裏で揺れ、洞窟の呼吸が耳に入る。


 外は風の音。高い鳥の声。ここが本当に山の中だと、耳を澄ますだけでわかる。

 俺はコアを抱えた胸に手を当てた。


(わからないことだらけだ。だが——殺されれば終わる。まずは生き延びる)


 そのとき、足音が近づいた。岩場を踏む、二人分の重さ。松明の匂いが空気に混じる。


「……新しい穴だ。地図にないぞ」

「金目の鉱脈でも掘り当てりゃ、俺らの勝ちだ」


 入り口の暗がりから、若い男二人が現れた。粗末な革鎧と刃こぼれの剣。駆け出しの採掘屋……いや、腕に巻いた赤い紐は冒険者ギルドの仮登録。汗と獣脂の匂い。目に浮かぶのは、金の光ではなく空腹の色。


 俺はゼルを手で制した。突っ込ませれば斬られる。

 コアの鼓動が早まる。視界の代わりに、回廊全体の「情報」が脳に流れた。床の硬度、壁の厚み、足元の傾斜、空気の粘り、足音の重心。わかる。これなら、できる。


「ゼル、あの岩陰に隠れて合図を待て」


 ぷるっ、とゼルが跳ねて影に溶ける。俺は壁に手を当て、頭の中で仕掛けの形を描いた。


簡易罠石槍:設置コスト1】

【設置位置:前方三歩/発動条件:重量感知】


 床石の隙間に、見えない筋が走る。松明の明滅に合わせて、石の目が眠った蛇みたいに縮む。


「お、灯りがある。誰か先に入ったか?」

「気にすんな。さっさと奥へ——」


 若い方が足を踏み出した瞬間、石槍が床から突き上がった。鋼ではない、粗い岩の穂先。だが至近で不意を打つには十分だ。


「っが——!?」

 喉の短い音。胸を貫かれた男が崩れる。もう一人が剣を抜いた。

「て、罠だ! クソ、引け——」


「今だ、ゼル」


 青い塊が陰から飛び出し、足首に巻き付いた。ぬめりが皮革の隙間に潜り、筋を締め付ける。男がよろめいた瞬間、俺はもう一つの仕掛けを発動させる。


【落石:天井脆弱化/コスト1】


 ぱき、ぱき、と嫌な音。頭上の岩片が剥がれ、雨のように落ちる。男は腕で頭を庇ったが、膝が崩れた。次の一撃は、俺自身の手で決めた。


 ——刃は要らない。壁が武器になる。


 突き出した掌に、床の石が呼応する。小さな石柱が伸び、男の胸当ての隙間を穿った。体温が、足元へ零れる。金属の匂い。血はすぐ石の目に吸われ、暗く濡れた模様になった。


【侵入者を撃破しました】

【魂吸収:筋力+7/器用+5/剣術Lv1/採掘知識Lv1/地図の断片】


【記憶断片:リクト——妹にパンを買って帰ると約束した青年の笑顔】

【記憶断片:ハルオ——石目を読む癖を父に叩き込まれた少年の汗】


【魔力+8/迷宮階層:1 → 2】

【新機能解放:小部屋生成/魔物召喚(ゴブリン/コウモリ)】

【魂残滓:2/10】


 胸のコアに、温かい奔流が注ぎ込む。痛みはない。代わりに、彼らの断片が脳に刺さった。妹の笑い声。鉱脈の光。硬いパンの端を噛み千切る歯。

 吐き気が込み上がる。喉が熱くなる。だが立ったまま、呼吸を一つ整えた。


(……俺が生きるためだ。無駄にはしない。お前らの残したものは、俺が使う)


 倒れた二人を見下ろし、手を合わせる。祈りの形も、彼らの記憶が教えた。

 ゼルが俺を見上げる。心配そうに、ちいさく震える。


「大丈夫だ。ありがとう、ゼル。お前が引き止めてくれなかったら危なかった」


 ゼルが誇らしげに跳ねる。胸の重さが、ほんの少し和らいだ。

 血の匂いは松明の煙と混じり、洞窟の味に変わっていく。石畳はもう乾き、さっきの死が、床の模様の一部になりつつあった。


 入口まで戻る途中、俺は小さな祈りの間を作った。三歩四方の静かな凹み。

 石の床に、短い線を刻む。ここで死んだ者のための、印。

 誰に許されるわけでもないが、俺はそうしたかった。記憶の断片が教えた“帰る道”が、ここでは床の線になって刻まれていく。


 罠は殺すためじゃない。倒れないために置く。

 ここは墓じゃない。帰れなかった者が、ようやく“帰る”ための場所だ。

 俺は奪っていない。零れたものを拾い上げて、歩ける形に戻しているだけだ。


 それからの数刻は、慣らし運転だ。

 回廊を曲げ、脇道に袋小路を作り、落とし穴の位置を自分の足で確かめる。松明の本数を減らすと、空気が薄暗く締まり、音が遠くなる。呼吸のペースで、洞窟の気圧がわずかに上下する。——いや、呼吸じゃない。俺の意思だ。意思が、ここでは温度や明るさや硬さに翻訳される。


 入口に布を張ったような気配。四人分の足音。先ほどより装備は良い。革ではなく薄鉄、剣だけでなく槍、肩にロープ。鼻の奥が冷たくなる緊張。

 俺はゼルに指を立て、回廊の影に潜むゴブリンを三体生成した。脆い。だが、囮にはなる。


【魔物召喚:ゴブリン×3(Lv1)/コスト各1】

簡易罠足払い線:設置コスト1】

【環境調整:床石の摩擦係数−小】


 四人組が入ってくる。

 先頭は長槍の男。後ろに短剣の女。中段に剣と盾、最後尾に荷物持ち。

「灯りの色が違う。人の手じゃねえな」

「罠感知——右二歩。床の目が滑ってる。足元注意」

 さっきの二人より、はるかに“生きてる”。

 槍の男が足払い線をぎりぎりで跨ぎ、盾の男が天井を見上げ、女が壁の隙間に指を差し入れて微かな風を読む。——いい嗅覚だ。こっちの仕掛けがわかる相手は、やり甲斐がある。


 俺は呼吸を止め、心の中で秒を刻む。

 囮のゴブリンが飛び出し、盾が受け、槍が突き、短剣が喉を掠める。囮は一瞬で崩れる。代わりに、床の摩擦が落ちたところに槍の石突が滑り、男の体勢が半歩崩れた。

 その半歩で十分だ。俺は壁の石目を噛ませ、狭い横穴から《石槍》を斜めに突き上げる。


 喉を裂く音。血が噴く。槍男が片膝をつき、盾の男が即座に引き込んで壁際に運ぶ。短剣の女は俺に気づいた。視線がぶつかる。

「人間? いや……コア?」

 彼女の瞳に、俺の胸の宝玉が映った。剣先がわずかに揺れる。恐怖か、好奇か。


 ゼル。

 俺は名を呼ぶ。青の影が床を走り、女の足首に絡む。女は反射で短剣を振り下ろし、ゼルの体液が床に散る。痛覚はない。だが、俺の胸のどこかが冷たくなった。

 怒りは武器になる。だが怒りで仕掛けを乱すのは悪手だ。

 俺は一拍遅らせ、女の動きが止まる瞬間——息継ぎのタイミングを狙って、天井の石目を“緩めた”。


【落石:微】

簡易罠砂塵:視界遮断・短】


 砂が女の目に入り、短剣の刃筋が逸れる。盾の男が怒鳴る。「退け!」

 退路は、紙より薄くしてある。

 足元の石が僅かに沈む。——そこは空洞。

 荷物持ちが悲鳴を上げ、その声に女の注意が逸れ、俺は正面から踏み込んだ。

 人型である利点は、足が二本あることだ。距離ゼロへ踏み込み、手のひらで女の胸当ての隙間を探る。指に伝わる皮の縫い目。そこに石の棘を生やす。


 鈍い音。女の体がくの字に折れ、俺の肩に血がかかる。温度は——人肌。

 盾の男と荷物持ちが同時に突っ込んでくる。退く。敢えて退く。床石の段差を一段落としておいた地点で、二人の重心が崩れる。


簡易罠段差落ち:設置済】

【環境調整:音響反射—増】


 音が回る。叫びが自分に返ってくる。混乱したところへ、ゼルが女の短剣を押し返し、ゴブリンの残骸が床の上で邪魔をする。

 俺は正面の男に膝を入れ、石の柱で背中を押し、壁の角に頭をぶつけさせた。

 静寂。松明の炎だけが揺れた。


【侵入者を撃破しました】

【魂吸収:体力+12/敏捷+4/槍術Lv1/罠感知Lv1/薬草知識Lv1】

【記憶断片:ゲン——長槍を師から受け継ぎ、村を守ろうと誓った男の影】

【記憶断片:カズマ——草の匂いを嗅ぎ分け、仲間の傷を癒そうとした優しい手】

【記憶断片:トオル——剣を振るうも、臆病さを隠せなかった青年の叫び】

【記憶断片:ユナ——妹を養うため男装し、無理やり笑っていた少女の涙】

【魔力+12/魂残滓:6/10】

【新機能:小型拠点安全室/回復泉(微)】


 膝が少し笑った。俺は壁際に背を預け、呼吸を整える。

 初めて人をまとめて殺した、という事実が、遅れて胸に刺さってくる。

 喉が焼ける。胃の底がひっくり返る。手を見れば血で濡れている。さっきまで自分のものだった皮膚が、今は石の延長みたいに思える。——人間でいた感覚と、この世界の“器”が、まだ噛み合っていない。


(生きるためだ、なんて言い訳は簡単だ。けど、事実でもある。俺が死ねば、ここも消える。ここが消えれば、さっき手に入れた記憶も、約束も、全部消える)


 女の記憶に、妹の笑顔があった。槍男の記憶に、師匠の背中があった。

 彼らは俺を殺すために来た。俺は彼らを殺した。

 等式は簡単だ。難しいのは、等式の裏にある温度だ。

 俺は指先の血を床に擦り付け、祈りの間に一人ずつ運んだ。

 線を刻む。名前は知らない。でも、刻む。

 ここは迷宮で、俺はコアで、迷宮は殺す場所だ。それでも、線ぐらいは刻める。


 ゼルが近づいてきて、俺の足に触れた。

 ぬるい。ぬるいのに、体温みたいに落ち着く。

「……ありがとな。お前がいたから、俺は怖がりすぎずに済んだ」


 ゼルは“ぴょん”と跳ね、祈りの間の縁を一周して戻ってくる。床の線に青が映り、短い光の帯が走った。


【魂残滓:10/10 《魂ガチャ》起動可能】

【初回ボーナス:レア度補正+】


 来た。

 胸のコアが澄んだ音を鳴らし、光が回転する。金属質のカラカラでも、紙のシャカシャカでもない。水面に投げた小石が波紋を重ねるみたいに、静かで、でも確実に高まっていく音。


 青(N) → 緑(R) → 紫(SR) → ……金(SSR)の輝きに弾かれ、紫紋章が前に滑り出る。


【結果:SR《統率のささやき》】

【効果:迷宮内の低位魔物の協調行動が向上/簡易戦術指示が伝達可能】

【副賞:N《小火球》】


 胸の奥に透明な糸が張る感覚。ゼルに伸び、さらに外から滲む気配へ。低い唸り。羽音。牙の擦れる音。魔物たちが、この場所に惹かれている。

 統率——いい。群れで動かせるなら、無駄死にが減る。

 小火球——悪くない。松明の予備になり、罠の起爆にも使える。


「ようこそ。ここは——俺たちの棲家になる」


 俺は立ち上がり、最初の命令を出した。

「ゼル、迎えの態勢を取れ。《統率》を使う。群れで動くんだ」


 ゼルが高く跳ねる。青い波紋が床を走り、ゴブリン残骸の周りに漂っていた微細な魔素が集まって、小さな影たちが膝を折るみたいに形をととのえた。

 闇の向こうで、低い唸りが応えた。

 生き延びるために喰らい、強くなる。

 迷宮は歩けば広がり、仲間は死ねば還る。

 俺は——俺たちは、ここで生きる。


 回廊の枝を二本増やし、行き止まりの先に《安全室》を一つ用意する。壁に水脈がある場所を選び、微弱な魔力で湧き水を引いて《回復泉(微)》に調整。空気の流れをいじって淀みを抜き、松明の煤が溜まらないように天井に細いスリットを刻む。

 作業は、経営に似ている。資源配分、リスク管理、ユーザー行動の予測。違うのは、その“ユーザー”が俺を殺しに来るかもしれない、という一点だけだ。


 入口の外、風が変わった。雲が厚くなって、雨の匂いがする。

(地上は夜になる。こっちは灯りを増やす。外の暗さは、ここの明るさで埋める)

 松明を数本増やし、代わりに天井の蜂の巣みたいな凹みに燐光石を散らして視覚の疲労を減らす。暗闇の不安と、明るすぎる苛立ちの真ん中。人間の目は、そこが一番長く戦える。


 石の机を一つ。石の椅子を二つ。

 座って、息を吐く。

 蛍光灯の白、紙の束、赤いハンコ。崩れた手。

(……守れなかった。なら今度は、壊さない。ここを、壊されない場所にする)


 ゼルがずりずりと這ってきて、石の椅子の脚に体を絡める。

「なぁ、ゼル」

 青がこちらを向く。形はない。けれど、不思議と“目が合った”気がした。

「俺が消えても、この場所を守れよ」

 スライムは何も言わず、ただ松明の光を反射していた。

 それが「はい」という返事に思えた。


 外は風。

 中は炎。

 足音は、まだない。


 次に来るのが、冒険者か、軍隊か、あるいは——。

 どちらにせよ、進むしかない。胸のコアが、静かに明滅する。

 生存のために。

 そしていつか、誰にも踏み荒らせない、確かな“家”のために。


【同調率】ゼル:上昇中(しきい値到達で変異候補解放)

【迷宮階層:2 魔力貯蔵:29】

【構造保存:初期図面/祈りの間/安全室#A/回復泉(微)】

【運用メモ】

・入口に粉線(白)を試験導入。帰路誘導と罠の誤発を抑制。

・拾得装備は溶解保管。素材再利用の見込みあり。

・魂ガチャ次発動:残滓10で可。目標:支援系(連携・回廊作成)。


 ゼルが小さく跳ね、青い尾をひいた。

 俺は立ち上がる。

 歩けば、道ができる。

 歩く限り、ここは続く。


 ——ダンジョン《未命名》、運用開始だ。


 足下の石が、ひとつだけ脈打つように明滅した。

 迷宮は、聞いている。

 俺の思考も、息遣いも、選んだ進路すらも。

 ここはただの洞ではない。この体内は「記録」だ。

 生きたまま積みあがる、魂の層。


【同調率:32%】

【感情連絡:微弱 → 安定】


 ゼルが振り返り、まるで問いかけるように目を細めた。

 名はまだ要らない。

 名は“願い”だ。

 願いは、まだ形になりきれていない。


 遠く、暗がりの奥で、水滴が落ちる音がした。

 その一音はやけに澄んで、境界の向こう側を示すかのようだった。


 ——この迷宮は、おそらく俺だけのものでは終わらない。

 必ず、誰かが来る。


 奪うためか。

 祈るためか。

 喰らうためか。


 それを知るのは、もうすぐだ。


【魂残滓:6 → 次段階まで4】

【迷宮心核:揺らぎ/安定の境界域】


 息を一つ。

 深く。

 静かに。


 迷宮は、まだ目を覚ましきっていない。

 だが——準備は整いつつある。

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