第44話 魔力の使い方

 ――シオンたちの新しい家(研究室)へ荷物を運び終え、皆で椅子に腰掛けながら一息吐く。

 

「ふぅ、終わったか〜、ホルンもお疲れさん」

「ワフッ」


 家の中に運んだ資材や荷物を移動させるのを手伝ってくれたホルンにも、労いの言葉をかけると、短く返事を返してくれた。


「お前は本当に賢いよなぁ、俺たちの言うことも理解してさ」


 ディランの言葉に、ホルンは『ワゥ?』と首を傾げる。


「……村で一緒に住んでた時から、賢いんだ」


 そんなホルンの頭を、リィンが優しく撫でると気持ちよさそうに目を細めて、大きな尻尾をふわふわと左右に振っていた。


「ほんとにね、今日はご褒美に私特製の薬湯で綺麗に洗ってあげるからね」


「薬湯か、なんか身体に良さそうだな」


「当然よ。冷え性、肩こり、血行促進に疲労回復……ねぇ!これ、魔力で強化したら凄いことにならないかしら!?」


 急に瞳を輝かせて詰め寄るシオンにたじろぎながらも、その考えに感心する。


「確かに、いい考えじゃないか?」

「そうね、お湯に浸かりながら健康になるなんて良いこと尽くしじゃない」

「でも、魔力を込めるって、具体的にどうすればいいの?」


 (魔力の込め方か……)


「う〜ん、基本的なことなら教えられると思うが」

「ほんと!それで十分よ!あとは自分で練習して試してみるから!」


 (いつもは淡々としてるのに、薬草のことになるとほんとに人が変わるな)


「それじゃ、簡単に説明するか」


「ええ、お願い」


 シオンは姿勢を正し、真っ直ぐにディランを見つめる。


「まず、シオンの場合、小さな障壁を展開させることはできてるだろ?」


「えぇ、それしかできないのだけど……」


「いや、それが大事なんだ。障壁を球体に形成して、その中に粉塵を込めて投げつける……これと同じことを他の人間がやろうとしても、まず、うまくいかない」


 その言葉にシオンだけでなく、フラムまでも首を傾げる。


「なんでうまくいかないのよ?」


「それはだな……そもそも障壁を展開させるには、その大きさや強度を頭の中で思い描いて、それ相応の魔力をマナと練り合わせて一度に放出させないといけないんだ。だが、展開させる障壁が小さくなればなるほど、使う魔力が少なくなる代わりに、より精密な魔力操作が求められる」


「魔力操作……」


「言葉通り、体内の魔力を自分の思い通りに操作することなんだが、これが一番難しいんだよ。それをシオンは普通にできてるわけだが」


「ええ?私もかなり練習したわよ。何度も繰り返してやって、やっとできたのがこれぐらいだっただけで」


 シオン自身は、自分が精密な魔力操作をしてる自覚がないらしく、そんな彼女にディランは首を振りながら声をかけた。


「もちろん、繰り返し練習することは大事だが、それだけじゃダメなんだ」


「そうなの?」


「ああ、魔法の適正があっても、それぞれに個性があるんだ。俺の場合は、身体の中でマナと魔力を練り合わせられても、それを外に放出することができないんだが」


「放出……」


 魔法についてよくわかってない面々がディランの言葉に揃って首を傾げる。


「放出できないと、障壁を展開させたり、治癒術を発動することもできないんだよ」


「へぇ……よくわかんないけど、魔法って奥が深いのね」

 

「まぁ、話を戻すが……シオンは精密な魔力操作と、それを放出する素質が高いんだ。俺の世界じゃそういうやつは土壌に魔力を込めて作物の成長を促すことが得意だったから、薬草にも同じことができると思うんだ」


「魔法で作物の成長を……それなら、薬草そのものに魔力を流すより、自分で栽培した方が良さそうね」


 シオンは口元に手を当てて目を細めると、自分の考察を述べた。


「まぁ、その方が成功する可能性は高いかもしれんが、俺もそっち系の話は詳しくないもんでな……」


 ディランは申し訳なさそうに頬を指で掻いた。


「いいえ、おかげで研究の方針が決まったわ。でも、ディランは魔力を放出できないって言ってたじゃない?どうやって土壌に魔力を込めるの?」


「ん〜、俺が聞いた話だと、土の中に根を生やすように治癒術をかける要領でやればいいらしいんだが……毎日少しずつ、時間をかけて流し込むのが重要なんだとよ」


「え?私、治癒術は使えないんだけど……」

「それはやってみないと分からんのだが、傷を治すほどの魔力を流し込むと作物は栄養過多で枯れてしまうらしいんだ」

「なるほどね、とにかくやってみるしかないか……まずは庭を薬草を栽培できるように……」


 シオンはぶつぶつと呟きながら、研究をどう進めていくか考え始めてしまった。


「……自分の世界に入っちゃったわね。さて、休憩もできたし、帰ろうかしらね」


 フラムは椅子から立ち上がり、身体をぐ〜っと伸ばすとリィンへ声をかける。


「リィンもホルンも大変だろうけど、シオンのことをお願いね。あの娘、薬のことになると周りが見えなくなるから」


「わかってる、ちゃんと見張ってるよ」

「バゥ」


「二人とも頼りになるな。あの調子じゃこっちの声は聞こえてないみたいだし、俺もそろそろ帰るよ」


「うん……フラムも、おっさんも、気をつけて」


 ――薬と魔法の可能性を思案し、自分の世界へと思考を沈めるシオンを他所に、フラムとディランは帰路についた。


 その道中……


「ねぇ、ディラン……」


 二人で横に並んで歩きながら、フラムが静かに声をかける。


「ん?どうしたよ」


 横目で見たフラムの髪は、夕陽を背に淡く燃ゆる緋炎のように煌めいていた。


「迷い人のこと、調べた後はどうするつもりなの?」


「どうする……か。実は何も考えてないんだよな」

 (自分と同じ境遇をたどった者の記録を調べて、その後俺は、どうしたいんだろうか……)


「そう……元の世界に帰りたい、とか思わないの?」


「……正直、帰りたいとは思ってない」


  イスフィールに帰ったところで、迷宮の侵蝕を抑えるために戦い続ける生活に戻るだけなのは、考えるまでもなかった。

 そうまでして、守りたい家族や友人もいないのだ。精々、一緒に戦った小隊のことが気にかかるぐらいなものだが……


「俺がいなくなったところで、騎士団に影響は出ないだろうし、待ってる家族もいないからな」


「家族がいないって、どういうことよ?」


 ディランの言葉に、少し驚いた様子で振り返るフラム。


「そう言えば、この話はしてなかったか……俺の家族も故郷も、もう残っていないんだ。だから、どうしても帰りたい理由はないんだよ」


「だったら、どうして伝承のことを調べようとしてるのよ」


「それは……俺と同じようにここに来たやつが、どうなったのか興味があるから、かな」


 ゆっくりと歩いていた足を止めて、フラムへと向き直る。


「その後のことは、本当に考えてない。このままここで生きていくのもいいしな」


「そう……あんたがそれでいいなら、いいんじゃない?」


 フラムはそう言うと、ディランとは違う方向へゆっくり歩き始めた。


「それじゃ、あたしの宿はこっちだから。明日の仕事、しっかりやんなさいよ」


「おう、大事な初仕事だからな、気合い入れて行くさ。それじゃ、またな」


 ニカっと笑顔を見せながら手を振り、ディランは種火の燭台へと向かって帰っていった。

 その後ろ姿を見ながら、フラムの口から言葉が溢れた。


「……あたし、どうして」


 ディランの話に、胸の奥がぎゅっと縮んだかと思えば、ほんの少しだけ、ふっと軽くなるような感覚があった。


 自分でも理由なんて、わからない……


 「もう、なんなの……」


 フラムは小さく首を振って、歩き出した。

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盾騎士クロニクル〜異世界に迷い込んだおっさん騎士の冒険譚〜 松ノ ソナタ @xage0407

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