第12話 ブートニエール
ノアが目を覚ましたのは、それから三日後のことだった。
ベーテルが部屋を訪れた時に、たくさんのベゴニアの中でノアとユリアスが倒れていた光景を目撃し、真っ青になりながら医師を呼びに行ったとのことだ。
「あの時の光景を思い出すだけで、今でも心臓が止まりそうになります」
「あはは……そうですよね。本当に、ごめんなさい」
「もう体調は大丈夫ですか?」
「うん。すっかり……」
「それはよかったです」
ベーテルは多くの事をノアから聞き出そうとはしなかった。そんな気遣いがとてもありがたい。
ガーデニングに陥ったときの体のダメージはほとんど残っていない。泣き腫らした目も腫れぼったくはないし、疲労感もない。きっと、医師やベーテルをはじめとした家臣たちが、一生懸命に自分の世話をしてくれたのだろう。
ユリアスも無事に公務に戻ったことをベーテルから教えてもらい、ノアはホッと息を吐く。あの時は感情に任せてユリアスを殺そうとしたが、今となってはなんと恐ろしいことをしたのだろう、と血の気が引く思いだ。
「リヴィア教会のソフィア司祭を最近見かけない」と、ベーテルが言っていたから、きっと何らかの制裁が加えられたのだろう。
——次は、俺の番だ。
ノアの中で、すでに覚悟は決まっていた。一国の王を暗殺しようとした自分が、このままのうのうと過ごしていられるはずがない。
「今日、陛下が
「そっか。わかった」
そして、ついにその日がやってきたのだ。
この城を追放されるだけで済むはずがない。きっと命を持って償うこととなるだろう。そう考えれば恐怖がノアに襲い掛かる。でも仕方がない、それほどの罪を自分は犯してしまったのだから——。
その日ユリアスを待っている時間は、ノアにはとても長く感じられた。
正午が過ぎて少しした頃、ユリアスが箱庭にやってきた。
「ユリアス……」
その元気そうな姿にノアはホッと胸を撫でおろす。あの時は無我夢中でユリアスにベゴニアの花を食べさせたけれど、本当に無事でよかったと、ノアの胸は熱くなる。
どんな罰でも受けよう、ノアはユリアスに向かい深々と頭を下げた。
「アッシュ、下がっていてくれ。ノアと二人で話がしたい」
「はい」
ユリアスがすぐ隣にいたアッシュにそう告げると、アッシュが箱庭を後にする。そんなアッシュも元気そうでノアは安堵した。
「ノア、体は大丈夫か?」
「え?」
「ガーデニングに陥って、さぞや体に負担がかかっただろう? もう体は大丈夫なのか?」
「あ、うん。もう大丈夫だ」
「そうか、それはよかった。すまない、全て花食みである私の責任だ」
ユリアスは頬を緩めながらノアを抱き締めてくれる。ノアを抱き締めるユリアスの体は、あの日のユリアスと違いとても温かい。触れ合う胸からは、確かに鼓動だって感じることができる。
「よかった。ユリアスが無事で……」
ノアは夢中でユリアスにしがみついた。
「お前が無事でよかった。あんな酷いことをしてすまなかった。俺はどんな罰だって受ける覚悟だから……なんでも言ってくれ」
「——罰だと?」
その言葉にユリアスが眉を顰める。それからいつものように微笑みを浮かべた。
「私は其方に罰を与えるつもりなど全くない。むしろ、罰を受けてしかるべき存在は私だろう。其方の両親を殺め、村人たちも手に掛けたのだから……」
「でもそれはイヴァンであって、お前じゃないんだろう?」
「それはそうだが……」
ノアがユリアスの洋服を掴むと、困ったように笑ってから優しく髪を撫でてくれた。
「そのことで、其方に見せたいものがあってやって来たのだ」
「見せたいもの?」
「あぁ。もし体調が大丈夫なようだったら、私についてきてくれるか?」
自分に向かって差し伸べられた手を、ノアはそっと掴む。ユリアスはゆっくりと歩き出し、箱庭の窓際のほうへとノアを誘導した。
「ノア、あの石碑が見えるか?」
「え? どれだ?」
「リヴィア教会のすぐ脇にある小さな石碑だ」
「あ、あれか……」
ユリアスは小さな石碑、と言ったがそれはノアからしてみたら、とても立派な石碑に見えた。三角錐のてっぺんには十字架が乗せられ、そのすぐ隣にはダルメア像が建てられている。きっと地位のある人の墓なのだろう、とノアは感じた。
「あれが私の双子の兄、イヴァンの墓だ」
「あれが……」
「あの墓石にはイヴァンの名は刻まれていない。彼が亡くなったこと自体が、この国ではあまり知られていないのだ。第二王子の姿が見えなくなったが、私が他国に養子に出された——。きっと皆がそう思っているだろう」
「そうなんだ」
「イヴァンが家臣に暗殺されたことは闇に葬られ、私がイヴァンとして生きてきたのだ」
ノアがユリアスを見ると寂しそうな顔をしている。それと同時に、辛そうな顔をしているようにも見えた。きっと彼もイヴァンとして生きていくことが、余程苦しかったに違いない。
「リリス村をイヴァンが襲撃した日、私もあの場にいたのだ。そしてイヴァンと其方が対峙している光景を目撃した私は、其方を気絶させた。私はどうしても其方を守りたかったのだ」
「あ、あの時の……」
『駄目だ、いけない』という声をノアは思い出す。あれはユリアスの声だったのか——。もしあの時止めてもらえていなかったら、自分は国王陛下に歯向かう反逆者になるところだった。
「私はイヴァンから其方を守りたい一心で、其方を以前から顔見知りだったクレイン夫妻に預けた。ノアをここに匿ってほしいと頼み込んだところ、クレイン夫妻は快く引き受けてくれたのだ」
「だから、俺はあの教会にいたんだ」
「そうだ。悲しい思いをさせてすまなかった」
ユリアスが寂しそうに笑いながら、ノアの手を握り締める。その手はとても温かい。時刻を知らせる鐘の音が、城内に響き渡った。もうすぐ夕暮れがやってくる。
「それでも其方のことが気になってしまった私は、時々其方の様子を見に伺っていたのだ」
「え? もしかして、あの手紙とハンカチーフの送り主って?」
「……そう、私だ」
ユリアスが頬を赤らめながら「本当は知られたくなかったのだが」と笑う。
「一度だけ、教会を立ち去るときに其方に呼び止められたことがある。振り返りたかったけれど、振り返れなかった」
「あの白馬に乗った騎士が、ユリアスだったのか……。俺はずっとお前に会ってみたかったんだ」
「そうか。しかし、私は其方に会わせる顔などないではないか? だから、振り返ることができなかったのだ」
「そっか……」
ノアは今でも時々思い出すことがある。ノアが呼び止めたとき少しだけ振り返り、それでも走り去っていった騎士の姿を。
両親を亡くし、寂しかったときにいつもノアはあの手紙とハンカチーフを心の支えに生きてきたのだ。今でも、贈られたたくさんの手紙とハンカチーフを持っている。それは、ノアの宝物だった。
「其方がまだ手紙とハンカチーフを大事にしてくれていると知った時、嬉しい反面……恥ずかしかった」
「え? なんでだよ?」
「そんなにも、大切にしてもらっているなんて思いもしなかったから……」
「……俺は、あの手紙とハンカチーフに何回も救われたんだ。ありがとう。ようやくお礼が言えてよかった」
「いや、そんなに礼を言われるほどのことは……」
珍しく顔を赤くしながら前髪を搔き上げるユリアス。そんなユリアスを見ていると、ノアまで照れくさくなってしまった。
「お前から手紙とハンカチーフが送られてくるのを、俺は楽しみにしてたんだ」
「ならばよかった。少しでも其方の心の支えになっていたのであれば……。私は、それくらいしかしてやれなかったことが、逆に心苦しかったのだ」
「ユリアス……」
ユリアスが愛しそうにノアの頬を優しく撫でてくれる。その手の温もりにノアは安堵する。本当に、生きていてくれてよかった——。心の底からそう感じていた。
「これで、ようやくあの墓石に、兄であるイヴァンの名を刻むことができる」
目を細めながら、ユリアスは誰の名も刻まれていない石碑を見つめた。
その性格が災いして、若くして亡き人になった兄に、弟であるユリアスは誰にも言えない複雑な思いがあったのだろうと、ノアは感じた。
「ノアよ、本当ならイヴァンから逃れ、クレイン夫妻の元で穏やかに暮らしてほしかった。しかし、城にいるソフィアや他の花生みの力をもっても不作は続き、最終的には其方の力を必要としてしまったことを恥ずかしく感じる」
「ユリアス、俺は……」
「私は結局其方に何もしてやることができなかったばかりか、こうして其方を無理矢理城へと連れてきて、箱庭に囲ってしまった。これではイヴァンと何も変わらない。だから、せめて精一杯罪滅ぼしがしたかった。私は、其方を幸せにしたい」
うっすらと涙を浮かべ、ノアを見つめるユリアス。頬を伝う一筋の涙をノアはそっと拭ってやった。
——自分が苦しんでいたときに、この男もこんなにも苦しんでいたんだな……。
そう思うと、胸が押し潰されそうになる。どうして今まで気づいてやれなかったのだろうか? そんな自分が憎らしくなってしまった。
「私は、其方に惹かれつつも、いつも罪悪感に苛まれてきた」
ユリアスはノアと真正面から向き合い、幸せそうに顔を綻ばせる。それはノアが大好きな笑顔だった。
「ノア、私を許してくれるか?」
不安そうにノアの顔を見つめるユリアスの真っすぐな視線を受け止めきれずに、ノアは顔を背ける。ノアだって、負い目を感じずにはいられないのだ。
「許すもなにも、俺だって……」
ノアは、こんなにも自分のことを想っていてくれたユリアスを殺そうとした。本当に謝らなくてはいけないのは自分のほうなのに……。
——俺は、なんて酷いことをしてしまったのだろう。
「俺は、お前を殺そうとした」
「そんなことは知っている」
「じゃあ、どうして……」
「私は、其方を愛しているからだ」
「え?」
ノアが目を見開きユリアスを見つめると、ふわりと微笑む。それからユリアスは、静かにノアの目の前に跪いた。
「ノアよ。私の愛するブーケ。どうか私とブートニエールになってほしい」
「でも、俺は……」
「ノア。もう私たちは過去を振り返るのはやめにしよう。これから先、私はきっと其方を幸せにしてみせる」
ノアの手の甲にそっとキスをして、もう一度笑みを浮かべた。
「ノアよ、私と正式にブートニエールになってほしい」
「でも、でも俺は、こんなにも俺のことを想っていてくれたお前の命を奪おうとした。そんな俺が、お前とブートニエールになる資格なんてない」
「ノア……」
「俺なんかじゃなくて、もっと素敵な花生みと幸せになってよ。俺はお前に相応しくない」
ノアは勢いよくユリアスの手を振り払う。涙が溢れ出しそうになったから、慌てて手の甲で拭った。
——ユリアスを殺めようとした自分が、ブートニエールになれるはずなんてない。
唇を噛み締めて堪えた涙が溢れ出し、ベゴニアの花となって床に落ちていく。そんなノアを見て、ユリアスが静かに口を開いた。
「私は、それでもノアと一緒にいたい」
「でも……」
「其方がいい。いや、其方でなければ駄目なのだ」
ユリアスの痛いくらいに真剣な眼差しが、ノアの心を大きく揺さぶる。「俺だって、お前とブートニエールになりたい」と、素直に口にしてもいいのだろうか。ノアの心が大きく揺れた。
「ノアよ、もう終わりにしよう。復讐などという醜い想いからは何も生まれない」
「ユリアス……」
「改めて言わせてくれ。私とブートニエールになってほしい」
静かに立ち上がったユリアスはノアの腰を抱き寄せ、不安そうに顔を覗き込んでくる。そんなユリアスを見ていると、胸が熱くなる。もう、この気持ちをごまかすことなんてノアにはできなかった。
「花食みと花生みがブートニエールになるための儀式が、どんなに過酷か知っているのか?」
「あぁ、知っているさ。私はどんな苦難を乗り越えてでも、ノアとブートニエールになりたいのだ」
「お前……そんなに俺のことが好きなのか?」
「当たり前だ。私は、心の底から其方を想っている」
その言葉を聞いたノアは、そっとユリアスから体を離す。
もうこれで終わりにしよう。復讐などという醜い感情は捨て、今目の前にいるユリアスと幸せになりたい。ノアは、心の底からそれを望むことができた自分に気づかされた。
大丈夫だ——。こんな苦労を共に乗り越えられた相手だ、きっと幸せになれる。ノアは心の底からユリアスを信じ、そして愛情を感じることができたのだった。
「いいぜ、そのプロポーズ、受けてやるよ」
「ノア……」
「俺は、お前のブートニエールになってやるよ」
ノアがユリアスに向かい微笑むと、ユリアスも幸せそうに笑ってくれた。
——大丈夫。何も怖くなんかない。
もう一度、そう自分に言い聞かせる。
「じゃあ、俺を迎えにきてくれよ」
「わかった。命に代えても、其方を迎えに行く」
「うん。待ってる」
次の瞬間、ノアの視界が真っ暗になる。
「ノア!」
「ユリアス!」
お互いが名を呼び合い、咄嗟に手を差し出したが、あと少しで手が届く——といったところでそれは叶わなかった。
気が付いた時には、ノアは
蔦薔薇の中は何の音もなく、光さえ差し込まない真っ暗な世界。少し体を動かすだけで、蔦薔薇が肌に突き刺さり血が溢れ出した。
「ノア! ノア!」
微かに聞こえるユリアスの声に反応したノアは、「ユリアス!」と声の限り叫び声をあげる。
「今助けに行くから、待っていてくれ」
「ユリアス……」
その言葉にユリアスへの想いが込み上げてきて、ノアの胸が熱くなる。今のノアには、ユリアスを信じて待つことしかできないのだから。
幼い頃、母親から聞いたことがある。花食みが花生みとブートニエールになるためには、この蔦薔薇を花食みが素手で傷つくことも厭わず取り除くことで成立する——と。
『母さん、そんなの無理だよ! だって薔薇の棘が刺さったら痛いじゃん』
『そうね。でもその痛みにも負けないで、花食みは花生みを助け出すのよ。そんなにも花食みに愛されることができたら、きっとその花生みは幸せになるでしょうね』
『ふーん。でも、俺は痛いのは嫌だなぁ』
『ふふっ。いつかノアも、そんなふうにノアのことを愛してくれる花食みに出会えるといいわね』
そう笑う母親の言葉が、その当時のノアには理解ができなかった。自分にはブートニエールなんて無縁の存在のように感じていたから。
しかしユリアスに出会い、ノアは本当の愛情というものを知ることとなる。それは復讐以上に強く、揺るがない想いだった。
「無理だ。いくらユリアスと言えども、こんな蔦薔薇を素手で取り除けるはずがない」
ノアが少し手を伸ばすだけで、チクンと蔦薔薇がノアの体に突き刺さる。これを素手で取り除くなんて、ユリアスもただではすまないはずだ。
しかし、この儀式を乗り越えない限り、ノアとユリアスはブートニエールになることはできない。ノアはユリアスを信じ、暗闇の中で待つことしかできない。
「助けて、ユリアス。早く迎えにきて……」
ノアは体を丸め、小さな声でユリアスを呼ぶ。暗闇の中は不安だし、強い恐怖心を感じてしまう。
もし、ユリアスが蔦薔薇を取り除くことができずに諦めてしまったら——。一生自分は、この暗闇の中で生きていくこととなるのだろうか。
——怖い。そんなの嫌だ。
「ユリアス、助けて! ユリアス!」
ノアは夢中で愛しい人の名を呼ぶ。今のノアには、ユリアスを信じて待つことしかできない。
「ユリアス! ユリアス!」
頬を涙が伝い、ベゴニアの花となる。それでも、ノアはユリアスの名を呼び続けた。
「ノア!?」
「…………ッ!?」
突然目の前が明るくなり、ノアは強い力で抱き寄せられる。蔦薔薇の中から助け出されたノアは、目の前にいるユリアスにしがみついた。
「大丈夫か、ノア。怪我はないか?」
「俺は、大丈夫だけど……。ユリアスが……」
「私は大丈夫だ」
ノアがユリアスの手を掴むと、その大きな手は傷だらけで血にまみれている。ノアの洋服にもユリアスの血液が付着し、まるで模様のようだ。
きっとユリアスは、臆することなくノアを救うために蔦薔薇を取り除いてくれたのだろう。
「ありがとう。こんなに傷を負ってまで、俺の為に……」
その痛々しい手に、ノアはそっとキスをした。
「ノアよ、これでブートニエールの成立だ」
「うん……。でも、手、痛いだろう? 酷い傷だ……」
「これくらいの傷なんて、大したものではない」
「ありがとう、ユリアス。俺はお前が大好きだ」
「私も、其方のことが大好きだ」
お互いの顔を見合わせたあと、少しだけ照れくさくてクスッと笑う。ノアが瞳を閉じると、ユリアスが優しいキスをくれた。何度か啄むようなキスは、甘くてとても温かい。
「私のブーケはなんて可愛らしいのだろう。ノア、愛しているぞ」
「ユリアス……」
その言葉を聞いたノアは多幸感に包まれる。「あぁ、こんなにもユリアスのことが好きなんだ」と胸がいっぱいになり、苦しいくらいだ。
「俺も、ユリアスを愛している」
次の瞬間、ノアから甘い香りが漂い箱庭中に広がっていく。それはベゴニアの甘さに、薔薇や百合の豊潤さまで重なっていき、すべての過ちまでも包み込んでくれるような、複雑で恍惚とする香りだった。箱庭は一気に様々な花の香りで満たされていく。
「これがブーケトスか」
ユリアスがノアを抱き締めながらそっと呟く。ブーケトスとは、ブートニエールが成立した直後の花生みが、多幸感が極まっているときに起きる現象とされている。
ブーケトスとなったノアの香りに誘われるかのように、たくさんの蝶が飛び交う。それはまるで二人を祝福しているかのように見えた。
「幸せのお裾分けだな」
ユリアスが箱庭の窓を開けると、一斉に蝶たちが空へと飛んでいく。そして蝶が飛び交うその周りには、花が咲き乱れ、荒れ地には一気に草が生え本来の姿を取り戻していった。
「ノアよ、ありがとう。私は本当に幸せだ」
ユリアスの瞳から涙が溢れ、頬を伝う。その涙が赤い薔薇の花へと姿を変えて床に落ちた。ノアはその薔薇を拾い、そっとユリアスに寄り添う。
ユリアスの涙から作られた薔薇は赤くてとても美しい。以前、ユリアスが赤い薔薇の花言葉を教えてくれたことを思い出した。
「ユリアス、愛してる」
「私もノアを愛しているぞ」
お互いの指を絡め合って、きつく握りあう。それからもう一度キスをした。それは、柔らかくて温かくて——。ノアの心が熱くなる。
「なぁ、花食みの涙が花になることを『アジサイ』っていうんだろう?」
「そうだ。花食みが多幸感で満たされたときにも、花を生み出すことがあるのだ」
「そっか……」
ノアは赤い薔薇を見つめながら俯く。ユリアスも自分と同じように幸せを感じてくれていることが嬉しかった。
二人の関係は、復讐という醜い感情から始まったかもしれない。それでも、ノアはこうしてユリアスとブートニエールになることができて幸せだった。
ユリアスの手をとって、まだ血がにじむ手をペロッと舐めた。
「なぁ、この薔薇の花を食べていい?」
「薔薇の花を? 別に構わないが、花生みも花を食べることがあるのか?」
ノアの突然の申し出に、ユリアスが首を傾げる。それが面白くて、ノアは声を出して笑いながらユリアスに抱き着いた。
「ブートニエールが生み出した花を花生みが食べると、子どもができるんだ。皇太子、欲しいだろう?」
「其方は、そこまで私を幸せにしてくれるんだな?」
目にたくさんの涙を浮かべ微笑むユリアスが愛おしくて、ノアの心は揺るがないものへと変わっていく。
「なぁ、ユリアス。これからは二人で幸せになろう」
「勿論だ、私の大切なブーケ……」
「俺はもう、過去を振り返りはしない。だって、俺たちの未来は、こんなにも明るいんだから」
「あぁ、そうだとも」
二人は抱き合いながら、繰り返し口づけを交わす。
そんな二人の目の前には、太陽の日差しを燦々と受け、光り輝く花畑を蝶が飛び交う光景が広がっていた。
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