①確かに恋だった■
一目惚れって本当にあるや、と改札に向かっていく背中を見ながら他人事のように思う。
前の恋人と別れて、気がつけば10年以上が過ぎていた。出会いがそんなにある訳ではなかったし、ましてや相手は同性。ほぼ皆無と言ってもいいくらいだ。そんな時に出会ったのが彼だった。
「あの子、わたしの同級生なんです」
「へー、そうなん」
彼と一緒に来た、俺も顔見知りである女の子が話しかけてきた。
「みなみさんと同級生ってことは20代なんや」
「そうですね。可愛いでしょ」
「あー、うん、そうやなぁ」
「聞いておいてなんですけど、晃さん、女子にあんまり興味ないですよね」
「内緒やで」
「言いません。あの子もちらちら見てるからなんとなくわかると思いますけど、そうなんですよね」
「へー、そうなん」
啼かせてみたい、と頭をよぎっていって、思わずため息をつく。
あかんあかん、あいつの影響受けすぎやろ……。
前の恋人の影響を変なところで感じて、1度外した視線を彼へ戻す。
どうやらこっちを見ていたようで目が合ったから軽く頭を下げておいた。
少し話をしてみたくて近寄っていく。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「みなみさんのお友達?」
「……あ、はい」
本当にほんの少しだけ話をしたところで乗る予定の電車が来てしまい、その場を離れた。
それからしばらくして、あの時彼を連れてきた女の子が主催するオフ会に呼ばれたので行ったら彼が居た。みなみさんに紹介され、名前を知ることが出来たし、流れで連絡先も手に入れた。
「どうしよっかなぁ……」
メッセージアプリを開き、考える。
ここは一応大人な所を見せよう、と思って単純に遊びの誘いをしてみる。
確かにこの前のオフ会で話をした彼の目は熱を孕んでいるようには見えた。
慌てて手を出せば逃げられるだろうし、話すらできなくなるかもしれない。
むくむくと頭をもたげてくる良くない感情を押し殺し、とにかくに彼と会う約束を取り付けることに集中することにした。
食べ歩きの途中で足を運んだお好み焼き屋で鉄板を挟んで座り、美味しそうに食べている彼を見る。
もっと食わせたいなぁ……。あとは酒でも飲ませて取ってあるホテル連れてって……。
「……晃さん」
「ん?」
危ない方へ行きそうになっていた思考を読まれたのかと思ったけど、彼が俺の目の前のお好み焼きを指さした。
「焦げますよ」
「おう、そうやな」
慌てて裏返す。ありがたいことに焦げなくて済んだ。
「何考えてたんですか?」
「コーヒーでも飲もうかなって」
「食べてばっかりですしね」
慌てて取り繕う。バレなかった様で良かった。
たぶん、俺にはもう普通の恋は無理なんだろう。
最初に彼を見た時に感じたときめきのような気持ちはすっかり霧散して、前の恋人が俺にしたように、彼を目の前にして浮かぶのは劣情ばかりだ。
あの時の感情を、そうだったと認めるのは申し訳ない気しかしないけど、あの時浮かんだ気持ちは間違いなく、あれは確かに恋だった、はずだった。
地元へと帰っていく彼を見送り、自宅へと帰る。
夜ご飯とシャワーを済ませてスマホに視線をやるとメッセージが来ていた。
「自宅に帰り着いたか、良かった」
新幹線に乗り込んでいくのは見たのだから、心配は無いのだけど、彼からちゃんと連絡が来たことにホッとした。
「そういえばどこ住みか聞き忘れたなぁ」
そう思って、次は彼の居るところに行こうと思って、と理由をつけて住んでいるところを聞くことにした。
『愛知。静岡が近いですね』
『あー、豊橋とかそのへん?』
「『そう。名古屋だと思いました?』
『いまいちよく分からんかった』
土地勘があまりない県だから素直に答える。
『予定決まったら連絡くださいね』
『うん。』
とりあえずスケジュールを決めるために一旦会話を終わらせる。撮影のスケジュールなどとも照らし合わせながらいつがいいだろうかと考える。
結局その日は予定が決まらないまま終わってしまった。
しばらく経って、特に用事も決めないまま、彼に会いに行くことにした。
その日までに何度かやり取りし、なかなか抜け出せないトラウマに悪夢を見て飛び起きる日もあった。
「晃さん」
「目の下、クマ」
「編集とかあったから徹夜してたからなぁ」
「今日は早めに切り上げましょうか」
「昴くん心配してくれてんの?やっさしー」
なんとなくばつが悪くて誤魔化すと苦笑が返ってきた。
「せっかくだから体調は万全の方がいいじゃないですか」
「そやなぁ」
あちこち食べ歩いて、喫茶店でのんびりもして、予定が終わったので帰路に着く。
「気をつけて」
「昴くんもな」
わざわざ在来線のホームまで見送りに来てくれた彼の頬を撫でる。
そういう意味を含めず人に触れるのは初めてで、逆に俺まで赤くなった気がした。
コイの話 アイ語り 100のお題に挑戦。 樹香瑠 @yuuri2623
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